二手に
「べ、別の作戦だと!」
騎士隊長が驚いているが、サラも驚いた。そんな話は何一つ聞いていないからだ。焦ってブラッドリーを見ると、ブラッドリーもサラを見ていた。任せてくれるねという穏やかな表情に、サラは静かに頷く。少なくとも、騎士隊の作戦に組み入れられるよりましだし、別の作戦とは何かを聞いてから考えようと思う。
「そもそも指名依頼が来るまでは、私とハルトはローザの町をどう守るかという作戦に加わっていた。王都の被害も見過ごせまいと思って指名依頼を受けたが、私はそもそもタイリクリクガメの討伐には反対の立場だ」
言ってくれた!
ついにはっきり言ってくれる人が現れたと、サラは心の中で狂喜乱舞した。
「は、反対……?」
騎士隊長の他にも、ハンターたちからもざわざわと疑問の声が上がった。
「いや待て、ここで討伐しなければ、ローザは確実に被害を受けるが、それでもか?」
さすがに黙って見ていられないと思ったのだろう。王様がブラッドリーを問いただした。
「それでもだ」
言い切るブラッドリーに、王様は理由を述べよと言うように両手を広げた。
「私たちの世界では、生き物はすべてバランスの上に成り立っていると考えられています。例えば、家畜に被害を出す草原オオカミを減らしたらどうなるか」
「被害がなくなって助かるだろう」
これは薬師ギルド長の言葉である。冷静な表情を見ると、ブラッドリーの話をわかっていて答えてくれている節がある。
「ツノジカやツノウサギが増え、草やもっと小さい生き物を食いつくす。草や生き物がいなくなり、結局ツノジカもツノウサギも死に絶えてしまう」
「そんなことは起きたことがない」
これはハンターギルド長である。
「この世界では、無理な討伐はしてこなかったからでしょう。だが、私たちの世界にはそんなことはいくらもあったのです。そうだね、サラ」
「はい。私の国でも、そのせいでいくつもの生物が絶滅してきました」
絶滅という言葉は衝撃が強かったのだろう。ざわざわと声がする。
「何百年に一度、わざわざダンジョンから出てきて、トリルガイアの南から北の端まで横断し、ダンジョンに帰る。このタイリクリクガメの行動は、この世界にとって、欠かせない営みの一つであるという可能性があると私は思っている。ローザのハンターギルドも同じ見解だ」
この考え方は、この世界ではなじみのないものかもしれない。だが、なんとか理解してほしいとサラは思う。
「したがって、ローザの方針は、ハイドレンジアと同じ。できるだけ被害が出ないように、タイリクリクガメを魔の山にさっさと送り込むことだ」
ローザが討伐を考えていないことに、サラはなんとなくほっとした。
「あなた方の主張は理解した。だが、今はタイリクリクガメの討伐の話だ」
せっかくのいい話だったのだが、リアムがばさりと切り捨てた。話がずれないように軌道修正したとも言えるので、優秀な人ではあるよねと、サラはリアムの真剣な顔を眺める。
「タイリクリクガメの移動に、そもそもどんな意味があるのかを話し合っている余裕は今はない。招かれ人がする作戦とは何かを、まず問いたい」
ブラッドリーは素直に頷き、地図のそばに歩み寄り、王都の直下を指した。
「作戦はローザと同じだ。ローザは三重の壁を作ることで、少しずつタイリクリクガメの進む方向をずらしている。だから我々も、王都にたどり着くその前に、壁を作ってタイリクリクガメの進む方向を少しだけずらす」
三重の壁は、内側から順番に出来たものだと思っていたが、そういう理由で三重だったとは知らなかったサラである。話をしてくれたアレンも、噂でしか知らなかったのだから、真実を知らなくても仕方がない。
「だがタイリクリクガメが来るまであと三日だぞ。確かに土魔法で壁を作ることはできるが、そんな短期間でタイリクリクガメを止められるほどの壁など作れるわけがない」
がたんと音を立てて立ち上がったのは騎士隊長である。
「いちおう、ローザで練習をしてきた」
ブラッドリーは平然としている。
「タイリクリクガメの討伐には反対だと、私は先ほど言った。だが、その作戦を止める権利は私たちにはない。だから、その作戦と並行して私たちの作戦を実行したい。陛下、許可をいただきたい」
サラには恐れ多い王様に気軽に許可を求めているのがすごい。もともと王都で暮らしていたのだから、サラとは違ってそもそもが顔見知りかむしろ親しい位の間柄なのだろう。
「ついでに土魔法の得意な職人を集めてくれると助かります」
「ブラッドリー、そなたは普段はおとなしいのに、いざことを起こすとなると無茶をする」
王様の答えを聞くと、やはり親しいのだなと感じる。
「あの、俺の父さん、土魔法の職人です。父さんを通じて、職人の組合に声をかければ早いと思います」
王様の会話に口を挟むのは失礼なことだし、そもそもクンツは発言しないという話だったので、サラはとがめられるかとドキドキしたが、王様は鷹揚に頷いた。
「うむ。私からの書状を持って、使者として丁寧にお願いしてくるといい」
「ということは」
「許可しよう。騎士隊の作戦を阻むものではないし、いいだろう」
ブラッドリーの顔がほっと緩んだ。無表情に見えていたのは、緊張していただけだったのだろう。だが、サラはすぐに気持ちを引き締めた。まだ許可が出ただけなのだ。あの大きなタイリクリクガメの方向を変えさせるような強固な壁は、まだ一ミリもできていないのだから。
リアムが地図の前でふうっと大きなため息をついた。
「いいでしょう。ではお互いに健闘を祈りましょう」
だが、その割り切りのいいリアムに、騎士隊長の怒りが向いた。
「馬鹿な! なにを素直に認めている! 王都の一大事に、戦力を二つに分散する意味がどこにあるというのだ。招かれ人はつべこべ言わずに、騎士隊に協力すべきだ!」
すでに王様が許可を出しているというのに、頭から火を噴かんばかりに怒っている。
そんな騎士隊長にリアムは肩をすくめた。
「既に王の許可は出ています。そして招かれ人は協力はしないと言いました。説得するより、今ある戦力で対策したほうが早いと思われます」
「勝手にしろ!」
騎士隊長はそのまま部屋を出てしまった。
一番上の責任者があれでは先が思いやられると思うのだが、リアムは慣れているのか淡々と話を進めた。
「万が一にも我らが失敗したら、ブラッドリー、その時はよろしく頼む」
「ああ」
「それでは二手に分かれよう。招かれ人以外はこちらへ」
それに対して、ネリーが手を上げた。
「すまない。私は今回の指名依頼は受けない。招かれ人の守りに回ることにする」
サラは目が飛び出そうなほど驚いた。指名依頼は受けると言っていたではないか。それが力のあるものの責任だからと。
リアムはものすごく困った顔をした。
「ネフェルタリ。ハイドレンジアからタイリクリクガメを見てきたあなたがいないと困るのだが」
「俺がハイドレンジアの代表として出るよ」
アレンが一歩前に出た。
サラはこれも驚いてしまった。サラの、タイリクリクガメを倒したくない理由をちゃんと聞いてくれていたはずなのに、討伐側に参加することに、少し裏切られたような気持ちもする。
「ネリーほどの力はないけど、タイリクリクガメの甲羅に乗って攻撃にも参加したし、忌避薬を投げつけたのも俺だ。少しは役に立てると思う」
「そうか。それは助かる」
リアムとしっかり目を合わせて自分の主張をするアレンを見て、サラは理解した。
自分でタイリクリクガメときちんと向き合い、サラの話もちゃんと聞いたうえで、トリルガイアのハンターとしてこの選択をしたのだ。そしたらこういうしかないではないか。
「アレン、頑張ってね」
「ああ、サラ。お互いにな」
笑顔のサラに、アレンも笑顔で答えた。
「ぼ、僕も討伐側に参加します」
ノエルが震える声で手を上げた。討伐が怖いのとは違う。クンツと同じく、発言は許可されていないのに意見を言ってしまったせいだろう。
「ノエル」
とがめるようなリアムに、ノエルは違うというように首を横に振った。
「僕は薬師の修行と、あわよくばサラの婚約者にという目的でハイドレンジアに行きました。それなりに日々楽しく過ごしているだけだったある日、ハイドレンジアのダンジョンが揺らぎ魔物が町中まで飛び出しました。その時、サラがワイバーンを倒し、ヘルハウンドをひれ伏せさせたのを見たんです」
なぜ自分の話が出てくるのだと、サラはいぶかしく思った。あと、ワイバーンを倒したとか、ヘルハウンドをひれ伏せさせたとか言うのをやめてほしい。誤解されるではないか。
「それまで普通の少女だと思っていたサラは確かに招かれ人で、そのすごさを初めて知りました。それと共に、意図せず今回のタイリクリクガメの事件の、最初の目撃者になったことに気づいたんです」
最初の目撃者。
それはいったいどういう意味か。
「僕は、頼み込んでダンジョンの中にも行きました。タイリクリクガメがダンジョンの外に出てくる瞬間も見ました。ハイドレンジアから護送されていくのもです。そして、この後ローザにも付いていくし、魔の山に行くのも見届けるんだ」
ぐっと手を握ってそう主張するノエルは、リアムをきっと睨むように見つめた。
「だから、兄さんがタイリクリクガメを討伐しようとするのも、招かれ人が壁を築いてタイリクリクガメを止めようとするのも、全部全部この目で見るんです」
サラは目撃とはそういう意味なのかと納得した。確かにハイドレンジアはハイドレンジアを、王都は王都を、ローザはローザを守れればそれでよくて、全部を通してタイリクリクガメを観察しようとしていたのはノエルだけなのかもしれない。
「そして、最初から最後まで目撃したものとして、きちんと資料に残す。それが僕の役割だと思うから。兄さん、僕を参加させてください」
ノエルはそこまで言うと、プルプルしながら兄の言葉を待った。
リアムは宰相のほうを見た。
「父上」
「仕方あるまい」
今度はクリスのほうを見た。
「クリス」
「必要な役割だろう」
今度こそリアムは大きなため息をついた。
「いいだろう。ノエル、慎重に自分の身を守れ」
「はい!」
これでノエルは討伐側に行くことになった。
「あー、それでは私は招かれ人側へ行く」
クリスはそのままネリーの隣に移動した。
「まさかクリス、ネフェルタリのそばにいたいがためか」
クリスのことをよくわかっている薬師ギルド長の一言であった。
「いつでもネフのそばにいたいのは確かだが、今回はそのためではない」
余計な一言にネリーの顔がうんざりしたものになっていて、こんな時なのに噴き出しそうなサラである。
「招かれ人は、壁を作る。ということは忌避薬は、タイリクリクガメに直接使うより、その壁に吹き付ける使い方が最も効果的だと推察した」
クリスはクリスできちんと自分の役割を考えた判断だったらしい。
「では薬師ギルドは、招かれ人側のクリスの手伝いと、騎士隊側のリアムの手伝い両方に薬師を派遣しよう。もちろん、ポーション類をしっかり持たせることにする」
こうしてきれいに二手に分かれ、タイリクリクガメの討伐は行われることになった。
『まず一歩』6巻4月25日発売です。
書影を活動報告に上げてありますので、ぜひどうぞ!