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泣いている子

 違和感の元を探って目だけを動かすと、それはご領主の後ろにあった。


 迎えの大人の中に、居場所がないようにひっそりとたたずむほっそりとした小さな姿。


 もともと癖のある髪なのかもしれないが、髪はきれいに巻かれて肩にふんわりとかかり、膝より少し長めのワンピースは上品なフリルで縁取られている。日本風の顔立ちではあるものの、大事にされている貴族のお嬢さんという印象である。


 隣でクリスがごくりと何かを呑み込んだ。


「なんと。つまりこれが本来の招かれ人か。魔物が怖くて小屋から一歩も出られないという……」


 これはローザで聞いたことがあるセリフだ。サラは半笑いになりながら、その後を続けた。


「いや、ここに魔物はいませんよね。そして、黒髪の、華奢な美少女、でしたっけ」


 ネリーが魔の山の山小屋に残してきたという、招かれ人の少女の説明だ。


「実在したんですね。というか、ネリーには私がこう見えていたの?」


 本来の招かれ人とはどういうことかとクリスを問い詰めたい気持ちもあったが、まずは自分との違いが衝撃的でそこまですることができなかった。


「確か、よしかわ、あんずちゃん」


 自分の名前が聞こえたのだろう、その黒髪の少女ははっと顔を上げてサラを見た。サラは安心させるようにニコッと笑ってみせた。


 驚いたように両手で口元を押さえた少女の声は、子どもらしい細くてかわいらしいものだった。


「私の名前をちゃんと言えた? ああ、まさか……」

「声まで美少女だよ」


 思わず突っ込んだサラだが、その少女はプルプルと震え出した。


「信じられない……」

「ど、どうしたの。いや、大丈夫? ああ!」


 そしてサラの目の前で、まるで貧血を起こしたかのようにそのままくたくたと地面にしゃがみこんだ。


 次に挨拶をしようと様子をうかがっていたらしい領主が、慌てているサラとクリスの視線を追って振り向いた。そしてすぐに少女に駆け寄る。


「アン!」

「アン? まあ」


 領主夫人も慌てて少女のそばにかがみこむ。


「大丈夫です。ちょっとふらっとしただけなので」


 大丈夫と主張する少女の顔色は真っ青だ。サラが思った通り貧血なのかもしれない。


 慌てておろおろしている領主夫妻のそばに、すっと近寄ったのは背の高い青年とそれよりは小さい少年の二人だった。少年はすぐにかがみこんで少女の顔色を確認すると、てきぱきと指示を出す。


「今日の天候では外は少し暑いと思います。屋敷の中で、少し横になっていたほうがいい。兄さん、お願いします」

「ああ。失礼する」


 青年は少女を抱き起こすと、そのまま抱き上げた。


「おお、お姫様だっこだ」

「注目すべきはそこではないだろう。なぜあの二人がここにいるかだ」

「ですね」


 二人に対する懐かしさとあきれと何とも言えない気持ちをごまかすかのように、小さい声でコソコソやり取りをしているサラとクリスのほうを振り返ったのは、ノエルだった。


「サラ! クリス! お久しぶりです」


 なんの隔意もない満面の笑顔に、サラも思わず笑みがこぼれて手を振った。


「さてさて、お嬢さんを早く屋敷の中に連れて行ってあげなさい。そしてラティ、エドモンド。我々も中に入ってもいいかな」

「もちろんですとも」


 ライの一言で、招かれ人との衝撃の出会いから、なし崩しに屋敷に入れることになった。


 サラも倒れた少女のことが心配ではあるのだが、まだ紹介されてもいない人がしゃしゃり出るのも違うだろうと思って黙っている。それに具合の悪い人と言う意味で言えば、クリスに見てもらった方が確実だ。


 そしてクリスがいるとわかっているのに、さっと前に出て具合の悪い人の様子を確認できたノエルのことをすごいなと感心したりもしたのだった。


「彼女の部屋に案内を」


 すぐに部屋に寝かせに行こうとしているリアムを制したのは少女自身だった。


「いえ、私もここにいたいです。申し訳ありませんが、ソファに連れていってもらえますか」


 リアムにはっきりと物が言えるくらいなら大丈夫かもしれないと、サラは胸を撫でおろした。自分だったら抱っこされた時点で大慌てすぎて何も考えられないし何も言えなくなってしまうと思う。


 そう、倒れた少女の元に駆け寄ったのは、リアムとノエルのヒルズ兄弟だった。


「皆様、申し訳ありません。私の妹については、晩餐のおりにでも改めて紹介いたしますね」


 領主夫人の、家族だけにしてほしいという遠回しの願いに、集まっていた人たちは少しずついなくなった。中には、なぜヒルズ兄弟だけが許されているのだという視線もあったように思うが、少女が倒れた時にすぐに対応できたのがこの二人だったのだから仕方がないと思う。もっとも、これだけの人数の人を屋敷に滞在させているのかと思うと、どれだけ広くて豊かな家なのかと驚くしかない。


「すみません、久しぶりにご家族に会えたのに、台無しにしてしまって」


 小さい鈴のなるような声で謝罪したのは招かれ人の少女だ。


「いいのよ。家族に会えるのが嬉しすぎて、体の弱いあなたを外に連れ出してしまった私が悪いの」


 領主夫人がソファに寄りかかった少女の膝を優しくぽんぽんと叩く。


 その様子を所在なげに眺めながら、サラは、女神は丈夫な体を作ってくれなかったのだろうかと不思議に思う。


「台無しなどと言うことはまったくないが、私たちにもそちらの可憐な方の紹介をしてくれないか、ラティ。ちなみに」


 いつまでも進みそうもない状況に、ライがてきぱきと話を進めてくれた。


「私はライオット・ウルヴァリエ。ラティーファの父親で、ハイドレンジアの領主をやっている。こちらは娘のネフェルタリ。ラティの妹で、同じくハイドレンジアのハンターギルドの副ギルド長をやっている」


 ライは少女に向かって、優しいながらもはっきりした口調で自己紹介を始めた。


 少女は一生懸命紹介を受け止めながらも、ネリーのところで驚いたように目を見開いた。


「この方が、ラティの妹さん……」

「ネリーと呼んでくれ」


 ネリーは微笑みとわかるように、一生懸命口の端を上げている。


「こちらはクリス。王都とローザの薬師ギルド長を務めていた、優秀な薬師だ」

「今は流れの薬師をしている。クリス・デルトモントだ」

「キーライ先生からお話は聞いてます」

「それは重畳」


 クリスは特に笑顔を見せたりしなかったが、硬い印象にならないようにいつもより優しい口調だ。そしてどうやらクリスの恩師が、招かれ人の体調を見ているらしい。


「そしてこちらが、招かれ人のイチノーク・ラサーラサ。薬師としてハイドレンジアで活躍中だ」


 ライの説明は簡潔でよいなと思いながら、サラは一歩前に進んだ。


「名前はサラサだけど、サラと呼ばれています。五年前に魔の山に落とされて、それからずっとネリーにお世話になっているの。いろいろあって今は薬師です。その、よろしくね」


 サラはおずおずとその少女に両手を差し出した。握手やハグでは日本人としてお互い戸惑うだろし、でも、お辞儀で終わらせるのはあまりにも距離がありすぎるように思ったからだ。


 少女もおずおずと手を伸ばしてきたので、サラはその手を両手で包んでそっと上下に振った。


 薬草採取で日焼けしたサラの手は、少女の真っ白な手と比べるとずいぶん日に焼けている。


「あ……。私、吉川杏子です。ヨッシーとか、あんずとか呼ばれてました」

「ヨッシー。アハハ、わかるー」


 吉川はヨッシーと呼ばれがちだ。サラは日本を思い出し、楽しくなって思わず噴き出した。


 対照的に、少女は目に涙をため、唇を震わせた。


「うう……。ぐすっ」

「ひえっ。大丈夫?」


 なにか意地悪だっただろうか。自分がガサツなタイプだと思ったことはなかったが、目の前の繊細な少女がダンジョン深部にしか生えないギンリュウセンソウだとしたら、自分はどこにでも生える薬草くらい丈夫であることは間違いないとサラは思う。そして、そのたとえがすっかりトリルガイアの人になってしまったなと現実逃避してしまうくらいに戸惑っていた。


 だって、泣きそうな女の子をいったいどうしたらいい?


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― 新着の感想 ―
[一言] ギンリュウソウ(絶滅危惧種)とドクダミ(薬草)か 日本で言えば
[一言] 招かれびとと縁づく野望を捨ててなさそうなリアムがこのポジにいるとヤな感じがするわ~。
[一言] 「杏子」で「あんず」と読む、で良いのかな。
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