表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
202/287

王都の観光名所

「まず一歩」書籍7巻は11月25日、

コミックス4巻は同じく11月14日に発売予定です。


 最初のか弱い印象はもうない。少し話しただけだが、強い意思ともどかしい気持ちが伝わってきて、関わるのが面倒だという気持ちはもうどこかに行ってしまっていた。


「私の見た限りでは、結果は良好です。つまり、健康ってこと。たぶん原因は、単なる運動不足だよ」

「ほんとに? だって、少し動いただけでこんなに息が切れるのに」

「私も最初の頃はそうだったよ。思い切り走ったら、息が切れて。それに、歩いたらすぐに足にまめができて、歩けなくなって。痛かったなあ。でも、日本ではそれすらできなかったから嬉しかったんだけどね」


 サラ自身は、アンが健康だと確信が持てたことに、すごくほっとしていた。


「アンの理想が一五歳の運動部の中学生なら、転生してきたばかりの一〇歳の体は、動かない、動けないと思っても当然なんじゃないかな。アンの一〇歳の頃ってどうだった? 元気に走り回るほうだった?」

「普通だったと思う。特に運動系の習い事はしていなかったから、友だちと遊んだり、塾に行ったり、家でゲームをしたりしてたよ」


 アンはそう言うと、はっと気がついたようにサラを見た。


「鍛えなくっちゃいけなかったの?」

「一〇歳だから、鍛えるってほどじゃないけど、体を使わないと体力は付かないと思うよ」

「そうか、それで……」


 アンはなにか思い当たることがあったようだ。


「そろそろ戻る? ラティーファさんが心配で倒れちゃうんじゃない」

「戻りたくない……。私、中身は一八歳なのに、あの人たちの前では子ども扱いに戻っちゃう」

「一八歳か。日本では成人だもんね……。私は二七歳で転生したから、今は三二歳、おうふ」


 サラはその現実に驚いて、思わず額に手を当てた。


「ずっと二七歳のつもりでいたけど、五つ年を取ったから三二歳、ううーん。二七歳どころか、一五歳の振る舞いしかしてないし」


 サラの独り言に、アンが突っ込まないでくれるのが今はありがたい。


「じゃあサラは、日本でもこっちでも私より年上なんだね」

「それは確かだよ」


 いつまでもショックを受けてはいられない。


「生き直しているんだから、前の歳は気にしても仕方がないよね」

 

サラはアンにと言うより自分にそう言い聞かせる。


「ま、まあ、中身は何歳でも、こっちではその年に応じて生きなくちゃいけないからね。一〇歳なら体力づくりでしょ」

「うん!」


 アンは力強く頷いた。


「じゃあ、行こうか」

「はい」


 アンはサラに当たり前のように手を差し出した。先ほど一八歳なのにと主張したとは思えない振る舞いだが、きっと人恋しいせいなのだという気がする。異郷の地で故郷の知り合いに会えた、その喜びはそれほど力強いのだなとサラはほっこりした。


 注目の中、階段を下りてきても、顔色が悪くなったり倒れたりする様子はなかったので、サラはほっとする。でもそれが、アンのことを心配したからというより、ラティーファから敵意を向けられずに済むという理由のほうが大きかったのは自分でも情けないが仕方ないとも思う。


 それでもサラはラティーファに直接話しかけた。


「ご領主夫人、薬師としてアンの様子を少し見させてもらいましたが、ごく普通に、健康な一〇歳の女の子です」

「まあ。それは嬉しいわ。でも、無理は禁物よ」

「それなんですが」


 サラは放り出したいと思いながら、言うべきことは最後まで言おうと頑張った。


「健康ではあるのですが、おそらく運動不足により、体力が付いていません。このくらいの年頃の子どもは、外を走り回ったりして体を動かすべきですが、それはできていますか」

「この子は招かれ人よ? 招かれ人は、前の世界で病弱だったの。大切に養育すべしと、貴族なら誰でも知っていることだわ」

「失礼ですが、大切に、の意味を間違えていますよ。過保護にしろということではありません」


 サラは引かなかった。招かれ人である自分に招かれ人が何者かを説くなんて失礼ではないか。


「私が招かれ人だということを忘れてもらっては困ります。それに、今トリルガイアにいる招かれ人を数え上げてみてください。ブラッドリーにハルト、ご存じでしょう。ハンターとして有名ですから。病弱だったとしても、こちらではそうではないのです」


 この世界の人ははっきり言わないとわからない。


「ハンターとして? 招かれ人が?」


 アンがサラを見上げた。


「うん。そう。とっても優秀なハンターなんだよ。ハルトは日本出身なの。いつか会えるといいね」

「うん!」


 だがラティーファは納得しない。


「でもそれは男性だからでしょう。女の子は違うわ」

「違いません」


 サラは親指でぐいっと自分を差して見せた。


「ハンターにだってなれるし、薬師にも、魔道具を扱う人にも、お店で働く人でも、なんにでもなれるはずです。私は自活するために、たまたま薬師を選んだだけです」


 力強い言葉に、ネリーがサラの肩をポンと叩いてその通りだと認めてくれる。


「アンが将来自分の道をきちんと選ぶためにも、体力作りは大事だと思います」


 現時点でこれが一番大事なことだ。サラは言い終わってほっとした。


 アンもラティの方に向き直ると、一生懸命自分の気持ちを伝えようとしている。


「ラティ、私、もっと体を動かしたい。外にも出たいし、走り回りたい。お屋敷でおとなしくしているだけじゃなくて、もっとこの世界のことも知りたいの」

「アン……」


 おろおろするラティーファの背中に、ご領主がそっと手を回した。だが、なぜか顔色が悪く、微妙に顔を背けている。それでも言い聞かせるように背中をゆっくりと撫でている。


「ラティ、いいことではないか。少なくとも、大きな声でしゃべっているアンは、おとなしくしているアンよりよほど顔色がいい。好きにさせてあげなさい」

「エド。ええ、わかったわ」


 納得しているふうではなかったが、ご領主の手前、引かざるをえないという感じだった。


「それでは改めてこちらもご挨拶を」


 ハイドレンジア側は、ライが音頭を取ってさっさと自己紹介しているが、そういえばガーディニア側の紹介はまだだった。


「ガーディニア領主のエドモンド・グライフです。こちらは妻のラティーファ。そして招かれ人のアン。それに」


 エドモンドはヒルズ兄弟の方を指し示した。


「お知り合いだとは思いますが、王都騎士隊副隊長のリアム・ヒルズと、弟御で薬師のノエル・ヒルズです。今回のクサイロトビバッタの件で来てくれているんです」


 二人は席を立って軽く頭を下げた。


 リアムがいたのにも驚いたが、ノエルにはもっと驚いた。


「ノエル。王都の薬師ギルドからの派遣か?」


 その疑問はクリスが確かめてくれた。


「いいえ。個人的に、クサイロトビバッタの発生に興味があったので、薬師ギルドにはお休みをいただいて、グライフ家にお世話になっています。ちょうど来たばかりですが、薬師としてはサラに後れを取ってしまいましたね」



 次に、サラにとっては胡散臭く見える笑みを浮かべて挨拶したのはリアムだ。本当にいつ見ても嫌になるほど顔がいい。


「相変わらず元気そうだね、もと婚約者殿は」

「婚約者だったことは一度もありませんけどね。でも、元気です」


 サラはすかさず婚約者の件を切り捨てる。自分もずいぶんはっきりとものが言えるようになったと感慨深い。そしてリアムがいる理由も気になったので、一応確認しておく。


「リアムは、騎士隊を率いてきたんですか?」


「そうなんだ。渡り竜に使っている麻痺薬を試してみようということになってね」


 サラは思わずクリスと目を見合わせた。サラたちが思っていた通りの展開になっている。


「あー、リアム。私たちは今回、ネフの、ネフェルタリの付き添いで来ただけなのだが、ノエルと一緒に見学しても大丈夫だろうか?」


 クリスにしては非常に遠回しな言い方で、騎士隊の仕事を見学する許可を求めている。よく考えたら、ハンターでも騎士隊でもないのにどうやって参加しようと思っていたから、リアムがここにいてちょうどよかったということになる。


「かまいません。クリスがいてくれたらいざという時に心強いし、それはサラも同じです。なにしろ去年のタイリクリクガメを無事に魔の山に送り届けた立役者ですからね」


 サラはぽかんと口を開けた。


 確かに、魔の山までタイリクリクガメを送り届けたし、王都やローザに進路がそれないよう、招かれ人としてできることはした。


 だが、すべてが終わって戻ってきたら、ハイドレンジアでは、既にタイリクリクガメの件は終わったことだったし、そういうものかと思って何物にも煩わされずに楽しく過ごしていたのだ。アレンやクンツ、そしてクリスやネリーと共に、遠くまで頑張ったと、皆にねぎらわれ、楽しく話をしたらそれでおしまい。


 ほめられても、既に過去のことなのである。


「あ、そういえばそうでしたね。あの時は大変でしたよねー」


リアムはさらに深く頷いて見せると、今度はエドモンドに顔を向けた。


「その時に築かれた壁は、今も王都の南側の草原にそのまま残されています。観光名所にもなっていますから、王都においでの際には、ぜひ見に行かれることをお勧めします」

「うわっ! ほんとですか? 恥ずかしいなあ」


 期せずして、ハルトが冗談で言っていた、観光名所になるかもということが本当になったようだ。


 しかし、それとは別に、サラはリアムとの会話を楽しめている自分に驚いていた。


 リアムとの出会いはローザだったが、ちっとも人の話を聞かない独善的な人だという印象しかなかったし、その印象はずっと変わらない。そんな人と、普通に話しているということ自体を新鮮に感じる。


「来てすぐに、と思うかもしれませんが、今晩は簡易なパーティにしようと思っていますのでな。その時に改めて話が聞けるのが楽しみです」

 ほくほくしたエドモンドに促されて、挨拶を終えた一行はそれぞれの客室に案内された。


「異世界でのんびり癒し手はじめます」コミックス4巻発売しました!

「転生幼女」9巻は12月15日に通常版と、リアのアクキーがついた特装版と二種類発売決定です。

特装版は一二三書房のページから予約のみで購入できます。アクキーの分お高いですが、確実に手に入ります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 領主夫妻には子供がいないのだろうか その分アンをねこ可愛がりしてるのかもしれないが 「招き人」を養子にして婿取り考えてたり・・・ 王都騎士団の二人がここにいるのも偶然とは思えない
[気になる点] ・領主婦人が招き人を囲い込んで不健康にしている ・くそったれな騎士団がまたやらかすわけだ、あーあ、いい加減解体されるべきでは?(貴族どもばかりだから無理か)
[一言] 子供を亡くしていているとかあるんでしょうか。まあ色々事情はありそうですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ