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行ってこい!

 サラはすかさずバリアを広げ、客室全部を覆った。


「ドア、窓、浴室。この客室全部にバリアをかけて固定したから、もう誰も入ってこられないよ、アレン」

「うん」


 サラの言っていることが真実だとわかっているアレンは、崩れるように座り込むとベッドに寄りかかった。それから我慢していたことを吐き出すように、大きなため息をつく。


「俺、ぐっすり寝てたんだよ。それが叩き起こされて今すぐ来いって言われてさ」


 ハハッと乾いた笑い声をあげると、アレンは曲げた足の間に頭を落とした。


「なんだよ。タイリクリクガメを暴走させたって。怪我をさせたら暴れるってわかってただろうよ」


 サラもアレンの隣に座って、ベッドに背中を預けた。そしてこう返事をする。


「うん」

「もともと無茶な作戦だってわかってたんだ。けど、ハンターとして初めての指名依頼はどうしても受けたかった。受けたからには全力を尽くすだろ。そうだろ」

「うん」


 サラはただただ頷き続けた。


「移動するタイリクリクガメの甲羅に乗ったことのある奴は俺だけだったし、俺の真似をして甲羅に乗ることはできても、その高さとスピードにおじけづく奴がほとんどだった。ましてや頭に乗って、全力で目に剣を刺すなんて無理なんだよ。たとえ麻痺薬で動かなかったとしてもさ」

「うん」

「俺はネリーの弟子だからさ。怖いとかそういうのなしで、どうしたらできるかを冷静に考えることができる。だけど、タイリクリクガメを初めて見て、その場で冷静になれるハンターなんていないんだ。俺はハイドレンジアのダンジョンからずっと見守ってきて、慣れていたからな」

「うん」


 サラは強く頷いた。


「で、結果はこれ。がっかりするよな」


 アレンは肩をすくめた。


「でも、サラ。俺は大丈夫だよ。しばらく牢に入れられたって、すべてが終われば真実はわかる。今の俺には、味方がたくさんいるからな」

「それでも」


 サラはアレンの膝にそっと手をのせた。


「私が嫌だったの。一瞬だって、アレンのことを犯罪者扱いされたくない」


 アレンは膝に乗せたサラの手に、自分の手を重ねた。


「俺は、サラがそれでつらい立場になるほうが嫌だよ。俺がちょっと我慢すれば済むことだ」

「そうやって、いつもアレンが我慢するのを尊重していたけど。今度は私は我慢なんてしないんだから」


 サラはきっと隣のアレンを見上げた。


 その時、ぐうっと音がして、アレンがお腹を押さえた。


「いいとこだったのに」

「何がいいとこだったの」


 残念そうなアレンにサラは思わず噴き出してしまった。


「昨日から何にも食べてないんだよ。それに俺」


 アレンは突然バッとサラから離れた。


「俺、風呂にも入ってない。サラ、ちょっと離れてくれ」

「いまさらだよ」


 サラはにやにやしながら、収納ポーチからギルドのお弁当箱を出した。中身はサラお手製のお弁当である。


 部屋にはテーブルも椅子もある。浴室も付いている。


 だけど、こうして床に座って、まずご飯を食べるのが正しいような気がしたのだ。


「全部後回しにして、まずはお腹を満たそう」

「うわっ、懐かしいな、それ」

「コカトリスの煮込みだよ」


 ドンドンと、部屋のドアが叩かれているが、気にしない。


「よく考えたら、これ三年前のものかも」

「収納ポーチが優秀だからって、それはどうなんだ? でも、いただきます」


 もりもりとサラのお弁当を食べるアレンの横で、サラはカップを出してヤブイチゴのジュースを作った。


「これが本当に最後のヤブイチゴのジュースだよ」

「やったぜ!」


 大喜びのアレンに、弁当の追加を出しながら、サラもお弁当を食べ始め、もぐもぐしながら気合を入れた。


「お風呂もトイレもあって、私の収納ポーチには、三か月分くらいの食料が入ってる。向こうからすみませんでしたって頭を下げてくるまでは、絶対に出て行かないんだから」

「本当はすぐにでもローザに向かいたいんだけどな」


 相変わらずするべきことを見失わないアレンである。


「そういえば、向かおうと思えば、このままバリアで一緒に移動できるね」

「じゃあ」


 行くか? と顔を輝かせているアレンに、サラは首を横に振った。


「少なくとも、一日は様子を見よう」


 朝から大変なことがあって怒り心頭だったサラだが、ようやっと落ち着いて考えられるようになっていた。


「昨日のうちにリアムたちも帰ってきていると思うんだよ。さすがに、アレンと一緒に戦った彼らが、アレンの足を引っ張ることはないと思いたいし」


 アレンを連れにきた騎士には、移動の疲れなどみじんも見えなかった。ということは、城に残った騎士隊が、責任逃れのためにアレンを拘束しようとしたと考えるのが妥当である。


「城にはクリスも、王様もいる。話がハルトから彼らの元にちゃんと届けば、誤解は解ける」


 サラは順番にアレンに説明していった。


「だったら、俺は捕まっても大丈夫だったんじゃないか?」

「だから、私が嫌だったの」


 サラのやっていることは、わがままで正しくないことかもしれない。だが、サラは今回だけは絶対に譲りたくなかったのだ。


「腹いっぱいになると眠くなるな」


 あくびをするアレンを、サラは浴室に押しやる。


「気持ちはわかるけど、寝る前に、さっき後回しにしたお風呂に入らないと」

「そういうとこ、ローザにいた時から変わってないよな」


 アレンはニヤニヤしながら浴室に消えていった。


「あー、さっぱりしたぜ」


 髪が半分濡れている状態で出てきたアレンは、眠いと言っていたのにいつもと変わらない格好に着替えている。基本アレンはいつでもダンジョンに行ける格好をしているし、それはつまりそのまま旅に出てもいい格好ということになる。


「髪を乾かしてあげる」

「いいのか? 久しぶりだな」


 ニコニコして椅子に座ったアレンの髪を魔法で乾かしながら、こうして過ごすのはローザ以来だなと懐かしくなる。でも、椅子に座っているのに、アレンの顔と、髪を乾かすサラの顔が近いのが納得いかない。


「ほんと背が伸びたよね」

「でも俺、中くらいだぜ? 比較してサラがあんまり伸びなかっただけで」

「そうなんだけどさ」


 日常の穏やかな会話を邪魔するように、部屋のドアからはいよいよドンドンという音が大きくなり、外から呼びかける声も聞こえるようになってきた。


「さて、髪も乾いたし」

「収納袋もちゃんと持ってるぜ」


 サラとアレンは目を合わせてにっこりと笑った。


「そろそろ、どうなっているか、確かめてみよう」


 椅子二つをドアが見える位置に置くとそこに二人並んで座った後で、サラは部屋をしっかりと覆っていたバリアを、しゅっと小さくした。


 途端にドアがバンと開いた。サラはため息をつく。


「こんなに不作法ってことは、収拾がつかなかったってことだよね。ご飯を食べてお風呂に入るって、けっこうな時間がたったんだけど」


 サラは城の対応の悪さにちょっとがっかりしたが、ドアを開けた人を見てもっとがっかりした。


「サラ、騎士隊の邪魔をしないでくれ」

「リアム」


 そして、少しでもリアムに期待した自分にもがっかりした。


「事情があるんだ」

「言い訳はけっこうです」


 サラはリアムの言葉をさえぎって口を開いた。


「ハイドレンジアの南方騎士隊は」


 アレンのことを言われるかと思ったのに、いきなり南方騎士隊の話を始めたサラにリアムの言い訳の言葉も止まった。


「きちんと王都の騎士隊にタイリクリクガメの護送を引き継いだはずです。では王都の騎士隊は」


 サラは静かに問いただした。


「ローザにどう護送を引き継ぐのですか。ネリーとブラッドリーは自主的に後を追っていますが、騎士隊は? なぜあなたは城にいるのですか」

「王都の騎士隊は一部隊がちゃんとタイリクリクガメについて行っているはずだ。私はこの作戦全体の責任者ではなく、王都手前での討伐責任者に過ぎないんだ」


 リアムはそのことが苛立たしいというかのように両手を体の横に振り下ろした。


「討伐できなかったからもう仕事は終わりですか」

「サラ!」


 なぜサラが怒られなければならないのだ。


「それなら私たちを城から出してください。お仕事が終わったあなたと違って、私たちはローザから依頼を受けているんです。誰に責任を押し付けるかというままごとに付き合っている暇はないの」

「ぐっ」


 サラの鋭い皮肉に、ついにリアムは詰まってしまった。


 サラだって、自分が人にこんな厳しいことが言えるとは思っていなかった。けれども、今回の事件はそんなサラを変えるくらい、心から嫌な出来事だったのだ。


「リアム。タイリクリクガメが暴れたのは、アレンのせいなの?」

「違う!」


 慌てて否定したのでサラはほっとしたが、リアムはこう続けた。


「いや、アレンのせいではない、とも言えない。タイリクリクガメに傷をつけることができたのはアレンだけだった。アレンが剣を突き刺した途端、暴れ始めたのは事実だ。うっ」


 サラの魔力が抑えきれずあふれ出す。


「サラ、落ち着いてくれ」


 リアムは魔力の圧に顔をしかめながらサラに懇願するが、怒りが抑えきれずあふれた魔力は止めようとしても止まらない。止まらなくてもいいとさえ思うサラは、追及の手を緩めなかった。


「誰の作戦で、誰の命令でアレンが攻撃したの?」

「き、騎士隊の作戦で、私が命令した」

「それなら、責任はだれにあるの?」

「そ、それは」


 リアムが何か言おうとしたが、怒りに支配されたサラの魔力はもっと膨れ上がりそうだ。だが、サラの腕をアレンがそっとつかむ。


「サラ」


 膝をついて苦しそうにしていたリアムが、唇をぐっと噛んで立ち上がった。


 だが言葉が出てくるまでに、少し時間がかかっている。それは内心の葛藤を表しているかのようだった。


「すまない」


 やがて出た謝罪の言葉に、サラは胸を撫でおろした。このままいつまで不毛なやり取りを続けるのかと思っていたからだ。


「タイリクリクガメが暴れたのは、騎士隊の作戦がそもそも甘かったからだ。そしてそれがわかってもなお、タイリクリクガメに対する攻撃の中止を言い出せなかった私に責任がある」

「小隊長!」


 内心の葛藤が吹っ切れたのか、はっきりと騎士隊と自分の責任だと言い切ったリアムに、後ろの騎士隊から制止の声がかかる。天下の騎士隊が誤りを認めてはいけないということなのだろう。


 それを片手で止め、リアムは苦い声でこう言った。


「だが、私が隊長にその説明をする前に、アレンの責任を問い、捕らえる命令が出てしまった。その命令が正式に覆されるまでは、私たち騎士は、その命令に従い実行しなければならない」


 確かにリアム自身は実行部隊であって、最高責任者ではないのかもしれない。だが、それでも頑張った人を一時でも犯罪者扱いにするのはどうなのか。


「必ず、必ず無罪を証明する。無罪どころか、今回の作戦唯一の功労者なんだ、本当は。それを必ず証明して解放するから、ここはひとまずおとなしくついてきてくれないか」

「無理ですね。おとなしくついてきてほしいどころか、疲れて眠っているアレンを部屋から引きずり出して連れて行こうとしたくせに」


 きっぱりと言い切るサラに、アレンが首を横に振ってみせた。


「大人の事情かもしれないけど、俺にはわかる。リアムが俺を無実だと思うからといって、勝手に逃がせば、それは命令違反になるんだ。処罰されるのは今度は騎士になるんだよ」


 アレンは事情を理解したのか、穏やかな顔でサラに説明する。


「俺が行くのが一番早い」


 頷いて立ち上がろうとするアレンの腕を、サラはぎゅっとつかんで止めた。一瞬緩んだ空気がまたピーンと張り詰める。


「座って、アレン」

「だけど」

「座って」


 アレンはしぶしぶまた椅子に腰を下ろした。逆にサラは立ち上がる。


「リアム。甘えるのもいい加減にして」


 サラの厳しい口調と言葉に、リアムは驚いたのか目を見開いた。


 リアムにしては、だいぶ頑張って譲歩したと言えるだろう。だが、それでも足りないとサラは思うのだ。


「一番頑張った人が、なんであなたたちを楽にするために拘束されなくちゃいけないの? おかしいでしょ。それが早いとか早くないとかいう問題じゃない」


 今度はサラは、怒りのままに魔力の圧が出ないように注意した。


「宰相でも、王様でも、もと騎士隊長でも、招かれ人でも、なんでもいい。自分たちができないなら、なんとかできる立場の人を利用してもいい。自分たちが楽をしようとしないで、どうにかして命令を撤回させなさい!」


 サラはリアムをひたとにらみつけた。


「上の人が間違ってるってわかってたら、正すのだって部下の仕事でしょ! 言い訳してないで、さっさと行ってこい!」


 年下の少女にそこまで言われたことにショックを受けたのか、プライドが傷ついたのかわからないが、リアムは真っ青になったかと思うと、じわじわと赤くなり、手をギュッと握ってわなわなと震えた。


 だが、そのまま何も言わずにくるりと向きを変えると、そこにいた騎士隊にさっと合図をして、スタスタと歩き去っていった。騎士隊は見張りの二人だけを残してリアムに付いていく。


「ふう」


 サラは崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。


「昨日より疲れたよ」

「サラ! アレン!」


 その瞬間慌ただしくドアから飛び込んできたのは、ノエルだった。なんとか着替えてきたようだが、先ほどのサラのように寝ぐせがついていて、起きたばかりで慌ててやってきたのが見て取れる。ほんの数日振りなのに、久しぶりに会うような気がした。


 思わずドアのそばにいた騎士を見ると、手を伸ばした格好のまま固まっていた。先ほどリアムを阻んだバリアが、ノエルを通したことに驚いたからに違いない。


「僕は見ていました! 麻痺薬が短時間しか効かず、慌てふためく騎士隊とハンターをよそに、アレンだけが、アレンだけが冷静にタイリクリクガメに張り付いたのです。甲羅に張り付いてから、動き出したカメの頭に飛び移り、その目に剣を突き刺したアレンは、間違いなく素晴らしいハンターです! 英雄です!」


 いつも冷静でちょっとすましたところのあるノエルが、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら叫んだ。


「タイリクリクガメが暴れ出した時だって、剣にしがみついて離れなかった。タイリクリクガメは足を速めてしまって追いつけなかったから直接は見ていないけれど、アレンは王都のそばまでずっとしがみついていたと聞きました。それを、それを罪人として捕まえるなど!」


 感情をあらわにして怒っているノエルなど初めて見て、サラはどうなだめていいかわからずおろおろしてしまう。


「僕も目撃者として証言してきます! まず父さんのところへ行く。それから、それから……」


 ノエルは袖で顔をごしごしとこすった。


「頑張った人が罪に問われるなんて、こんなことあったらダメなんだ! 行ってきます!」


 ノエルは入ってきた時と同じく、風のように走り去っていった。


『まず一歩』6巻4月25日発売です。

書影を活動報告に上げてありますので、ぜひどうぞ!

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― 新着の感想 ―
アレン、初めての指名依頼受けたかっただけなのかー。初めての指名依頼、嬉しいのは分かるけどさ、サラ達が問題指摘したような指名依頼なんだよね。 なんかもうちょっと考えて欲しかったかも。指名依頼なら何でも良…
[良い点] く〜〜〜〜〜ッ!!! サラ、カッコ良過ぎるでしょ!!! 普段は戦いとか嫌いだし、メンドクサ〜〜な感じなのに、大切な人を守る時には最強だね! 姐御!!! 惚れてまうわ〜〜〜〜!!! […
[一言] サラ、格好良いぜ。いざとなれば、北のお山に籠もれば良いさ。 アレンも人が良すぎるよ。やなやつが楽になる為に協力なんてしなくて良いさ。
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