できあがり
「おーい、サラ!」
クンツが基礎のところから走って戻ってきた。
「クンツ! こっちで仕事してたんだね」
「魔法が効かない相手じゃ、俺は何の役にも立たないからな。こっちでできることをしてるんだ」
自分にやれることを考えて、自分で動く。アレンもクンツも、しっかりとそれができているのだ。
「あ、クリスがね、クリスの方のお手伝いをしてくれって言ってたよ」
「え、なんだろ」
特に心当たりのないクンツは首を傾げながら、サラに手を振るとクリスのほうに向かっていった。
「クリスはノエルとクンツのこと、自分の補佐だって言ってたけど、とっさの言い訳じゃなくて、本気でそう思ってるのかもね」
クンツの背を見送りながら、サラはそう思うのだった。
「さて、お使いも終わったし、次は、基礎から壁を立ち上げる訓練だ」
そこからは、基礎から壁を作り上げる訓練に時間を費やした。
最初は一メートル四方に敷き詰められたブロックに、目の高さまでのブロックを作り上げる訓練だった。
「いきなりはちょっと」
さすがにためらうサラに、ハルトのアドバイスは雑なものだった。
「イメージだよ、イメージ」
「それはそうだけど」
「まず、俺がやってみるから」
ハルトは両手を胸の前に伸ばし、構えた。
「壁!」
途端に敷き詰められたブロックから、まるで地面がせり上がってくるみたいに土色の物が盛り上がり、気が付いたら目の高さには、壁というより分厚いブロックの塊ができていた。
サラは驚きのあまり本当にぽかんと口が開いてしまった。
「どうよ」
だがその驚きは、ハルトが右手で前髪をかきあげてそう言った瞬間に消え失せた。意地でも褒めたくない気持ちが湧き上がるのはなぜだろう。
「詠唱が雑」
「そこかよ!」
がっくりしたハルトを見てニヤリとしたサラだが、かっこいい詠唱を考える暇もないくらい一生懸命だったのだろうということはちゃんとわかっている。
「疲れてない?」
「緊張はするけど、疲れはない。俺たちって本当に魔力については無限に使えるんだなって思うよ」
サラはハンターではないけれど、今までに何度も限界まで魔力を使ったことがある。それだって、魔力には限界はなくて、集中力や気力、体力に先に限界が来るのが常だったから、ハルトの言うことはよくわかる。
「そうだね。気力や体力のほうに先に限界が来るよね」
「そうそう」
ハルトは、出会った時は空気の読めないわがままな少年という印象だったから、今こうして同じ招かれ人として友だちのように話していることが不思議な感じがする。だが、それはなんだか心地いいものだった。
ハルトは話をしながらも、作った壁に両手を当てて見ている。いったい何をしているのかと思うと、一言だけつぶやいた。
「解」
途端に壁はさらさらとその形を失くし、砂はどこかへ消えてしまった。
「なんということでしょう!」
「やめてくれよ、サラ」
思わず叫んだサラの声を聴いて、ハルトは笑い出すと腹を抱えてうずくまった。
その後、サラは大きく息を吐いてから、ゆっくりと吸い込み、ハルトと同じように両手を胸の前に掲げた。
バリアをイメージした時のように、基礎から立ち上がる壁をイメージする。目にはまだ、さっきのハルトの作った壁のイメージが焼き付いている。
「壁!」
「俺とおんなじじゃないか!」
ハルトの声を効果音にして、目の前に壁がふっと現れた。
サラは震える手で、目の前の壁を叩いてみた。
「少し、傾いてる感じ」
「だな」
作戦そのものは素晴らしいのだが、やはり実行するのが素人ではこの程度のものだ。
「型、かあ。大きくなったり小さくなったり変幻自在の型があったらいいのに」
変幻自在って、まるで自分のバリアみたいだよねと心の中でつぶやいたサラは、はっと目を見開いた。
「バリアだ」
「相変わらずクソダサイな」
「お互い様でしょ」
反射的に言い返したサラは、ハルトに真剣な目を向けた。
「バリアだよ。ダサいとかそう言うことじゃなくて、バリアで型を作って、それを埋めるように壁を作ったら?」
「やってみるしかないな。サラ、基礎のないところで、これと同じ形でバリアを作れるか」
「試してみる」
サラはハルトと少し離れたところに移動した。
「まずバリアで、台形を作ってみるね」
サラは自分を覆うバリアとは別に、何もない草原に、お椀をかぶせるような形でバリアを作った。土に接する面は開けてある。
「だいたい、ここら辺にあるんだけど」
「自分から離しても作れるのか。まさに変幻自在だな。でも、サラにはバリアの場所はわかるかもだけど、俺には見えなくて不安だなあ。半透明とかだとわかりやすいんだけどな」
ハルトが無茶なことを言ってくる。だが、確かにサラにとっては自分が作ったバリアだから形も位置もわかっているが、他の人には見えないのは確かだ。ではどうすればいいだろう。サラは頭の中で自分が思い描けそうなイメージを一生懸命探した。そして見つけた。
「半透明はどうしたらいいかわからないけど、バリアを、例えば向こうが透けて見える窓ガラスだと思えば、すりガラスにするのはイメージできるかも。おばあちゃんの家で見たことがある」
「すりガラスか。俺は逆に見たことないけど、イメージはわかる」
「やってみるね」
サラは、バリアにそのまますりガラスのイメージを当てはめてみた。
「うっわ。くっきり。もう少し、向こうが少し透けて見えるくらいに……」
煙が薄れていくようなイメージをバリアに送り込むと、バリアの向こうが透けて見えるくらいになっていく。
「どう?」
「いいね。じゃあ、俺がバリアいっぱいに土を押し込むイメージでやってみるな」
「じゃあ、反発を抑えて、単純な型になるように……。いいよ!」
「壁!」
ドン、という衝撃と共に、すりガラスの型の中は一瞬で土で埋まった。
「よし、バリアを外してみるよ!」
「ああ!」
サラがバリアを外すと、そこには先ほどの物と寸分変わらぬ壁ができ上っていた。
「サラ! できてる!」
「やった!」
思わずハイタッチして喜ぶ二人である。
「ねえ、一人一つの壁じゃなくて、私がバリアで型を作って、その中にハルトやブラッドリーが壁を作ればいいんじゃない」
「そのほうが効率的な気がするな。よし、ブラッドリーに提案に行こう」
「その必要はないよ」
意気込んだ二人だったが、すぐそばからブラッドリーの声がして飛び上がるところだった。隣には何とも言えない表情をしたネリーもいる。
「どうしたんだ? そっちはそっちで忙しいんじゃなかったのか?」
ブラッドリーはサラたちの方に来る予定ではなかったはずなので、ハルトが怪訝そうだ。そのブラッドリーは頭痛がするかのようにこめかみを押さえている。
「ハルトを抑えるだけで十分だと思っていたが。勝手に工夫を重ねていくのは日本人の特性なのか?」
「はあ? 何を言ってるんだ?」
ハルトが遠慮なく聞き返している。
「確かに私は向こうに用があったが、こんな突拍子もないことをやっていたら、目が離せるわけがないだろう。今のはいったいなんだ?」
「突拍子もないこと?」
ハルトは何のことだという顔をした。
「ああ、サラのバリアか。それをまさに今、報告に行こうと思っていたんだ」
「報告に来ようとしてくれてよかったよ」
なぜかため息をつくブラッドリーに、サラはハルトと一緒に今の実験の説明をすることになった。
「ああ、今思いつきましたけど、壁を作る予定の手前に、高い台みたいなのを作って、その上から壁を形作るとやりやすいかもです」
その台も土魔法の応用で作れるだろう。
「じゃあさ、サラ。それっさっさと作って来ようぜ」
「うん。行こう!」
「待て。ちょっと待て。本当に待ってくれ」
今度こそブラッドリーは頭を抱え込んだ。
「ちょっと早すぎて付いていけないし、できるからってすぐやっていいってことにはならないよね。まずマイナス面とか安全面とかをしっかりと考えないと」
サラとハルトは、壁の方に行こうと既に体の向きを変えていたので、それを聞いて慌ててブラッドリーの方に向き直った。
「本当ですね。ちゃんと考えないと」
サラはうんうんと頷いた。ハルトもさっそく腕を組んで考えている。
「安全性か。そうだ、台のほうは、作ってから階段を作ればいいんじゃないか?」
「え、私、高いところにはネリーに跳んで運んでもらおうと思ってた。そうか、人を頼っちゃだめだね。よし、階段を作ろう」
あらかた基礎作りは終わっていた、王都から一番遠い三つ目の壁の横に、サラはまず物見の台を作ることにした。イメージは二階に登れるくらいの大きな滑り台だ。階段があって安全に登れる手すりがある台など、滑り台しか思いつかない。
「これも大きい建物を作る練習だと思えばいいよね。ええと、まずバリアをこう」
ふわんとバリアを立ち上げ、滑り台のような形を作る。
「ええと、こっち側が階段」
「おお、わかりやすいぞ」
「滑り台のほうはなくそうかな」
「なくさないでくれ!」
ハルトの希望で、完全な滑り台型の台をイメージする。
「いいよー」
職人が手を休め、何が始まるのか固唾を呑んで見守る中、サラののんきな声が響いた。
「よし! 壁!」
ドン、と衝撃と共に、もう馴染みになった音が響いた。
サラはバリアの周りに人がいないことを確認して、バリアを外す。
「おお……」
どよどよと職人たちの感嘆の声が響く。
「じゃーん。滑り台一号、じゃなくて、物見の台です!」
「登ってみようぜ」
手すりまで再現した完璧な滑り台にハルトが駆け上がった。手すりの意味がないとサラは残念に思う。
「おお! たっけー! 遠くまでよく見えるぜ!」
職人さんの許可を得て、サラも手すりをつかんで物見の台に上っていく。
「わあ、本当に高い。ここからだと、三つの基礎全部が見えるね。それどころか」
サラは王都と反対側に体を向け、思わず背伸びをした。
「向こうがハイドレンジアだ。遠くまで見えるなあ」
滑り台をイメージしたとはいえ、物見の台は大人が五人ほど立っていられる広さがある。すぐにネリーもブラッドリーも、そしてクリスとクンツもいつの間にか上ってきていた。そうなるとさすがに狭いが、知り合いばかりなので楽しくもある。
「これはいい。だいぶ遠くまで見えるから、タイリクリクガメがやってくるのをいち早く見つけることができるな」
クリスもハイドレンジア方面を眺めて満足そうだ。
「さあ、それでは本体のほうをやってみるか」
「待て待て。本当に君たちは」
なぜかネリーが指示を飛ばそうとして、ブラッドリーに止められている。
「今から作業している人を退避させて、私は下で待機する。そこから壁の形の指示を出すから、サラの仕事はそこからだ。そしてその後がハルトの仕事。二人とも、魔力は大丈夫か」
確かにサラもハルトも、今日は既にかなりの魔力を使っている。サラは慎重に自分の体の中を探ってみたが、特に疲れてもいないし、魔力がなくなるような気配もない。ニジイロアゲハをまとめて捕まえた時のほうがずっと疲れたくらいだ。
「大丈夫です」
「問題ない」
それを確認して、ブラッドリーの声が響く。
「では、皆さん、この壁のところから距離をとってください!」
職人がぞろぞろと移動していくのを見ながら、サラはハルトと一緒にもう一度滑り台に上った。
人の移動が完了し、安全が確保されたところで、ブラッドリーの右手が上がった。何も言われていないが、バリア可の合図だろう。
「行くよ」
サラは、基礎の形をしっかり目に焼き付けて、まずそこから支えになる杭を打ち込んでいく。
剣山を逆さにしたものをイメージしたので、杭がたくさん刺さっている感じだ。建造物が大きいだけに、杭が固まっていく振動が地面からゴゴゴゴと伝わってくるのが少し怖い。
「次がバリア」
サラはふわんと大きいバリアを立ち上げ、基礎にかぶせるように、台形の壁を形作っていく。そのうえですりガラスのように半透明に色を付けた。
「おお……」
職人たちから上がったのはどよめきだった。そして距離をとっているように言われていた職人たちが、バリアに走り寄ってくると、ブラッドリーの指示を待たずに、あっちをこうしろとかこっちをこうしろとか、サラに合図してくる。
サラはそれを一つ一つ受け取って、丁寧にバリアを修正していった。
やがて満足したのか、どこからも指示が出なくなった。またブラッドリーが右手を上げ、基礎の近くにいた人たちもすべて移動したので、サラは隣のハルトを見る。
「行くぞ、サラ」
「任せて」
目を合わせて頷きあうと、正面に向いた。
「壁!」
どうん、と、先ほどまでとは比べ物にならない衝撃に、思わずサラはととっと二、三歩後ろに下がってしまう。階段から落ちてしまうかと思ったが、ぽふんと柔らかい物に受け止められた。
「大丈夫だ。私がいる」
「ネリー」
ふと隣を見ると、ハルトは手を前に出したまま、ガクリと片膝をついていた。
「きっついな。魔力がごそっと抜けたぜ」
そして手を膝に置くと、慎重に立ち上がる。
「そして充電完了。もう魔力は元通り」
額に汗が流れている他はいつものハルトだった。
「じゃあ、バリアを外してみるよ」
サラはすっとバリアを消し去る。
「おおお……」
今度は職人だけではなく、サラもハルトも含めてその場にいたすべての人から感嘆の声が上がった。
そこには舟をひっくり返したような形の、重厚な壁ができ上っていたのだ。
「すごいけど、これすら壊してしまうかもしれないんだな、タイリクリクガメは」
「うん。そのくらい存在感のある魔物だったよ」
斜めにずらして配置された三枚の壁がタイリクリクガメの行く手を阻み、少しずつ進路をずらしてくれる。そう祈るしかない。騎士隊がタイリクリクガメを倒していれば別だが、おそらく倒すことはできないだろうから。
「順当にいけば、明後日にはタイリクリクガメがやってくるはずだ。残りの壁も、できるだけ早く作ってしまおうぜ」
「うん」
サラは、物見の台の上から、ハイドレンジアの方角を眺めた。
そこにアレンがいる。
サラ自身が招かれ人だが、この場所には他に二人の招かれ人がいる。それはここがトリルガイアのどこよりも安全な場所だということでもある。
いつもサラのすることを尊重してくれたアレンのように、アレンの選択を尊重したいサラだが、今回ばかりは安全な自分のそばにいてほしかったと思う。
明日は騎士隊がタイリクリクガメと衝突する日だ。
無事でありますように。
サラは胸の前で祈るようにぎゅっと手を握り合わせた。
「さ、次に行こうか」
「ああ」
今は自分のできることを精一杯するしかないのだから。
『まず一歩』6巻4月25日発売です。
書影を活動報告に上げてありますので、ぜひどうぞ!