さあ、ローザへ
「ええと、あれ」
「うん。俺、ちょっと嬉しい」
対照的なヒルズ兄弟だったが、ノエルのことはかわいがっていただけに、アレンのために怒ってくれたのをとても嬉しく感じる。ノエルの一生懸命さにくすぐったそうな顔をしていたアレンだが、何か言いたそうにサラの方を見た。見たのに目が合わないという、ちょっと不思議な感じになっている。
「サラ、その。ありがとう」
「うん。頑張った」
サラは腕を組んで胸を張った。
「アレンはさ、自分だけが我慢すればなんとかなるって、思いすぎなんだよ」
「うん。そうだな」
アレンが素直に頷いた。
「お茶でも飲もうか」
それからアレンが気絶している間のことや、ネリーとクンツがどう助けたかなどを面白おかしく話して聞かせた。
「俺、途中から記憶が途切れ途切れでさ。ネリーが俺の手に手を重ねてくれて、剣がタイリクリクガメから外れた時ものすごくほっとしたこと、それから飛び降りた時、カメの甲羅が遠ざかっていく様子とかを断片的に覚えてるだけなんだ」
「その後のクンツの頑張りが見られなくて残念だったよね」
サラはアレンの記憶を埋めるように話していく。
動きがあったのは、二人が二杯目のお茶を飲み終わろうとしていた時である。
トントン、とドアに静かなノックの音がした。
「開けていい?」
「もう、サラに全部任せる」
アレンはあきらめたような顔で、椅子の背にもたれかかった。
「どうぞ」
サラの声に、ドアを開けたのはリアムだったので、サラはものすごくうんざりした顔をしてしまったと思う。
「失礼する」
それでも先ほどとは違い、丁寧な態度だったので、サラは、
「お入りください」
と招き入れた。もちろん、サラにもアレンにも触れられないようにバリアは張ってある。
リアムは、ゴホンと咳ばらいをすると、手を後ろで組んだ。
「誤解を解きに来た」
「そうですか」
サラは冷たく返した。
「さきほどアレン殿をとらえようと、騎士が来たと思うが」
「思うどころか、あなた自身が来ましたよね」
サラは容赦なく指摘してやった。リアムは何も言い返さず、またゴホンと咳払いした。
「その命令は取り消された。すべては報告のすれ違いによる誤解だったことが判明した」
サラは何も言わずその先を待った。リアムは後ろで組んだ手をほどくと、片足を後ろに引いてひざまずいた。
「アレン殿。指名依頼を受け、勇敢に戦ったにもかかわらず、誤解から拘束しようと騎士隊が動いたことを、心より謝罪する」
その謝罪にサラが無言だったのは、あまりに驚いたからだ。王様か宰相が一喝してくれて初めて、この事態が解決するものだとばかり思っていたので、騎士隊が、それもリアムが、こうしてきちんと謝るとはみじんも期待していなかったのだ。
アレンは静かに立ち上がると、リアムの前に同じようにひざまずいた。
「落ち着かないので、立ってもらってもいいですか?」
困ったようなアレンの言葉に、リアムは少しためらった後で立ち上がった。
「あの状況の中で、たった一人、冷静にタイリクリクガメに立ち向かったこと。誰もかすり傷さえ負わせられなかったのに、作戦通りに目を狙い剣を突き刺せたこと。そしてひるむことなくそのまま剣にしがみつきつづけ、タイリクリクガメから離れなかったこと。すべてが賞賛に値する」
リアムの言葉は、掛け値なしの心からのものだった。
だが、アレンは少し暗い顔をして首を横に振った。
「いや、俺のやったことは、称賛されるようなことじゃないです。それが命令だったとはいえ、俺よりベテランのハンターが失敗した時点で、そもそも手を出すべきではなかったんじゃないかと思ってます」
アレンの口から出た言葉は意外なもので、リアムも驚いたのか、かすかに目を見開いた。
「初めて受けた指名依頼に浮かれて、なんとか功績を上げたかった。けど、俺たちが参加していたのは、王都やローザを守るための作戦だということを、ちゃんとわかっているべきだったんだ」
それはアレンの個人的な反省点だった。
「暴走は予想できなかったし、そのことで責任を取らされるのは違うと思ってる。けど、ハンターとしてはまだまだ未熟だと思い知りました。結局迷惑をかけたし、ネリーとクンツ、それからサラとハルトに助けてもらわなければ、俺自身死んでいたかもしれないんです」
だがアレンは、現場の指揮官としてのリアムに、ちゃんと自分の気持ちを話しておきたかったのだろう。
「まだまだ力不足でした。精進します」
アレンは誰にともなく、小さくぺこりと頭を下げた。
サラは腕を組んで、思い切り胸を張った。なんなら鼻も高くなっていたかもしれない。
立場や欲に惑わされず、常にハンターとしての自分を向上させようと努力する人、それがアレンである。この場にいる誰より、いや、この場にいない誰と比べてもなんとすがすがしいことか。
リアムはアレンになにか言おうと口を開いて、うっかり後ろのサラが目に入ってしまったのだろう。変な顔をしてうつむき、ついにブハッと噴き出してしまった。
「なぜサラがそんなに自慢そうなんだ」
驚いたアレンが振り返り、嬉しそうに、そして照れくさそうに笑みを浮かべた。そしてそれをごまかすように早口になった。
「じゃあ、行くか」
「うん!」
準備はもうできている。
「行くか、とは?」
リアムが不思議そうだが、それに答えたのはアレンでもサラでもなく、少年の声だった。
「もちろん、ローザにです」
「ノエルか。お前がなぜ?」
ドアの向こうには、先ほどついていた寝ぐせなどなかったようにきちんと髪を整え、薬師のローブを羽織って移動の準備を済ませたノエルがいた。ノエルの後ろには、クリスが同じように薬師のローブを羽織って立っており、なぜかサラと同様に得意そうな顔をしたハルトも立っている。アレンと同じく、今すぐダンジョンに行けそうな服装だ。
「我らも共にローザに発つ。もっとも我らは馬車だがな」
クリスだけなら身体強化で行けるのだが、ノエルのことを考えて一緒に行くのだろう。
「兄さんも騎士隊長に対して、拘束の命令を取り消すよう粘っていたようですが、僕も頑張りました。主に父さんに圧力をかけただけですけど」
「俺は陛下にな」
ノエルとハルトが似た者同士に思えてくる。何も言わないが、きっとクリスも同じように働きかけてくれたのだろう。
「では、急ぎましょう。タイリクリクガメもネリーももうだいぶ先に行っていると思うから」
サラは宣言し、アレンと共に一歩踏み出した。
そしてドアを出る前に、リアムをまっすぐに見上げた。
「見直しました。かっこよかったです」
「くっ」
サラからそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。リアムは何を言われたのかわからないという顔をし、最後に赤くなった。そうして、
「武運を祈る」
それだけ言って立ち去ってしまった。
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