一緒に
書籍7巻は11月25日、
コミックス4巻は同じく11月14日に発売予定です。
サラは自分のうかつさにめまいがしそうだった。確かにネリーは積極的に自分語りをしない人だが、だからといってちゃんと家族構成を言ってくれていたのに、それにまったく関心を示さなかったのはどうなのか。
「ああ、サラには話したことがなかったな。姉様はトリルガイア東部の大きな町の領主夫人なんだ。それと下の兄は一応ハンターで、定住せずにあちこちふらふらしているから、私もどこにいるか知らない」
サラがぽろっとこぼした言葉を、ちゃんと拾って説明してくれるネリーがありがたい。
「珍しいというのは、ラティの住んでいる場所がちょっと行きにくい場所にあってな。あまり積極的に連絡を取らないからなのだ」
本来ならすぐに用事の話をしたいはずなのに、ネリーもライもサラに丁寧に説明してくれた。
「ですが、行き来こそしないものの、姉様は幸せに暮らしていると思っていましたが」
「ああ、それは心配ないだろう。エドは穏やかな男だからな」
エドと言うのは、ネリーの姉の夫なのだろう。会話の一つ一つが情報の宝庫である。
「アレンとクンツはガーディニアについては知っているか」
サラにとっては先ほど初めて聞いた土地だが、アレンとクンツは当然とばかりに頷いた。サラは自分が落第生になったような気持ちだ。学校というものがないと、知識って偏るんだなあとトリルガイアの暮らしに責任転嫁しそうになる。
「王都からは真東にあたる土地だけど、間に山脈があって、あまり人の行き来がない。穀倉地帯。それに、ダンジョンも魔物も少ないから、ハンターにとってはうまみがない」
アレンは指を折って思いつくことを上げていく。主にハンター視点なのがアレンらしい。
「叔父さんといた時も、峠越えが面倒だし、ハンターは稼げないからっていう理由で、俺は行ったことはないです」
「俺もないです」
アレンとクンツは場所の知識だけはあるようだ。
「私もない。姉様の婚礼は王都で行われたから、それ以来会っていないし」
ネリーも行ったことがないということは、家族でさえ行くのが大変な場所だということだ。
「俺は視察で行ったことがあるが、山を越えると平坦で豊かな土地が広がっているのに、魔物がほとんどいない楽園のような場所だ」
この場で唯一行ったことがあるのがセディだった。父親のライですら、ガーディニアには行ったことがないのだそうだ。
「私も領主、ラティも領主夫人。お互い王都に行くことはあっても、それ以外で領地を離れるのはなかなか難しいんだ。何度か王都で顔は合わせたが、もうしばらく会っていないなあ」
ライの声に会いたさがにじむ。ネリーのことをかわいがっている様子からも、ライが家族を大事にする人であることは伝わってくる。ただ、考え方が少しばかり筋肉寄りなだけだ。
「ダンジョンも草原の魔物も厄介だが、資源でもある。トリルガイアで一番移動するのは商人とハンターだから、農作物しかなければ、人の移動も少ないというわけだ」
ダンジョンは儲かる。だからローザは物価が高くてもやっていけるのだ。
納得の理由である。
「ところでお父様。姉様からの連絡とはなんでしょう」
ひと通り説明できたと判断したのか、ネリーが本題に入ってくれた。
「うむ。ラティとは定期的に手紙のやり取りをしているのだが、この間、ネフェルがついにハイドレンジアに落ち着いたと書いたのだ。そうしたら、とても喜んでな。その、それなら久しぶりにかわいい妹に会いたいから、ネフェルをガーディニアに寄こしてくれと言ってな。折りよき頃を見計らっておったところなのだよ」
とてもいい話だとサラはうんうんと頷いた。サラはもう本当の家族とは会えないから、会える時に会っておいた方がいいと心から思うのだ。
「その手紙に書いてあるのはそれだけですか」
ネリーの冷静な声が食堂に響く。
「いや、その、なんだ」
ライの目が泳いでいる。
「ラティはほら、ネフェルの母親代わりでもあっただろう。つまりその……」
「はあ」
隣でネリーが大きなため息をついた。
「もうとっくに諦めているかと思っていましたが。どうせ見合いかなにかでしょう」
「察したか……」
「察したも何も、後で手紙を見せてもらえば結局はわかることです」
ネリーは冷静なままで、まだ何か言いたそうなライを無視し、セディのほうに顔を向けた。
「それで、兄様はなぜここに?」
サラは質問の意図がわからずきょとんとした。家族の手紙を皆で楽しもうと思って集合したのだと思っていたからだ。それに、お見合いの話はどうなったのだろう。だが、セディはそのことを気にした様子もなくネリーと話を続けている。
「ああ、ちょうど今日、王都のハンターギルドから知らせが来てな」
王都からの知らせがよいことだったためしがない。サラの警戒度は跳ね上がった。
「ガーディニアのある東部地方で、クサイロトビバッタが増えている可能性があるということだ」
クサイロトビバッタと聞いて、サラの頭に浮かんだのは、緑色の細い小さなバッタだ。サラの住む家の周辺の草むらでもたまに見かけるそれは、オンブバッタと呼んでいた気がする。
「数年おきに聞く話ですから、またかとしか思えませんが。ハンターが出るほどなのですか?」
ネリーの返事を聞いて、サラの心の耳に警報音が鳴り響いた。
ハンターが出なければいけないほどのバッタが、日本と同じかわいいバッタなわけがない。
今までの経験によると、それはつまり、大きいということだ。
「またかと言っても、前回は10年以上前になる。単体ではおとなしい生物なんだがな。今年は数がずいぶん多いらしい」
そういうことである。
「ちなみに大きさはどのくらいですか」
サラもこの世界の生き物についてはだいぶ察しがつくようになったが、一応確認してみる。
その疑問にはネリーが嬉しそうに答えてくれた。
「なに、たいしたことはない。ニジイロアゲハほど大きくないぞ。チャイロヌマドクガエルほども、ツノウサギほどもない。そもそも魔物でさえないからな」
そのすべてが抱えきれないほど大きいということを差し引けば、ネリーの保証にはまったく安心できない。
「クサイロトビバッタは草食だから、万が一増えて、収穫前の小麦を食べつくされては王都の食糧不足につながる。百年以上前にまれにあったそうだ」
何百年かに一度の災害が多すぎないか。
サラは去年のタイリクリクガメのことを思い出して遠い目をしてしまった。
「だからそうならないよう、いつもは王都からハンターを出しているんだが、久しぶりの募集に、今回は集まりが悪いらしい。それでハイドレンジアを含む南部からも人を出してくれないかという依頼がきた」
「じゃあ、その募集は明日からハンターギルドに出るんですよね」
クンツが意気込んで聞いている。
「ザッカリーと相談の上だが、その予定だ」
「よし!」
こぶしを握っているクンツを見れば、どうやら参加の方向のようだ。王都の渡り竜討伐もそうだが、クンツは経験を積むことにためらいがない。虫が嫌いだとか、そのレベルでちょっと引いているサラとは大違いだ。
「兄様、もしかしてちょうど都合がいいから、姉様に会いに行くついでに、クサイロトビバッタの依頼も受けてくれないかという話ではないですよね」
あきれたようなネリーの質問に、セディはためらいなく頷いた。
「その通りだ。そのほうがネフェルにとってもいいだろう」
すぐに断らなかったことから、ネリーの心が動いたことがわかった。
「サラ、その」
ネリーがサラのほうを向いて、困ったような、それでいて期待に満ちた顔をする。
「サラは薬師だからな。狩りはしなくていい。最大の問題は、姉様に着せ替え人形にされることくらいだ。だから、その……」
サラにも付いてきてほしい。そうはっきりと言えずにもじもじとしているネリーがかわいくて、サラはほっこりとした。クサイロトビバッタという生物が懸案事項ではあるが、サラはかかわらずに済みそうだ。だとしたら、魔の山にいた時に願ったように、見知らぬ場所に行ってみる絶好のチャンスではないか。
「カレンに聞いてみないとわからないけれど、お休みできるなら付いていきたいな」
「そうか! それならザッカリーと相談の上だが」
ネリーはニコニコとしてライとセディの方に体を向けた。
「行ってもいい」
「そうか!」
セディがほっとしたような顔をした。隣で同じようにほっとしているライの視線がなぜかサラのほうを向いているのが不思議ではある。
「ただでさえ近隣のダンジョンの視察で忙しいのに、家族に会うためとはいえ、東部まで行きたくないというのが正直なところだ。俺もそろそろ年だし、ウルヴァリエの代表としてネフェルが行ってくれると本当に助かるんだ」
「セディ、その、すまん」
ライが申し訳なさそうな顔を、今度はセディに向けた。
「なんですか? 俺は行きませんよ」
「ああ。それはかまわん。だが、私が行こうと思う」
続く沈黙の中、サラは先ほどの話を思い返した。お互い領主の立場だと、管理している土地を長い間は離れられないから、めったに会うことがないのではなかったか。
「父上。いえ、ご領主。王都ならともかく、ご領主がここを離れるのは困ります」
セディもそう言っているし。サラは自分の認識が間違っていないことを確認できた。
「いや、私もそろそろ代替わりしてよい年になったと思う」
「まさか」
セディが大きくのけぞった。
「私がいない間、次期当主たるお前が代理になればよい」
「はああ? ただでさえ仕事が忙しいというのに、領主代理とか無理に決まっています!」
ライはまあまあと言いながら髭をなでつけた。
「しょうがなかろう。行きたいんだもん」
「だもんって、父上……」
ネリーが大変なことになるのかと思ったら、意外なことにババを引いたのはセディだったという、思いがけない結果に終わった一日だった。
食事を終えて帰るアレンとクンツを見送りに出たサラは、どうしても聞いておきたいことがあった。
「アレンは何も言わなかったけど、どうするつもりなの?」
一年前だったら、遠慮して聞けなかった質問である。
「俺も行くよ。クンツと同じで、ハンターとして積める経験は積んでおきたいと思うから」
「よかった」
ほっと胸を撫でおろすサラである。
「サラは領主館、俺たちは草原。現地に着いたら別行動だろうけど、行き帰りは一緒だろ。新しい場所、楽しみだな」
「うん!」
サラは意外と楽観主義である。
だが、今日は終わりではないことまでは見抜けなかった。
見送りを済ませ戻ったところに、今日の本題が隠れていたのである。
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