四人め
「まず一歩」書籍7巻は11月25日、
コミックス4巻は同じく11月14日に発売予定です。
「はあ、東部に招かれ人がやってきた? それも半年以上前にですか?」
アレンとクンツが帰った後、ちょいちょいとライに招かれたサラに、特大の爆弾が落とされた。
それはハルトたちが東部へ行ったということではないのかと、混乱するサラを前に、ライは深刻そうな顔をして話を続けた。
「王城に現れるはずの招かれ人が、二人続けて辺境の地に落とされるとは。あ、いや、ガーディニアは辺境ではないが」
「少なくとも魔物のいない場所だったのはうらやましいです」
二人続けてという話で、すぐに新しい招かれ人だと悟ったサラは、さっそく突っ込むのがやめられない。
「ということは、トリルガイアには今、招かれ人が四人もいるんですねえ」
そんな返事をしてしまったサラには、ちょっと当事者意識が欠けていたかもしれない。
だが、招かれ人がやってきたとしても、たいていは国に保護されて大事に扱われるのだし、ましてや東部と言えば、魔物も少ない楽園のような地だと、さきほどセディが言っていたではないか。
サラのように魔の山に落とされてつらい思いをしていないのなら、問題はない気もした。
それに、サラもそうだが、招かれ人は体がつらくて思うように動けなかった者が多いと聞く。家族と離れてつらい気持ちはあっても、自由に動ける体が手に入ったことはなにものにも代えがたい。慣れてくれば、幸せに暮らしていけることだろう。
「三人でもまれなことだというのに、四人とはなあ」
女神の恵みとして存在は認知されているとはいえ、それほど頻繁に招かれ人が来ることはないのだという。
「それにしても、半年も前に来ていた割には、噂にも聞きませんでしたね。私の時もそうだし、あまり公にはしないものなんですね」
「場所によると思うぞ。落ちた場所が王都ならばすぐに広まるが、ガーディニアではな。だが半年たって、そろそろ王都に顔見せにと言う話になったが、当の招かれ人が拒否したらしい」
面倒は嫌い、そんなところは日本人ぽいなと思ってから、サラははっと気がついた。
その招かれ人がどのような人かまったく聞いていなかったではないか。ハルトは日本人だが、ブラッドリーはイギリス出身だったはずだ。
「私ったら、すみません。自分の気になることばかり聞いて、話を中断してしまって」
サラは慌てて頭を下げた。
「かまわんかまわん。質問があったらどんどん聞いてくれ。こういう、方向性のない会話こそ家族らしいと思わんか。ゴホンゴホン」
要はただのおしゃべりが楽しいと言いたいのだろう。ライは照れたように咳払いし、セディが仕方のない人だという顔をしてそれを眺めている。
「ゴホン。さて、サラにとっての本題に入らせてもらうぞ」
「はい」
サラにとっての本題とは何か気にはなったが、しばらく口を挟まずにいようと思う。
ライは手紙を胸の隠しから取り出した。よく見ると、先ほどひらひらと見せていた手紙とは違って、金の縁取りのある高級そうな紙だ。ということは、家族の手紙とは別と言うことだろうか。
「ええとだな。その招かれ人は、ニホーンと言う国から来た、ヨシカーウワ・アンズー。いや、アンズー・ヨシカーウワか?」
「こちら風にいえば、アンズ・ヨシカワですね。そうか、日本人で女の子か」
サラは嬉しいような、切ないような微妙な気持ちになった。
ハルトと同じように、同郷の人であることは嬉しい。
だが、元気な体と引き換えに、もしかしたらやりたいことや大切な家族を失ったのかもしれないのだ。そのうえ、日本とはまったく違う文化のこの国にうまくなじめているだろうかと心配にもなる。
「ラティーファの屋敷の前庭に現れたそうだ。それが去年の秋。王都には連絡済み。だが……」
ライはふうっと大きく息を吐いた。
「素直に言うことは聞くが、いつまでもなじまず、距離を取られているようだ、と書いてある」
サラもふうっと息を吐いた。どうやら緊張していたようだ。そして、悪いほうの予想が当たったことを残念に思う。
「ラティーファの二人の息子、つまり私の孫はもう成人していてな。招かれ人が少女で、娘ができたようだと大喜びしていたが、部屋からもめったに出ることもなく、窓の外を見てため息ばかりだそうだ」
冷たいようだが、そんなことを聞かされても困るなとサラが思うのは、こちらの生活に慣れたせいだろうか。それとも、自分と違って苦労のない場所に落とされたうらやましさだろうか。いやいやそれはないとサラは首を横に振った。
「それがサラに何の関係があるのですか」
本題に入ると言っておきながらも、遠回りの会話に焦れたのか、はっきりと口に出したのはクリスだった。
「サラとは違い、王都ではないにしろ、領主の館に落とされて、何の不自由もない生活を保障されているはずです。まさかラティーファは、まだ15歳のサラに、自分のところに来いなどと求めるつもりではありませんよね。サラとて、自分の仕事も、生活もあるのですよ」
サラは驚いて口をあんぐりと開けそうになった。
クリスにとってサラは弟子であり、ネリーを挟んで家族のようなものではあるが、心配したり、甘やかしたりということは一切ない。それが、まるでサラをかばうようなことを口にしたのだ。驚かないわけがない。
「うむ。それがその通りなのだ」
ライもその要求が少々理不尽であるとは思っていたのだろう。クリスの厳しい意見をそのまま受け止めてはいる。だが、
「それならば、断ってください」
というクリスの主張にはゆっくりと首を横に振った。
「領主から領主への正式な依頼だ。受けるかどうかはサラが決めてよいが、まずは読み上げさせてくれ」
やっと本題である。
「とはいえ、面倒くさい部分を省くと、東部ガーディニアの領主、エドモンド・グライフとラティーファ・グライフより、ハイドレンジアの招かれ人イチノーク・ラサーラサ殿へ。招かれ人ヨシカーウワ・アンズーがトリルガイアになじむ手助けをしてほしい、という依頼だな」
サラは即答できなかった。今まで人助けだとわかってためらったことなどない。面倒なことは苦手だが、無理のない範囲で誰かを助けられるのならそれはいいことだと思うからだ。
そして即答できなかった自分に驚いてしまっている。
クリスはかばってくれたが、先ほど話し合った通り、どうせネリーと一緒にガーディニアに行くことは決まっている。そのついでに、領主館に立ち寄り、そこに預けられている同郷の少女の手助けをすればいいというだけのことだ。
自分にとっても無茶なことではない。
では依頼側はどうか。身内としてのネリーに来てほしいということも、ハンターとしてのネリーが必要ということも、それならばネリーが保護している招かれ人についでに来てほしいということも、どれも何もおかしいことではない。
むしろ、ネリーと一緒にガーディニアを訪れたとして、会わない選択肢も、手助けをしない選択肢もあり得ない。サラはすぐに答えなかったことを反省して顔を上げた。
「私は……」
だがそれの先はネリーに止められた。
「サラ、やっぱりさっきの願いは忘れてくれ」
さっきの願いとは何かとネリーのほうを見ると、ネリーの横顔は厳しかった。
「ガーディニアに付いてきてほしいという願いだ。ハンターの私に、そして身内である私にきた依頼だ。一人で行ける。よく考えたら、サラにわざわざ薬師としての仕事を休ませるわけにはいかないしな」
「でも」
「なあに。今までに来た招かれ人は、誰もが大事にされ、やがてこの世界に馴染んでいったことだろう。アンズーとやらも、招かれて半年、まだまだこれからだ。サラの薬師修行を数ヶ月休ませてまで行くほどのこととは思えない。周りには保護者がたくさんいるし、わざわざハイドレンジアから招かなくても、同世代の子どももたくさんいる」
隣でクリスが大きく頷いている。
「だからサラ。今回は申し訳ないが、留守番をしていてくれないか」
ネリーがニコッと微笑んだが、サラに心配を掛けまいと、無理に引き延ばした口角が引きつって大変迫力のある顔になっている。
そのネリーを見たクリスが、同じように口角を上げようとして、やはり怖い顔になっている。
「ぷっ。二人とも変な顔」
サラは思わず小さく噴き出してしまい、そしてなぜだか目に涙がにじんだ。
ガーディニアに一緒に来ないかと誘ったのは、魔の山からずっと一緒にいた、親友のネリーだ。
でも、ガーディニアにはやっぱり来ないでほしいと願ったのは、サラの母としてのネリーなのだと思う。サラが責任感のある子だと知っているからこそ、余計な負担を掛けたくないという思いやりだ。
そしてネリーがどこに行っても付いていくと決めていて、普段はサラのことは気にも留めていないように見えるクリスは、サラにとっては薬師としての師匠である。
だが、ガーディニアからの依頼を断るべきだと主張してくれたクリスは、父とまでは言えなくても、サラの生活を守る家族としての立場に立ってくれた。
サラは変な顔をしているネリーとクリスから視線を外し、目をごしごしとこすると、ライとセディのほうに目をやった。
優しい目でサラを見る二人からは、サラが依頼を受けようが受けまいが、好きにしていいという気持ちが伝わってくる。
いつの間にこんなに皆に大事にされるようになっていたのだろう。気がつかないうちに、サラはしっかりとこの地に根付き、血がつながらないにしても家族ができていたのだと実感する。
魔の山に落ちてから、ずっと頑張ってきたサラの苦労と努力をちゃんと理解して、その成果を当たり前のものと思わない人たちが、サラのそばにはこんなにもたくさんいるのだ。そうしてサラの言葉にできない不安を感じ取り、守ろうとしてくれる。
それならば、サラもちゃんと向き合おう。そう決心して口を開く。
「ううん、いいの。私、ネリーと一緒に行くよ。行きたいんだ」
動いても疲れない体で、いつかあちこち旅して回りたいと思っていた。今までだってあちこち旅をしてきたけれど、今また、行ったことのない場所に行く機会が目の前に転がっている。わずかな不安のせいで、それに手を伸ばさない理由はない。
「でも、ライ。正直に言って、その依頼は私には責任が重すぎる気がするんです」
「こちらの世界になじむよう、手助けするということしか書いていないようだが」
同時に、部屋から出ずに、距離を取られているとも、書いてあったはずだ。
「様子を聞く限り、半年たっても、こちらの世界を受け入れられないということだと思うんです。おそらく、元の世界に置いてきてしまったものが大切すぎて、こちらに馴染むのを拒否しているんじゃないでしょうか」
「元の世界にいたら、自分の命が短かったとしても、か?」
ライの言うことは、厳しいが事実だ。サラも女神に、長生きはできないと言われた。
「そんな先のことより、今のことが大切だったりするんです。例えばあと一カ月の命だと言われて、知らないところで長生きするのと、家族と精一杯楽しく過ごすのと、どちらを選ぶかは人それぞれだと思うんです。しかも、正直に言って女神様はそれさえ選ばせてくれませんでした」
サラは大人だったから、そして残してきた家族の強さを信じられたから新しい環境に適応できた。だが、そうでない人もいるかもしれないのだ。
「だから、その気持ちを強引に変えて、こちらに馴染ませることはできないと思うんです。ただ」
サラはネリーのほうを見てニコッと笑った。
「その子の話を聞いたり、こちらの話をしたりという、ほんのちょっとのお手伝いならできます。ええと、依頼じゃなくて、旅のついで、と言う感じでなら」
「理解した」
ライは髭をひねると、うむと頷いた。
「依頼という形では受けることはできないが、旅のついでに訪うことはできる。そう返事を出せばよいな」
「はい」
ハルトのように、10歳の年齢のままこの世界に来たのか、サラやブラッドリーのように、ある程度の社会経験を積んでから10歳に戻されたのか、それは手紙には書いていなかったから、どう接するのかは行き当たりばったりだ。
だが、来てしまった以上はこの世界で生きていくしかない。ほんの少しでも、アンズという招かれ人の気持ちを楽にしてあげられたらいいなと思うサラであった。
「異世界でのんびり癒し手はじめます」コミックス4巻発売しました!
「転生幼女」9巻は12月15日に通常版と、リアのアクキーがついた特装版と二種類発売決定です。
特装版は一二三書房のページから予約のみで購入できます。アクキーの分お高いですが、確実に手に入ります。