町長の家
「ひえって、お前、育ったのは外側だけか? 面倒ごとは避けたいっていう、中身は変わんねえな」
ニヤニヤから大爆笑に変わったヴィンスの失礼な言い分はとりあえず放っておいて、サラはブラッドリーに助けを求めることにした。
「ブラッドリー!」
「ああ、私は気にせず町長宅に滞在しているし、町長のコンラッドや息子のセオドアともそれなりに社交的に会話もしているが」
「嘘でしょ? テッドと社交的な会話?」
あの常に仏頂面で態度の悪いテッドが社交的なんて、めまいがしそうである。そしてサラはテッドよりも何よりも、そのテッドを育てた父親と母親と一緒の家で過ごすということに抵抗がある。
だがブラッドリーが助けにならないなら仕方がない。サラは自分で行く先を決めることにした。
「私はギルドの宿で十分です。町長の家なんてとんでもない」
「そうだろうなあ。だがそれも町長には許せないだろうな。招かれ人をもてなさなかったと言われたくはないだろうよ。妥協してどっか高級宿にしろや」
その招かれ人がローザに入れないようにしたのがお宅の息子ですよと言いたくなるが、ヴィンスに言っても仕方がないので我慢する。
「それなら、まあ」
「ネリーとアレンが来るまで俺が一緒に泊まってやるからさ」
「助かる!」
ハルトの一言で、今夜の行く先がやっと決まった。
「その場合でも、夕食には招かれてるぞ」
「ええっ」
「ハハハ。夕食は俺も一緒だから」
なぜかヴィンスが付き添いで来てくれるらしいが、タイリクリクガメの依頼を受けて意気揚々とやってきた結果がテッドのお宅訪問ということになり、サラは思わず力が抜けてしまった。
しかし、それは違うと軽く頭を振って思い直した。
確かにローザにいた時のテッドは最低だった。だが、そこからカメリアに行く途中も行った後も、王都で再会した時も、ぶっきらぼうなだけで何もひどいことはしていない。むしろ普通に旅の仲間だと思っていたではないか。
ローザという町に触発されて、余計なことを考えるのは止めようとサラは思い、自分に言い聞かせた。
「招かれ人が現地の偉い人に招かれるのは、税金みたいなものと思わないとね」
それからすぐに第二の内側の宿に案内され、ネリーのいない一人部屋でゆっくりとお風呂に入り、着替えたらもう町長宅に行く時間だった。ライが、少し格式ばった時のためにと用意してくれたドレスに着替えて、ヴィンスの訪れを待つ。
やがて部屋のドアが叩かれ、サラがドアを開けると、いつもより少しきちんとした格好で髪を後ろになでつけたヴィンスがいた。隣にはハルトもいる。
「迎えに来たぜ。サラ。昼も思ったが、本当にきれいになったなあ」
サラは素直に称賛を受け止めると、にっこりと笑った。
「では、町長宅へ向かいますか」
第二から、第一へ。サラは一度も来たことがないが、第一層を取り囲んでいる他より少し低めの壁についている門をくぐると、そこは小さな貴族街だった。
「うわ、立派なお屋敷」
ハイドレンジアのライのお屋敷のほうがずっと大きいし、王都の貴族街のほうが立派ではある。でも、ローザは土地が狭くて一軒一軒のお屋敷が小さい分、建物だけでなく庭や塀、門等がとても凝った造りをしている。
「私の知ってるローザと全然違う」
どこを見ても小さい家や安っぽい建築はなく、ぽつぽつと歩いている人も、王都の貴族街にいるかと思うほど上品だった。
「ローザにいても、ここに住んでいたら、貧しい人がいるなんて信じられないかもしれない」
「そうだな。ローザほど格差のある町もないかもしれねえな」
ヴィンスが面倒くさそうに答える。
「さ、そこの一番立派な屋敷がそうだ。宿まで馬車で迎えに来るとか言うから、断るのが大変だったぜ」
ヴィンスの指し示した屋敷は、ひときわ豪華だった。門は門番がいて、庭には噴水がある。そして大きなドアを叩いて中に案内されると、一家総出で迎えてくれた。
ブラッドリーが家族のような顔をして一緒に待っているのがおかしかったが、テッドの顔を見てほっとするとは思いもしなかった。そして思い切り噴き出しそうになったのをこらえるために、変な声が出そうになる。
「テッドが、微笑んでる。目は死んでるけど」
思わず小さい声がこぼれ出ると、ヴィンスに肘でつつかれた。
「言ってやるな。本人も最高に不本意だと思うぜ」
テッドとお母さんらしき美しいご婦人に挟まれた渋いおじさまが町長なのだろう。まるで映画俳優のようなかっこよさだ。
「やあやあ、初めてお目にかかります。うら若き招かれ人よ。なんと美しいことか」
町長は大仰に両手を広げて歓迎の意を表した。
「町長のコンラッドと申します。息子のセオドアとは懇意だとうかがっておりますよ」
「サラと申します。王都ではお世話になりました」
懇意でも何でもないのだが、一応話を合わせておく大人対応なサラである。
「ハルトもよく来てくれた。ヴィンスも、うちに来るのは本当に久しぶりだね」
「このところギルドでしょっちゅう顔は合わせてるじゃないですか」
ハルトは既に何度も食事に来ているから気安いのだろうし、どうやらヴィンスともお互いによく知っている間柄のようである。
「さ、テッド」
「はい。サラ、こちらへ」
優しくて気弱そうなお母さんとも挨拶を交わすと、どうやら食事の場所へはテッドが案内してくれるようだ。
テッドは口元に微笑みを浮かべながら、久しぶりやらなにやら言う前に、こう釘を刺してくる。
「余計なことは言うなよ。それから婚約やなにかの話が出るかもしれないが、俺の意思じゃない。流してしまってくれ」
「まあ、余計なことも何も、特に言うことはないけどね? 縁談はどこから来てもすべて断ってるし、問題ないよ」
「それならいい」
そのぶっきらぼうな口調はテッドらしくて、サラはかえってほっとしたくらいだ。
緊張するかと思ったが、ライの屋敷で暮らしている間に、自然と貴族の食事に慣れていたようで、サラは食事そのものにも会話にも戸惑うことはなかった。もちろん、ブラッドリーやハルト、それにヴィンスがいてくれたことも大きい。
主に話しているのは町長とヴィンスだが、ヴィンスはサラが町の様子をわかるように話を誘導してくれたので、町の人に対するタイリクリクガメの対策がどうなっているかなども詳しく知ることができた。
「万が一結界が切れた場合でも、この第一層まで入ってこられる魔物はおりませんのでな。いざタイリクリクガメが来た時には、町人すべてを第一層に避難させようとテッドが言い出した時は驚きましたが、次期町長としての自覚が出て来たのかと思うとこれはこれで」
魔の山までの街道の整備を提案しただけでなく、そんなことまで考えていたことを知り、サラの中のテッドの株はだいぶ上がったのは確かだ。
その後も和やかに話は続き、ついにお開きの時間になった。
「私がサラを送っていきます」
テッドがサラを宿まで送ってくれるという。
ハルトもヴィンスもいるから大丈夫と言おうとしたが、なにか話したそうなテッドの表情を見て、素直に頷いた。
屋敷の門を出てすぐに、サラはテッドにお礼を言った。
「魔の山までの街道を整備するよう提案してくれたって。ありがとね」
「お前に礼を言われることじゃない」
このぶっきらぼうな感じこそテッドである。テッドはサラと並んでゆっくりと歩きながら、さっきの町長のように両手を広げた。
「見ろよ、ここを。まるで箱庭だろう。王都に出てクリス様に出会うまでは、ここが俺の世界のすべてだった。整えられた豪華な街並みに、狭い空、閉ざされた人間関係。いつも父さんの言うことに素直に頷いて従う、人形のような存在だったんだ、俺は」
テッドが自分のことを語るなど、とても珍しい。
「あの門の向こうにいる町民なんてゴミのようなものだ。二層、三層の奴らは、第一層の俺たちを豊かにするための道具に過ぎないと、そう聞かされて育ってきた」
ローザの町長と実際会ってみて、サラはそのことがよく理解できた。もしサラが、招かれ人ではなかったとしたら、たとえローザに一生住んでいたとしても、町長とは会うことはなかっただろう。
「それをそのまま信じ、王都に行ってもクリス様と薬草以外目に入れず、凝り固まった考えのまま大人になったのは俺自身だし、誰のせいでもない。そのせいでお前にも、アレンにもずいぶん迷惑をかけたが」
「それはもう終わったことだって、アレンなら言うと思うよ」
謝罪と言えるのかどうか、だが、迷惑をかけたということを素直に口にできるテッドのことはサラは嫌いではなかった。
「どうせ金は余ってる。父さんはローザを俺に任せたら、いずれ王都に行くつもりで、無駄に金をばらまいてるくらいだからな」
急にお金の話になって戸惑うサラだが、続く言葉を聞いて納得した。
「だから、街道を整えるくらいの金ならあるんだ」
「あー、ゴホンゴホン」
ちょっと離れて歩いていたヴィンスがわざとらしく咳ばらいをする。
「俺もここにいるんでね。あまり余計なことは言わないほうがいい。金があるのに出し渋っていた町長の話とか、聞かされたくねえわ」
「聞かなかったことにすればいいだろ」
テッドはぶっきらぼうに答えた。
「招かれ人だって、いつまでも魔の山にいるわけじゃない。いずれローザのハンターだけで管理人を回していかなければならないんだ。街道が整備されていないせいで、こないだみたいに騎士隊が怪我をして、ローザの責任を問われるのも癪だしな」
「おお、ちゃんと考えてるなあ」
「うっせ」
どんどん地が出てきたテッドである。
「テッドは、薬師の仕事はもう辞めちゃうの?」
次期町長としての話しかしないテッドは、テッドではない気がする。
「まさか。俺はローザにいてもクリス様の助けになるような仕事をするんだ」
急に口調が変わったので驚くが、ここにきてのクリス様推しである。
「今はハイドレンジアでしか生産できない竜の忌避薬。あれをローザでも作れるようにするのが俺の目標なんだ」
「すごいね。助かると思うよ」
サラは隣でうんうんと頷く。そんな話をしていたらあっという間に今日の宿に戻ってきていた。
「お前のことだから大丈夫だとは思うが」
テッドが喉になにかつかえたようにゴホンと咳をする。
「思うが?」
「思うが、その。無茶はするなよ」
よ、のあたりでもう後ろを向いて歩きだしていたが、確かにサラは聞いた。
「無茶をするな、だってさ」
テッドが言いそうもないことにサラはニヤニヤしてしまうが、ヴィンスもニヤニヤしている。
「いやあ、甘酸っぱいというか何というか」
「いや、まったく甘酸っぱい要素はないですよね」
サラはピシッと言ってやる。
「俺にもわからなかった。どこらへんが甘酸っぱいんだ?」
ハルトが空気を読まないことが嬉しい日が来るとは思わなかった。
「ハハハ。楽しいなあ、お前らがいると。ハハハ」
ヴィンスは朗らかに帰っていったが、サラも今日の招かれ人任務が終わって、心からほっとしたのだった。
『まず一歩』6巻4月25日発売です。
書影を活動報告に上げてありますので、ぜひどうぞ!