到着
「まず一歩」書籍7巻は11月25日、
コミックス4巻は同じく11月14日に発売予定です。
山を下りてしばらく街道を歩くと、どこまでも平らな土地に農地が広がっている。
その景色を楽しみながらも、薬草を探し求めるサラの目には、街道沿いの草むらはお宝だらけに見えた。
「クリス、これ……」
「ああ。薬草、上薬草だけじゃない」
「麻痺草、それに魔力草」
サラはクリスと目を見合わせると、こくりと頷き、同時に馬車から飛び降りた。
「では後でまた!」
「走って追いつきますから!」
やれやれという顔でネリーとアレン、そしてクンツが護衛に付いてきてくれたことに、またしても気がつかなかったサラとクリスである。
「すまない、ネフ」
「いい。たまには立場が逆転するのもいいだろう」
シュンとするクリスと、その肩を楽しげに叩くネリーというめったに見られない光景にサラは目を丸くする。
「あのね、ネリー」
「なんだ?」
馬車に戻ってきてもどこか楽しそうなネリーに、サラは思い切って尋ねてみた。都合のいいことに馬車の中にはサラとネリーの二人しかいない。
「なんだか、いつもよりクリスに優しい気がするんだけど」
「クリスにか? まさか」
ネリーはサラの質問を笑い飛ばした。
「優しいと言われると違うとしか言いようがないが、だが、この旅のクリスは普段のクリスより好ましいと思うぞ」
「好ましい」
それは好きだということだろうか。サラはちょっとドキドキした。
「あやつは勝手なようでいて、薬師としての仕事に対しての責任感はある。それと、自分で言うのもなんだが、私には真摯でいてくれる。ローザでのサラの件ではあてが外れたが、それは私が悪かったからでもあり、基本的には信頼のおける男だ」
クリスがネリーに一生懸命だということはちゃんと理解していたのだなあとホワホワとした気持ちになる。だがネリーの言うことは厳しかった。
「だが、冷たいことを言うようだが、自分を二の次にして、私に尽くされても息苦しい。この言い方でサラに伝わるだろうか」
「うん、なんとなく」
恋愛経験値と言う意味ではサラもネリーも大差ない。
「今回は仕事がないせいか、クリスはとても自由に、自分のやりたいことをやっている。それこそ私のことなど眼中にないこともある。だからこそ、クリスのことを初めてゆっくり眺められた気がする。いつもと逆だな」
ネリーが珍しくクスクスと笑った。
「改めて観察してみると、変わったやつだよな、クリスは」
「ほんとそう。ようやっとネリーも気がついてくれたんだね」
いつの間にか恋愛話ではなくなってしまったが、クリスのどこが変わっているか二人で仲良く数え上げていると、ふと放課後に友だちとおしゃべりしているみたいだなと思う。サラの体が弱くて、やりたくてもできなかったことがこうしてこの世界でできていることを、不思議だなともありがたいなとも思うサラである。
それからいくつもの小さい町を通り過ぎて、一週間ほどたって、いよいよ目的地ガーディニアの町にたどり着いた。
山脈を越えての行き来こそ少なかったが、一度東部に入ると、よく整備された街道は人や馬車の往来は王都付近より多いように思えたほどだ。
「華やかさはないが、人々の顔は明るい」
ライがガーディニアの町並みを見て、ポツリとつぶやいた。
「伝統的な背の低い建物に、広い敷地。ハイドレンジアも王都に比べればゆったりした土地だが、それでももう少し人がせかせかしている。ラティはよいところに嫁いだな」
ガーディニアの町中に南側から入り、ゆっくりと馬車を走らせると、東側が領主館のある場所だ。
「王都みたいに貴族街になってるんだね」
「道も家も広いし、庭も整備されていて広い。まるで別の国に来たみたいな気がする」
道の突き当たり、ひときわ大きい屋敷が領主館なのだろう。来た人を両手を広げて歓迎するかのように開放的な門の造りだが、門番がいて、そこで馬車がいったん止められた。
「ラティーファ、いや、領主夫妻から招かれた、ハイドレンジア一行だ。私はライオット・ウルヴァリエ」
「奥様のお父様ですな。その燃えるような髪の色、すぐにわかりましたぞ、はい。少しお待ち下さいませよ」
丁寧なのかそうでないのかよくわからない年を取った愉快な門番は、すぐに屋敷に使いを出した。
「そういえば奥様の妹様がお二人お見えなさると聞いたが、あとから参られますかね」
サラは思わずネリーと顔を見合わせ、お互いに口を閉じたまま指を差して確認し合った。
妹二人? つまりネリーとサラのことをそう伝えた?
「奥様にそっくりな妹さんだと聞いて、屋敷の者もガーディニアの皆も楽しみにしてるんでさあ」
ネリーがああという顔をしてこめかみに指を当てた。
「姉様、変わってないな」
「そのようだな」
「どういうこと?」
ネリーとクリスにひそひそと尋ねるサラの耳に、ネリーが口を寄せた。
「姉様にとって、どうやら私はいつまでも小さい……」
「さあ、皆様! そのままお屋敷にお進みくだせえ!」
ネリーが最後まで言い終えないうちに、門番の大きな声がした。屋敷から使いが戻ってきたようだ。
「ネリーのお姉さんに会うのも緊張するけど、招かれ人に会うのも緊張するなあ」
話している間に、馬車は屋敷の玄関に着いたようだ。
普段なら自分からひょいっと降りてしまうライが、ちょっとおどけた顔で馬車の扉が開くのを待っていて、サラとネリーはクスクスと笑ってしまう。
外から扉が開けられると、ライがゆっくりと馬車から降りた。
「お父様!」
「おお! ラティ」
すぐに再会の喜びにあふれた声が聞こえた。ハグをしている気配がする。
「私のかわいいネフェルは?」
「今すぐに」
その女性らしい落ち着いた低い声にネリーが立ち上がり、伸ばされたライの手に手を重ね、ゆっくりと馬車を降りていく。
「ああ! ネフェル! 私のかわいい妹! 変わらないわね」
「姉様こそ、お変わりなく」
その声を聴きながら、サラもライの手に手を重ね、静かに馬車を降りていく。クリスはサラの後だ。アレンとクンツはハンターの馬車に乗っている。
サラはまず、ネリーを愛しそうに見上げている背の低いご婦人に目が引かれた。ネリーと同じ、日に映える明るい赤毛の美しい人だ。目じりの笑いじわを見れば確かにネリーよりは年上なのだろうが、くるくるとしたおくれ毛が顔と大きい緑の目を縁取る愛らしい顔立ちは、四十代後半とはとても思えない若々しさだ。
「お姉さんも美魔女か」
思わず小さい声でつぶやきながらその隣を見ると、男性にしては小柄な、茶色い髪に同じ色の口ひげを蓄えた五十代前半と思われる男性が温かい目で姉妹を見守っている。
これがネリーの姉であり、ご領主夫妻なのだと納得できる気品がある。そしてその周りに目をやったとたん、サラは思わず一歩下がりそうになった。
領主夫妻だけでなく、貴族や地元の名士と思われる身なりのいい人たちがぞろぞろと屋敷から出てきていたからだ。
ある者はネリーを見て、そしてある者はサラを見て、またある者は後ろのクリスを、あるいはぞろぞろとハンターが降りてきた後ろの馬車を見て、歓迎というよりは驚きと戸惑い、そして値踏みをその目に浮かべているように見えた。
「えっと、やっぱり着替えてくればよかったかな?」
サラの小さなつぶやきに、クリスも小さい声で答えてくれた。
「我らは薬師のローブを着ている。それなのに見た目で判断する者は、それだけの者だということ。さあ、覚悟を決めて胸を張れ」
「覚悟が必要ならもっと前に言ってくださいよ」
今言われても困ると思うサラは、ふと違和感を覚えた。
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