薬師ギルド
「おはよう」
「おはよう」
朝の光で見るアレンは、やっぱり夜と変わらず薄汚れていたが、よく見ると手と顔はきれいだった。
たぶん砂の色のぼさぼさの髪に、少し灰色がかった青い瞳をしている。
「ご飯たべる?」
「いや、俺」
「パンだけだけど」
「……ありがとう」
結界箱もマットも片付け、アレンのカップにお茶を入れてあげながら、サンドパンを渡す。
「これ、うまいな」
「コカトリスの胸肉だよ」
ネリーの好きなやつだ。
「まさか。ダンジョンでも上層の魔物だぜ」
なぜダンジョンの上層の魔物が魔の山にいるのか。サラはネリーが嘘をついたとは思わないので、そっちの方が気になったが、違うものかもしれないし、だいたい合っていればいい。
「そう。鶏っぽいものだよ」
「鶏か。うまいな」
アレンはパンをもぐもぐしながら、サラのカップを指さす。
「それさ、昨日も思ったんだけど、どうやってんの?」
「なにが?」
「お湯。どうやってあっためてんの?」
「魔法だけど。熱くなれって」
そういえば、ネリーも細かい魔法は苦手だと言ってやらなかったような記憶がある。
「あとで真似してみてもいいか」
「いいよ。でもやけどしないように気を付けてね」
お茶を飲んで軽くカップを流して、荷物にしまうと立ち上がる。
「先に町に行くか?」
そわそわしながら言うアレンに、サラは思わず笑みをこぼした。
「また戻ってくるのは大変だから、ちょっと薬草を見てみようよ」
アレンの顔がぱあっと輝いた。
街道まで戻りながら、サラはポーチから薬草一覧を出す。
「これ、薬草。わかる?」
「うーん。何となく」
「じゃあ、ここでしゃがんでみて」
「ここで?」
アレンをしゃがませてみる。
サラの目に入るだけでも、右手のほうに薬草のひとむらがあり、その先にもある。
「これ?」
「そう」
恐る恐るアレンが指さしたものは、ちゃんと薬草だった。
薬草は群生しているから、一〇本はすぐだ。サラもアレンとは別の草むらで同じように薬草を採る。
「一か所で採ると生えなくなるから、半分は残して、移動しながらね」
「うん。すごいな、こんなに。町では今薬草が足りなくて困っているのに」
「そうなの?」
「王都の方で、必要だからって。なかなか流通してこないんだ」
そうして短時間で百本、一〇束ほど集まった。サラも同じだ。
「毒草とか、上薬草とかも教えようか?」
「いっぺんにやると難しいから、今日はこれでいい。それで、サラはどこに行きたいんだ?」
「えと、困ったら薬師ギルドのクリスを頼れって言われてる」
「クリス様か。ちょうど売りに行くところだから、まず行ってみようか」
「うん」
サラにとってアレンの存在がどれほど心強かったことだろう。
まず中央門まで一時間くらいかかった。
中央門は、馬車が二台すれ違えるほどの大きな門だったが、町の規模に比べるとむしろ小さく見えた。
「ダンジョンがあふれた時、町を守れるように門は小さくしてあるんだって」
「そうなんだ」
ダンジョンってあふれるんだ。昨日からの半日で、サラはネリーといた二年間よりたくさんの情報を得ていた。
「昼は自由に出入りできるからな」
「うん」
サラはドキドキしながら門を見上げ、口を開けたまま門をくぐろうとした。
「アレン!」
「おはよう!」
門番の兵がアレンに声をかける。
「どうだ、金はたまったか」
「もうちょっとなんだ」
「頑張れよ!」
その兵士は、サラをじろりと見ると黙って通してくれた。門を通ると、最初に大きな泉があった。
「ここで顔を洗ってるんだ」
「いいの?」
「町が結界で覆われてるからさ、雨水はためられないだろ。北の山から水が来てるとかで、町のあちこちに泉があるんだよ。だから使い放題さ」
アレンが泉で豪快に顔を洗って、袖でそれを拭いた。
サラが周りを見てもだれもそれをとがめない。
「ギルドはそっち側すぐだけど、薬師ギルドはもっと奥にあるんだ。東門まではいかないけど、こっからちょっと歩くよ」
「うん」
返事はしたものの、サラはそれどころではなかった。馬に似ているが、馬ではないものが馬車を引いている。町中は一番高い建物でも三階建てで、町のいたるところに泉があり、道はといえば広くはあるものの複雑に曲がりくねっている。
「迷うからな! 泉の特徴を覚えて、泉を起点に覚えるといい」
「う、うん」
すでにどの道を来たかわかっていないサラである。門を入って右手に一〇分ほど歩いたところに、ひときわ大きい泉があった。
「あれが薬師ギルドの目印。そしてその前にあるのが薬師ギルドだよ」
「わあ」
薬草だとはっきりわかる絵のついた大きな看板がついたその建物は、おそらく奥にも広くて、小さい工場といった雰囲気であった。
昔の酒場のような両開きのドアを押すと、カウンターからすぐ声がかかった。
「よう、アレン! 珍しいな。用があるならそこから言えよ」
店を見渡すと、横に長いカウンターがあり、その奥の棚にはポーションと思われる小さいガラスの入れ物が並んでいる。カウンターには暇そうなお兄さんが肘をついてカウンターに寄りかかっているだけだ。
だが、棚の奥のほうからはガチャガチャという音と人の気配がする。店の奥でポーションを造っているのだろう。
そこから言え、というのはカウンターには近づくなということなのだろう。アレンは慣れているのか、そのことについては何も言わなかった。
「俺も用があるんだけど、今日はこいつを連れてきたんだ。薬師ギルドに用があるってさ」
アレンがそう紹介してくれたので、サラは前に出た。
受付のお兄さんはなぜだか一歩下がったが、何かに気づいた顔をするとまた一歩前に出た。
「アレンと一緒にいたから、魔力が高いのかと思って焦ったぜ。で、なんだ」
「あの、私はサラって言います。山のほうに姉さんと暮らしてたんですが、姉さんがローザの町に行ったまま帰ってこなくて」
「へえ。姉さんが。名前はなんていうんだ?」
「ネリーです。二〇代半ばくらいで、きれいな赤い髪の毛の、緑の瞳の」
「まるで死神みたいな容姿だが、年と名前が違うしな。ちょっとわかんねえな」
受付のお兄さんは、ちょっと面倒くさそうに、でも一応ちゃんと考えてそういってくれた。死神みたいとはどういうことだろう。この世界の死神はそういう容姿なのだろうか。それに薬草を売りに来ていたはずなのに。
「それで、町から五日戻らなかったら、薬師ギルドのクリスを頼れって言われました」
「クリス様をか」
お兄さんの目が細くなり、声が冷たくなった。
「今クリス様はこの町にはいねえ」
「いない?」
「事情があって出かけてるんだ。そういうことで、役には立てねえなあ」
「いつ帰ってきますか」
「わからん」
サラは途方に暮れた。ネリーはクリスを頼れといった。クリス以外は信用できないとも。
「サラ」
入り口でアレンがサラを手招きした。
「ハンターギルドにも行ってみよう」
「うん」
そっちで薬草を売っていたかもしれないと、サラは希望を持った。
来週木曜まで、毎朝6時更新予定です。
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