峠の山道
「まず一歩」書籍7巻は11月25日、
コミックス4巻は同じく11月14日に発売予定です。
次の更新は24日火曜日の予定です。23日は転生幼女をお楽しみに。
馬車は進路を王都方面にとる。南部のハイドレンジアから北上して、途中の町から東の山脈へと向かう。
領主のライがいるとはいえ、王都へのゆるゆるとした貴族の旅ではない。東部に行くハンターの意欲をそがないよう、ほどほどのペースで進んでいる。ほとんどが移動だけの旅なので、アレンやクンツなどは草原を駆けまわって、未だに数が減らないツノウサギを狩り、退屈をしのいでいる。
サラは別にウサギを狩りたいわけではなかったが、馬車に座ってばかりではかえって疲れるので、やっぱり草原を駆けまわり、薬草や麻痺草を採取したりしている。
「明日にはベルトラン山脈に入るぞ。この先は三日ほどは宿もないので、野営ということになる」
「野営。久しぶりだ!」
サラはうきうきと、ポーチの中のテントを思い浮かべた。
だが、よく考えたら去年のタイリクリクガメの時も野営をしていたので、一年ちょっとぶりにしかすぎない。
「こんな息抜きの旅なら面白いと思えるけど、宿がない狭い山道を進まないとたどりつけないんじゃ、なかなか行く気にはなれないかもしれないね」
「息抜きなのはサラとライ、それにクリスだけだぞ。俺たちは仕事だからな」
あんなに一生懸命、解麻痺薬や、そのほかの準備をしたのだが、それはあくまで念のためであり、サラもクリスも何かの依頼を受けたわけではない。
「準備は頑張ったんだよ」
「もう芯から薬師だよな」
「かっこいいでしょ」
「ああ」
戦わなくても、責任を持って仕事をする自分はかっこいいのである。
そしてついに、馬車一台分の幅の山道に入る。
街道として土魔法できちんと整備されているので、人通りが少なくても草が生い茂っていたりしないし、道がガタガタいうわけでもない。それでも坂道で馬に負担を掛けたくなくて、そして何より山の景色を楽しみたくて、サラは馬車から降りて歩くことを選択した。
馬車もゆっくりと進むから、サラと同様に歩いているハンターたちも身体強化を使う必要もない。上り坂は疲れるが、春真っ盛りの青葉は目に心地よく、爽やかな陽気で汗ばむほどである。
そんな中、そわそわしているのはクリスだった。
「サラ、ちょっと外れないか」
「なにからです?」
言葉が足りなすぎていったい何から外れたいのかさっぱりわからない
。
「あー、そうだな」
クリスはゴホンと咳払いした。珍しく気持ちが逸っているらしい。
「植物採集に行くために列から外れないか」
「行きます!」
クリスは、薬草や麻痺草、魔力草など定番の植物以外にも、ポーション類の材料になる植物をよく知っていて、教えてくれることがある。
薬師として、そのチャンスを逃すわけにはいかない。
「ライ、行ってきます」
「おお、気をつけてな」
遅れた分は身体強化をして追いつけばいい。
サラはクリスに続いて、山道から谷側に外れた。
「この木の芽、食べられませんかね。以前、天ぷらで食べたことがあるような気がします」
「テンプラとはあの油で揚げたやつのことか」
ハイドレンジアまで来る途中で、何度かごちそうしたことがあるので、クリスもしっかり覚えていたようだ。
「念のため採取してみたらどうだ。後で精査しよう」
「よし!」
主に食べられそうなものを探すサラと、薬草になりそうなものを探すクリスと。
夢中すぎて、サラがヤブイチゴを見つけて声を上げるまで、後ろにアレンとクンツ、そしてネリーが付いてきてくれていたことには気がつかなかった。
「ひえっ。どうしたの?」
「ほらな、やっぱり付いてきてよかっただろう」
クンツが肩をすくめてクリスのほうを見ている。
「クリスもさ、ネリーがいるのに気がつかないほど夢中になってる。ってことは、サラ、帰り道はわかってる?」
「ええっと」
サラは慌てて周りを見渡した。谷側に下ってきたはずだから、上ればいいはずなのだが、草や木が生い茂り、既に道の方向がどちらにあるかわからない。サラは自分のことは特に方向音痴だとは思わないが、実はクリスと一緒だからと、何も考えずに付いてきていただけで、帰り道のことなど考えていなかったのだ。
「クリスの様子をみて、ちょっと怪しいなって思ったんだ。頭がいいことと方向感覚がちゃんとしてることは別だからな。ほら」
クンツの指さす先を見ると、目の高さの枝がところどころ折られている。
「あれをたどれば無事に道に戻れる。知らない土地であてになるのは自分だけだぞ」
「うう。はい。ありがとう」
もともとクンツは年上だけど、王都育ちで、山道の歩き方などに詳しいわけがない。だからこそ慎重に、自分がどうしたら迷わないかを考えて行動しているのだろう。
「ちょっと浮かれてました」
「そうだな。実際、楽しいしな」
身の丈に合わない依頼でもないし、道中はのんびりと、お互いよく知っている気の合う仲間との旅だ。
はしゃいでしまうのは仕方ないにしても、山道ではちょっと慎重になるべきだった。
「クリス」
「ネフ?」
しゃがみこんで足元の植物を観察していたクリスが、ネリーに声を掛けられて驚いて立ち上がった。クリスがネリーに気がつかないなんて本当に珍しいとサラは驚いた。だが、不思議なことに、いつもクリスをうっとうしそうに振り払うはずのネリーの視線が、いつもより柔らかなような気がする。
「そろそろ戻ってはどうだ」
「ああ。そうだな」
伸びをするように上を見るクリスにつられて空を見上げると、太陽は真上近くに来ていた。
「こんな時間か。サラは!」
慌ててサラを探すクリスを見ると、少なくとも連れてきたサラに責任を感じてくれていることだけはわかる。
「ここでーす」
二人して夢中で時間が過ぎるのにも気がつかなかったことに笑うしかない。せめてお互いに見えるところにいてよかったと胸を撫でおろす。
だが、だからといって、見つけたばかりのこのヤブイチゴの茂みを残しているのはもったいない。
「急いでヤブイチゴだけ採っていってもいいですか」
食いしん坊だとあきれられるだろうかと思ったが、アレンがすぐに手を挙げた。
「手伝うよ。ジュースになるんだろ? あとでごちそうしてくれよ」
ワイワイ言いながらヤブイチゴを採りつくして戻ると、お昼の支度は既に終わっており、ちょっと叱られたのはいい思い出である。
それからは道を見失わないように気を付けながら、時には大きいイモムシに声を上げ、知らない植物を観察したりしながらも、楽しい旅が続く。
馬車がすれ違えるように時折広い場所があるとはいえ、二泊の山道ですれ違った馬車はたったの二台で、収納袋があるから見かけよりはたくさんの荷物がやりとりされているはずではあるが、人の行き来は本当に少ないのだなと思わされた。
ブーンと頭ほどもあるハチやアブが飛んでいた時にはめまいがしそうになったが、ダンジョンでなくてもとにかく虫が大きいという覚悟だけはしっかりできたのは幸いである。
峠を越えても、上ったり下ったりしながら続く山道を抜けると、馬車がゆっくりと止まった。馬車の中で少しうとうとしていたサラははっと目を覚まし、何事かと窓から顔を出すと、そのまま固まってしまった。
「緑の海だ……」
木々の切れ間からのぞく東部の大地は、一面緑の平野に、ゆったりと川が蛇行して流れているのが見える。よく見ると、きれいに整地された畑がそこかしこにあり、街道がそれをきれいに区切っている。町のそばにだけ農地がある、王都やハイドレンジアとはだいぶ違う景色だ。
どうやら景色のいい高台に休憩場所があるらしい。
「これがラティの嫁いだ土地か。ツノウサギがいないだけで、こんなに農地が広げられるんだな」
ライが感慨深そうだ。
「薬草とかもたくさん生えてそうですね」
「私とサラは、問題がなければ薬草採取もいいな」
今回、何の依頼もないクリスは、いつもよりのびのびと自由に振る舞っているように見える。それをわがままに感じないのは、楽しい旅の効果であるのかもしれない。
そのサラの眼前に、すいーっと大きい影がよぎる。
「わあ、大きな鳥だ! いや待って」
サラは魔の山で学習している。鳥のように見えたからと言って、空を舞っているのが鳥とは限らないことを。
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