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ハイタッチ

「何が、何があった!」


 ブラッドリーが先ほどと同じことを繰り返したが、その場にいる誰もわかるわけがない。


 だがネリーは静かにこう分析した。


「騎士隊の作戦を唯一実行できたのがアレンで、そして実行できてしまったばかりにタイリクリクガメが暴れ出した、そんなところだろう」

「そうだろうな」


 クリスも冷静にそれに答えている。


 サラは自分が何ができるのか必死に考えたが、力不足なのか何も思いつかず焦りばかりが先に立つ。


「クリス。後は任せた」

「ああ、わかっている」


 ネリーはクリスの肩をつかむと、そのままクンツのほうに目をやった。クリスはというと、自分の収納ポーチから次々と上級ポーションを出してクンツに手渡し始める。


「え? 俺に?」

「クンツ」


 手渡された上級ポーションを反射的に自分のポーチにしまいながら、クンツは話しかけてきたネリーの方に視線を移した。


「アレンを助けに行く。風魔法の使い手が必要だ。危険だが、付いてこられるか」

「行く。このくらいの距離なら身体強化ももつし、カメの魔力にも耐えられると思う」


 手の方は忙しくポーションを受けとりながらも、クンツは迷わずに頷いた。


「よし。サラ」


 サラの方を振り返ったネリーの目は優しかった。


「アレンのことは任せろ。サラはあいつを止めてくれ」

「わかった」


 サラはがくがくと頷くしかなかった。あいつとはタイリクリクガメのことだろう。サラが止められるわけはなかったが、ここに残って頑張れと言う意味に受けとめる。


「行くぞ」

「ああ」


 ネリーとクンツは物見台から飛び降りると、風のようにタイリクリクガメのほうに駆けだした。


「アレンだと! ネフェルタリは何をするつもりなんだ」


 取り乱しているブラッドリーの腕を、クリスはぐっとつかむと、タイリクリクガメの方に向けた。


「ブラッドリー。お前が悩むべきことはこっちだ。見ろ」


 見ろと言われて、ネリーではなくタイリクリクガメのほうに目を移したブラッドリーの顔は色を失った。


「馬鹿な。進路がずれている。予想より西! このままでは壁の西側を通り、王都を直撃してしまう!」


 サラも慌ててタイリクリクガメのほうを見るが、そもそも進路についてはぜんぜんわかっていなかったので、おろおろするしかない。


「今ある壁が何も役に立たなくなる。どうする、どうする」


 ブラッドリーがぶつぶつ悩んでいるのを聞いて、サラはハッとした。


 今ある壁が役に立たないのならば、新しく壁を作ればいい。


「ハルト!」

「合点だ!」

「いつの時代?」


 サラは笑いながらハルトと一緒に滑り台を滑り降りた。恐怖で体が凍るようなのに、お腹の底から熱い何かがこみ上げてくる。


「サラ! ハルト!」


 後ろからブラッドリーの引き留めようとする声がするが、もう止まれない。


「行ってきます!」

「俺たちに任せとけ!」


 目指すは三つの壁とタイリクリクガメの中間地点だ。


 ネリーとクンツより西寄りの方向に身体強化で移動しながら、サラはハルトに話しかけた。


「作戦は、タイリクリクガメの進路にどんどん壁を作ってぶつからせるでいい?」

「俺もそう思ってた。けど、走りながらはさすがにキツイ」


 確かにサラも自信がない。タイリクリクガメの正面に向かって走っているという恐怖感もある。


「静止して、どこに壁を作るか判断する拠点がいる」

「じゃあ、あそこ! 手前だけど、直進から少し西にずれたところに、物見台を立てる。最速で」


 ききっと音が鳴りそうなくらいの勢いで止まると、サラは迷わず滑り台一号と同じ大きさの型をバリアで作り出す。大きすぎて作るのに時間がかかっては困るからだ。


「いいよ!」

「よし、壁!」


 短い詠唱がこんな時に役に立つとは思いもしなかった。周りの人のことや完成度の高さなど気にせず作った物見台は少しいびつだが、十分に役に立ちそうだった。


 サラはハルトに続いて急いで階段を駆け上がる。


「近い! 怖い!」


 大きな声で叫ばなければ、恐怖ですくんでしまいそうなほど近くまでタイリクリクガメは来ていた。


「やるよ!」

「待て! サラ!」


 ハルトがサラを止める。


「どうして!」

「今壁にぶつかったら、アレンが危険だ!」


 サラの余裕のない目はタイリクリクガメの姿しかとらえていなかったが、ハルトはしっかりと頭を見ていたようだ。


「アレン……」


 剣の身が半分見えているということは、半分しか刺さっていないのだろう。その剣の柄に両手をかけて、剣を抱くようにぐっとしがみついているアレンが見えるところまでタイリクリクガメは迫っていた。


「気絶してる?」

「意識はなさそうだな。どうする、ネリー」


 タイリクリクガメの前を見ると、東側から大回りして近づいているネリーとクンツが見える。


「すげえ……」


 そしてトンと跳ねると、右の前足を経由して甲羅に乗ったのが見えた。すかさず身を低くしてバランスを取る。


「ハイドレンジアで、私もああして連れていかれたな……」


 ネリーにとっては二回目だからか、意外と安心して見ていられる。クンツが甲羅に身を伏せている一方で、ネリーはいきなりアレンの方に跳ねた。


 そして後ろからアレンを抱え込むようにして、剣をつかんでいるアレンの手に手を重ねる。


「あっ」


 ぐっと力を入れると、剣は抜け、苦しそうに振られた首の勢いで、アレンとネリーはぽーんと後方に放り出された。と思ったら、ネリーは甲羅で体勢を立て直し、そのままタイリクリクガメの右側に消えていった。


「よし!」


 声も出せないサラの代わりに、ハルトが声を上げてくれる。


 だが安心している場合ではない。暴れるタイリクリクガメのスピードが少し落ちたのはよかったが、まだ甲羅の上にはクンツがいる。クンツはといえば、ポーチから上級ポーションを次々と取り出すと、タイリクリクガメの右目めがけて、魔法でどんどん投げていく。


「思いもしなかった! 傷を治すんだ!」


 傷を治すことで、タイリクリクガメも元通りの行動に戻るかもしれないということを瞬時に思いつき実行に移したネリーとクリスには感嘆しかない。もちろん、実行しているクンツにもだ。


 向かい風の勢いでポーションの瓶はなかなか当たらないようだったが、ようやっといくつかが目に当たると、タイリクリクガメの苦しみも治まっていくようだった。


 それを見極めたかのように、すぐにクンツも甲羅の右側にぽーんぽーんと跳ねて消えた。


「よし、今だ!」

「うん」


 既に用意したような大きい壁は作らない。カメの甲羅がぶつかる程度の、二階建てくらいの壁をめざす。


「どんどん行くよ」

「ああ」


 サラはタイリクリクガメの左側がぶつかる位置を見定めた。


「バリア!」

「だっさ」

「早く!」

「壁!」


 カメの前に、二階くらいの大きさの壁が現れた。しかし、タイリクリクガメはその壁をよけようともせずぶつかっていく。壁はドウンという音を立てて崩れた。カメのスピードも進む方向も変わりないように見える。


「一個じゃ駄目! 魔力の続く限り作るしかない! バリア!」


 サラはもうその先にバリアで型を作り始めていた。


「合点承知だ! 壁!」


 どうん、どうんと壁にぶつかる音が連続で響く。サラたちはもう、作った壁の数も、効果が出ているのかさえもわからなくなっていた。ただひたすらにタイリクリクガメの後を目で追い、進路をずらすように壁を作っていく。


「次!」

「おう!」


 声の限りに叫ぶ二人のお腹に、暖かい手が回った。


「もういい。もういいんだ」

「でも!」

「まだだ!」


 止められても、やらなければならない。その考えで頭がいっぱいのサラとハルトがさっき作ったはずの壁は、もう壁の形を成していないただの土の塊にしか過ぎなかった。


 魔力には限りはなくても、体力には限りがある。


 サラとハルトのやったことは無駄だったのだろうか。


 回された手にしがみつくようにして、もう一方の手を前に伸ばす。


「バリア……」

「かべ……」

「もういい。大丈夫だ。タイリクリクガメの進路はそれた。ほら、ちゃんと壁にぶつかるぞ」


 クリスの落ち着いた声に、サラとハルトが、自分たちの作った三つの壁の方に目をやる。


「まず一つ」


 どうん、という重い響きと共に、あんなに丈夫に作った壁の上半分が崩落した。


「ああ……」

「そして二つ。いいぞ、忌避薬も効いているようだな」


 どうん、という響きは変わらないが、二つ目の壁は心なしか一つ目より崩れ方が小さいような気がする。


「さあ、三つ目だ」


 どうん、という音と共に、壁が揺れたが、今度は崩れなかった。


 ドスンドスンというタイリクリクガメの響きが、だんだんと遠ざかっていく。


 その代わりに、おお、という人の声が、王都方面からどよめきのように響いてきた。


「どうやら作戦は成功したようだな」


 クリスの声には安堵の響きが感じられた。


「あの位置から魔の山へ向きを変えたとしたら、王都をぎりぎりそれていく。ブラッドリーはタイリクリクガメが万が一王都に向きを変えた時のために、タイリクリクガメに付き添って走っていることだろう」


 あの冷静なブラッドリーが走っている。それだけが疲れた頭の中に染み通ってきて、サラはおかしくてやっと力が抜けた。


 クリスは二人を抱えたまま、そっとしゃがみこんだ。


「もう、いいんだね」

「ああ。お前たちが王都を救ったんだ」


 サラもハルトもしゃがみこんだままクリスに背を預け、顔を見合わせて手を上げ、打ち合わせた。ハイタッチだ。


「イエーイ」

「イエーイ」


 いつも疲れた体で、集団行動なんて望めなかったサラは、日本でだって友だちと一緒になにかを達成するなんてことなんかなかった。


 今サラはとても疲れているけれど、これは生まれ持っただるさではなく、友だちを、王都の人を救うために必死で戦った証だ。


「よかった。ほんとによかった」

「ああ。さすがに、もう休んでもいいよな」


 ハイドレンジアのほうを振り返れば、そこにはサラとハルトが作った壁の残骸が並び、そしてアレンを背負ったネリーとクンツが、埃まみれで歩いてくるのが見える。


 見上げれば空は青く、風は爽やかだ。


 こうしてハイドレンジアのサラの仕事は、ひとまず終わったのだった。


『まず一歩』6巻4月25日発売です。

書影を活動報告に上げてありますので、ぜひどうぞ!

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― 新着の感想 ―
分かってたことだけど、騎士隊もういらんくない?無能害悪集団すぎる 素朴な疑問だけど、気絶してて何で頭振り回す亀の頭に留まってられるのか気になる。剣に捕まってるだけの力も失われると思うんだけど、、
[気になる点] >こうしてハイドレンジアのサラの仕事は、ひとまず終わったのだった。 王都じゃないかな?
[気になる点] スロープ作って横に角度付けて曲げれば、自然に曲がっていくと思う サーキットのオーバルコースのカーブみたいに
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