まず一人から始まる交流
「あ」
しまったという顔をしたサラを、少年があきれたように上から下まで眺めた。
「薄汚れてるけど、元はきれいな服。きれいな手。お前、訳アリのお坊ちゃまか」
お坊ちゃまとは失礼な。それほど年は離れていないはずだ。それでもサラは正直に話すことにした。
「お坊ちゃまじゃないよ。町から離れたところに、親戚のお姉ちゃんと一緒に二人きりで住んでたの。でもいつもはすぐに帰ってくるお姉ちゃんが、ローザの町に行ったままずっと帰ってこなくて」
「心配で探しに来たのか」
「うん」
人に話してみればそれだけのことだった。
「姉ちゃん、名前は」
「ネリー」
「ネリーか」
聞いたことないな、と少年は口の中でつぶやいた。
「ローザの町はさ、人の出入りは激しいけど、町にとどまるやつはもともと住んでいた奴と、ダンジョンで稼げる強い奴だけなんだ。だからネリーがよく町に来る人なら、たぶん誰かは知ってるはずだよ。俺は来たばかりだから詳しくないけど」
「ありがとう」
町に行く希望ができた。ネリーは強いから、きっとすぐにわかる。
「ほら、お金」
サラは結界から出ると、お金を受け取った。
「ねえ、君」
「アレン。俺はアレン」
「ねえ、アレン。お金がないからおなかがすいてたんじゃないの?」
「違う。いや、違わないけど」
アレンは頭をかいた。
「俺、一二歳になったばかりなんだ」
自分と同じだ。サラは何となくうれしくて背筋をピンと伸ばした。
「な、ほんとに苦しくないか」
「うん」
「じゃ、話をしていいか。座ろうぜ」
アレンは嬉しそうに座り込んだ。
サラも隣に座る。
「お前、名前は」
「サラ」
「サラって……。まあいい。俺さ」
そういうと、アレンは自分のことを話してくれた。
両親は早くに死んだが、母方の叔父さんが引き取ってくれたこと、叔父さんは魔力が多くて、結構強い魔法師だったこと、二人であちこちのダンジョンに行ったこと。
「これ、もうすぐ十二歳だからって、叔父さんが買ってくれたポーチなんだ。十二歳になったら、一緒にダンジョンに入ろうなって」
だから貧しい身なりなのに収納ポーチを持っているのかと納得した。
「でも、叔父さん、人が良すぎてさ。魔力が多いから、あんまり身を守る必要もなくて、でも頭はあんまりよくなくて」
そんなおじさんが大好きだったとアレンの顔に書いてある。
「人に騙されて借金を背負わされてさ。稼げるからって、ローザの町まで来たんだけど、ダンジョンで死んじゃって」
ハンターは魔物と戦う危険な仕事なのだと聞いた。
「最後に稼いだ金で借金はチャラだと言われたよ。けど、俺にはこのポーチと、ポーチの中のもの以外何も残らなかった。おじさんのものは、思い出以外何もさ」
じゃあ、どうやって暮らしているんだろう。
「それが二か月前。無一文で放り出されたけど、町のあちこちで雑用をもらってさ、町の外に泊まれば、雨は届かないし何とか食ってはいける。でも十二歳になったから、なるべく節約して、ギルドに登録したくてさ。だから金は少しはあるんだけど、節約して使わないようにしてて」
そういってアレンは屈託なく笑った。食費を削っていたのだろう。
「そしたら夜だって町にいられるし、ダンジョンにも入れるし」
「ダンジョン? 危ないんでしょ?」
「低層階なら、魔物も弱いから、食べるくらいなら稼げるんだ。俺、魔力が多いから身体強化使えるし」
「そうなんだ」
「お前」
アレンが憐れむようにサラを見た。
「ほんとに何も知らないんだな」
「うう」
本当に何も知らないのだ。お弁当一つでいろいろなことを知ることができてよかったと思う。
それに、本当に寂しかったのだ。人と話すことがこんなにほっとすることだとは思わなかった。
「魔力が多いと、何か圧があるらしくて、魔力の少ない奴とはあまり話せないんだよ。おじさんがいたときはよかったけど、雑用以外では割と避けられるからさ、俺、久しぶりにいっぱい話した」
もともとは陽気な子なのだろう。明かりを見て、人寂しくなってきたのに違いない。
「それにしても、ギルドの登録料十万ギル。十二歳が稼ぐにはつらすぎるよなあ。なかなかたまらない」
「十万ギル? そんなに?」
「もしかしてお前も登録したいのか? いや、そうだよな。身分証代わりに登録するよな、普通」
「うん。そのつもりだったけど、お金がない」
ないどころか、ゼロである。
「仕方ない。薬草を売るしかないよね」
持っている薬草で十分稼げる額ではある。しかし、やっぱりダンジョンで稼ぐのは無理だと思うので、ギルドで身分証を得たとしても、継続してお金を稼ぐには薬草しかないとサラは思うのだった。
「薬草? 難しいだろ。ここらではめったに取れないから、南のほうからわざわざ取り寄せてるって言ってたぜ」
「そうなの? でもそこらへんに生えてたよ?」
「え?」
「え?」
サラとアレンは顔を見合わせた。
「サラ、薬草詳しいの?」
「いちおう。薬草一覧に載ってるのくらいは」
「じゃあさ」
アレンが顔を輝かせた。
「俺、町の案内をするからさ。お金についても教えてやる。だから、薬草採れるように教えてくれよ。あと二万ギルで十万ギル貯まるんだ。そしたらギルドで登録できるから」
「いいよ」
「ほんとか!」
サラだって薬草一覧を見て覚えただけのことだ。人に教えてもどうということはない。
「お前、結界の中入れよ」
「うん」
「また明日な! 明かりは消せよ」
「うん。また明日」
ネリー。少なくとも、一人は友達ができたようです。
町のそばでも魔の山と同じ星が見えたような気がした。
「転生幼女はあきらめない」3巻1月15日発売。
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