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ご領主夫人の美しい妹

 もっと話したそうだったアンも、倒れかけた経緯をふまえ、一度休むようにと部屋に戻された。


 旅の汚れを落として着替えると、サラは同じ部屋にしてもらったネリーとベッドに並んで座り、ぽふりと抱き着いた。


「しょっぱなからいろいろあって大変だったね」

「すまんな。姉様は面倒見がいい分、人の話を聞かない傾向があってな」


 苦笑するネリーが、ラティーファのことをそう説明してくれた。


「ネリーもあんなふうに守られていたの?」


 まさかという気持ちもちょっとある。あんなふうに守られていたら、ネリーはなぜこんなに強くなったのだろうか。


 ネリーはふうっと大きな息を吐いたが、なかなか話し出さなかった。


「サラはそもそも気がつかなかったと思うが、姉様はとても魔力量が多くてな」

「魔力量が多い……」


 サラは初めて会った時のネリーを、そしてアレンのことを思い出した。


 そして同じく魔力量の多い、ローザのギルド長や副ギルド長のことも。


 前者は自分の魔力量の多さをコントロールできないため、人々に圧を与え、自分もつらい思いをしていた。


 後者はコントロールし、その特性を生かしてハンターギルドで活躍していた。


 ラティーファはどちらだったのだろう。


「わたしよりよほどコントロールは上手だったよ。だが、感情が高ぶると魔力の圧を放出してしまって、父様でさえ手に負えないことがあったらしい」

「ライが魔力の圧に耐えられないとか、見たことない」


 ネリーもアレンも、魔力のコントロールはとっくにできるようになっていたので、最近は気にも留めていなかった。


「姉様がアンを守ろうとしてサラに敵意を向けた時、近くにいたエドモンドが苦しそうにしていたのに気がついたか?」

「そういえばそうだね」


 思い出すと、確かに顔色が悪かった。


「あの中ではエドモンドの魔力が一番低かったのだろうよ。ヒルズ兄弟も顔色一つ変えなかったしな」


 確かに、あの場にいたのはある意味最強の面々だったかもしれないとサラは納得した。


「私は魔力が多いから、姉様がどんなに魔力の圧を出していても気にならなくてな。姉様は私をかわいがったが、私に依存して手離さなかった、と後で父様に聞いた」

「そうだったんだ。それで魔力の圧が気にならない招かれ人を、気の済むまでかわいがっているという感じなのかな」


 少し病的なくらい大事にしているように見えた。


「姉様だって少女だったのだし、母様が亡くなってつらくなかったわけがない。それなのに、私だけではなく家族に愛情を注いでくれて、おかげで私は家族といて寂しかった記憶はないんだ」

「ありがたい話だね」

「女性らしいことも一通り教えてくれた。姉様には感謝しかない。だだ、少し大きくなると、その愛情と女性らしさの押し付けが息苦しく感じられることも多くなった。兄様たちと体を動かすことが好きだった私には、それがつらくてな」

「そうなんだ」


 ネリーの家族は、父親が元騎士隊長で、現ハイドレンジア領主であり、家族のそれぞれも活躍しているのだが、それでもいろいろ大変なことはあるんだなと思う。


「私が身体強化に秀でているとわかり、兄様や父様たちとの訓練に夢中になり始めた頃、姉様はエドモンドに見初められて、あっという間に嫁いだんだ。魔力が多いということは決してマイナスではないんだよ、コントロールさえできればな」

「でも、さっき、感情が高ぶると、って言ってなかった?」


 その時だけでなく、今でもコントロールできていいないのではないか。


「年も若く、いたいけで美しい姉様が、たまに見せるその弱点がむしろ魅力的だったそうだ」

「ええ、そんなものなの?」

「ああ。自分こそがラティーファ嬢のすべてを受け止められると、むしろ求婚が殺到したらしい」

「すごい」


 だが、苦しそうにしながらもラティーファに寄り添ったエドモンドを思い出すと、そういうものなのかとも思う。


「同じ魔力の圧でも、私のような強いものが出すと遠巻きにされ、姉様のようなかわいらしい人が出すと愛される。だからこそ、姉様は私に女性らしさを身に着けてほしいと願ったのだと思うが」


 ネリーはフッと苦笑いした。


「私には無理だったな。だが姉様は、その後もガーディニアから指示を出して、わざわざ見合いの場を設けたり、無駄な努力をだな……」

「ネリーはそのままで十分魅力的だよ。クリスがそれを証明してるじゃない」

「ハハハ。まあな」


 少し重い話だったと思うが、ネリーは終始明るかった。それどころか、サラに自慢してくるくらいだ。


「姉様のおかげで、不器用ながらも刺繍もできるんだぞ、私は」

「ほんとに? それはびっくりだ」

「だが、刺繍やダンスや礼儀作法は、山小屋を管理するのには何も役に立たなかったな。ハハハ」

「うん。そういうわけか。山小屋がカオスだったのは」


 生活能力ゼロの人かと思っていたが、お嬢様だったからこそだということが判明した。


「家のことをやってくれる人が必要だったわけだよねえ」


 山小屋に入った時の衝撃を思い出して、サラはため息をついた。


「さ、時間があると思うから、私はアレンたちがどうしているか見てくるよ」

「私もハイドレンジアハンター代表として、仲間の様子を見てこよう」


 その時トントンとドアを叩く音がした。


「どうぞ」


 サラの声でわらわらと部屋に入ってきたのは、メイドさんたちだった。


「それではパーティの準備に入らせていただきます」

「え? いや、私は友だちのハンターのところにいかないと」


 パーティの準備が何かはわからないが、逃げたほうがよさそうだとサラはベッドから腰を浮かせた。


「ハンターの皆様方も、今夜のパーティには参加されますので、その時にお会いできますよ。それでは」


 同じく腰を浮かせかけていたネリーともども、マッサージされ、いろいろな物を塗りたくられる。

 その後、髪をきれいに整えられ、ドレスを着つけられると、パーティの準備はできあがりだ。


「さすが奥様の妹様。とても美しいですわ」


 メイドの言葉にネリーのほうを見てみると、袖のふんわりした白いブラウスに、体に沿った、落ち着いた深い緑色のオーバードレスを身に着けていた。


 いつも無造作にポニーテールにしている赤い髪は、今日は首の後ろでふっくらとまとめられており、顔の横におくれ毛を垂らしている。ほんのりと化粧を施しているからか、いつもきれいな緑の瞳が一層美しい。


「ネリー、本当にきれいだよ!」


 サラの誉め言葉に照れているネリーだが、さすがにいつもみたいに頭をかくわけにもいかず、首を傾げてごまかしている様子がとてもかわいい。


「お嬢様も愛らしくおなりですよ」


メイドに鏡の前に連れてこられたサラは、鏡に映った自分を見て、両手を頬に当てた。


「これが私?」


 それがお約束である。


 日焼けはおしろいでうまくごまかされ、いつもは下ろしている髪はネリーとは逆に高い位置に結い上げられている。ドレスは大好きなキンポウゲの黄色で、控えめなレースが少女らしさを際立たせ、我ながら可憐な印象だ。


 とはいえ、日本でも化粧はしていたので、想定の範囲内である。サラは現実をきちんと把握しているつもりだ。だが、おしゃれは本当に楽しいものだ。


「サラはいつもかわいらしいが、今日はいっそうかわいらしい」

「ありがとう」


 下手な謙遜もしないほうが良いことは知っている。


 やがてネリーしか目に入っていないクリスとそれに苦笑いのライが迎えに来て、客室から階下に向かうと、そこにはすでに大勢の紳士淑女が集っていた。


 クリスに手を預けて、優雅に階段を下りるネリーに気づくと、誰もが談笑を止めて、魅入られたように言葉を失う。


 それはネリーが美しかったせいももちろんあるだろうが、おそらく、領主夫人であるラティーファにそっくりだったというのがとても大きかったのだと思う。


 美しく穏やかでたおやかな領主夫人とそっくりの妹、それだけで客はネリーに群がり、サラはあっという間に引き離された。


 サラはクスッと笑うと、ライを見上げた。


「ネリーがきれいなのは知っていましたけど、こんなの初めて見ました。すごいですね」

「私の娘は二人とも美しいからな」

「ええ。私はネリーが人を避けていた頃を知っているから余計に嬉しいです。余分な情報や偏見がないと、本来こうですよね」

「ああ。だが、本人は不本意かもしれないなあ。ネフェルはレディではあるが、本質はハンターだからな」


 人垣からちらちらと見えるネリーの顔が困っているのは伝わるが、クリスも一緒にいるし大丈夫だろうと思うサラの視線は、ここにいるはずのアレンとクンツを探してさまよった。


 広いホールの端に、居心地が悪そうにハンターが集まっているテーブルがある。


「ライ、私、アレンのところに行ってきます」

「ああ、行ってくるといい」


 サラは慣れた足取りでパーティを楽しむ人々の間を抜け、ハンターたちの方に向かった。


「アレン! クンツ!」


 先ほど見えた二人に声を掛けると、アレンはサラをさっと眺めてにっこりとし、クンツはほっとしたという顔をした。


「サラ。似合ってるよ」

「ありがと。アレンもね」


 アレンは今日はハンターの皆に合わせて、いつもより少しだけかしこまった格好をしている。貴族が着るような服も持っているのだが、あえてそうしなかったらしい。


「あああ、サラが来て安心した。やっぱり貴族の集まりって庶民には慣れないよな」


 クンツもライのお屋敷で貴族の雰囲気に慣れているとはいえ、こういったパーティはまだ苦手のようである。


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