作戦本部
「さ、そろそろいいかな」
なんとなく火花の飛んでいるサラとリアムの間に入ったのはブラッドリーだ。
「タイリクリクガメが王都に来るまで、あと三日しかないんだろう。ご機嫌伺いをしている暇はないと思うが」
さりげなくリアムからかばってくれている。
「そうだった。それではこちらへ。疲れているところをすまないが、先に方針だけでも話しておきたいので」
結局サラは、指名依頼を受けないかもしれないと伝えられないまま、話し合いの場に移ることになった。
「ラサーラサ、先の渡り竜討伐以来だな」
「陛下。ご無沙汰しております」
サラだって王様の顔はさすがに忘れない。この挨拶が適切かどうかはまったくもってわからないが、まさか王様がいるとは思ってもみなかったのでどうしようもない。サラたちが連れてこられたのは、王都に来た時に、サラが渡り竜討伐はこのままでいいのかと問題提起したあの時と同じ部屋だった。
部屋をぐるりと見渡すと、薬師ギルド長のチェスターをはじめ、ハンターギルド長、騎士隊長、宰相と前回と変わらぬ面子だけでなく、いかにもベテランという感じのハンターたちも集まっている。
おそらく、指名依頼された王都のハンターたちで、ネリーの姿を見てざわめき、サラとアレンを見てひそひそとささやき合っている。つまり、まさにここがタイリクリクガメの討伐の本部であるということだ。
早速話が始まるかと思いきや、宰相が厳しい顔でサラの方を見ている。何かしたかなとサラが首を傾げる前に、隣のノエルがびくっとしたので、ノエルを見ているのだろう。
「ノエル。部外者は出ていきなさい」
「でも、僕は!」
「ノエル」
一五歳でも少女のサラと、一三歳の少年のノエルは、見た目だけだと同じような年頃に見えるので、サラにまぎれてノエルを気にした人はいなかったらしい。それでもさすが父親は気づいたということだろう。宰相に名指しされて初めてノエルに視線が集まった。
「え、俺も出て行ったほうがいいですかね」
同じくひっそりと付いてきていたクンツがきょろきょろしていて、こんな深刻な時だというのにサラは思わず笑い出しそうになってしまうが我慢する。
「宰相殿」
そこに割り込んだのは、意外なことにクリスだった。そしてゆったりとした動作で、ハイドレンジア一行の方を指し示した。
「ネフェルタリ、アレン、サラは指名依頼にて、私クリスはハイドレンジアの薬師ギルドの依頼でここにいるが、ハンターのクンツと薬師のノエルは私の補佐をしてもらっている。発言はさせないから、同席を許可してほしい」
補佐をしてもらっていると聞いてクンツもノエルも一瞬驚いた顔をしたのでサラはハラハラしたが、そう言うことはクリスも事前に言っておけばいいのにと思う。
よく考えてみると、ノエルもれっきとした、しかも最年少でなった薬師だから、身分がないわけではない。
「渡り竜討伐の功労者であるクリス殿がそう言われるのなら、私からはこれ以上なにも」
宰相がすぐに引いてくれたので、ほっとする。それにしても、何を思ってクリスがクンツとノエルを同席させようとしたのかは疑問が残った。
「さて、それでは全員そろったので、三日後に王都に迫るタイリクリクガメの討伐の作戦会議を開始する。それでは騎士隊からお願いする」
「はい」
サラたちのところにいたリアムは、壁に貼られていた地図の元にスタスタと歩み寄った。サラも初めて見る、トリルガイアの大きな詳細な地図で、赤いピンが差してあるのはタイリクリクガメの現在地だろう。こうやってタイリクリクガメの予想進路が書かれているのを見ると、確かにハイドレンジアから王都、王都からローザ、そして魔の山が、ほぼ一直線に並んでいるのがわかる。
「前回の記録では、ハイドレンジアの東のダンジョン、ここだな」
リアムがハイドレンジアの東を指し示してくれる。
「ここから出たために、王都の横を通って魔の山に進んだ。それゆえ王都には被害が出ず、ローザへの影響も軽微だった」
軽微だったということは、第三層の壁くらいは崩されたんだろうなと思うと、改めてタイリクリクガメの脅威が伝わってくる。そして、タイリクリクガメが出て行っただけのハイドレンジアと違って、被害が出るかもしれない王都とローザは本気度が違うのだということがやっと理解できた気がした。
「だが、タイリクリクガメは予想進路通り魔の山を目指して進んでいる。つまり、三日後には王都の東部分の一部が壊滅するということだ」
サラはその部分の町の人はどうなるのだろうと気になったが、リアムの次の言葉で納得する。
「東部分の住民の避難は進めているが、ただ手をこまねいていては王都が破壊され、復興にどれくらい時間がかかるかわからない。そこで、騎士隊で立てた作戦は」
リアムはそこで区切り、大きく息を吸った。
「タイリクリクガメの討伐だ。王都にもローザにもたどり着かなければ、そもそも被害はない」
正しい。圧倒的に正しいとサラは思う。
だが、その正しさは、あまりにも一方的すぎないかとサラは思うのだ。
ハンターたちが頷いているが、そこでクリスが声をあ上げた。
「君たちはハイドレンジアから送られた報告書は読んでいるのだろうな」
「もちろんだ」
リアムだけでなく、王様も宰相もハンターギルド長も皆頷いている。
「では、タイリクリクガメの大きさも、攻撃も魔法も効かないことも、そして招かれ人のサラのバリアも効かないことも知っていての発言だと思っていいな」
「ああ」
クリスはそこでいったん引くことにしたようだ。
「では続きを拝聴する」
リアムはクリスに中断された話を再開した。
「魔法も攻撃も通らないと言っても、それはハイドレンジアの戦闘力の低い限られた人数でのことだ。それに、魔法はともかく、攻撃については無効なのではなく、甲羅や表皮が硬いために剣が通らないという結論だったはずだ」
クリスが、首を横に振ったあと天を仰ぐしぐさをした。感情を表に出さないクリスにしてはとても珍しいことだ。
「渡り竜の季節は終わったが、今年はクリスの忌避薬を効率的に運用できたため、王都には渡り竜用の強い麻痺薬が大量に残っている。麻痺薬を使ったうえで、動けなくなったタイリクリクガメを、ハンターの総力戦で倒す。もちろん、招かれ人の力も借りるつもりだ」
指名依頼を受けているくらいのハンターたちだから、もちろん渡り竜の討伐にも参加している。渡り竜を動けなくさせる麻痺薬の効果は知っているから、それならなんとかなりそうだという明るい空気になった。
「リアム、一ついいか」
そこでネリーが発言の許可を求めた。どうぞという仕草に、ネリーが話し始める。
「私の身体強化の力をもっても、タイリクリクガメの一番柔らかいと思われる首の部分に剣を刺し通すことができなかったが、それも承知の上か」
「承知している。狙うのは目のつもりだ」
サラは具体的な討伐方法を聞いて居心地の悪さを感じる。だが、目を狙った攻撃なら、ハイドレンジアでも実験していた。
「ハイドレンジアで目に攻撃をした時は、硬い瞬膜が出て弾かれたはずだが、その報告も読んでいるか」
「もちろん、読んでいる。タイリクリクガメが麻痺している時なら、瞬膜もでるまい」
ネリーはあきれたように口をつぐんだ。そして、サラにもどうしても気になることがあった。
「リアム、私からもいいですか」
「サラ?」
リアムは意外そうな顔でサラの方を見たが、前回この場でサラがしっかり自己主張したのを思い出したのだろう。発言の許可はすぐに出た。
「サラは渡り竜の攻撃をも弾く招かれ人だからな。ぜひどうぞ」
サラはゆっくりと頭の中を整理しながら話し始めた。
「聞きたいことが三つあります。ひとつは、麻痺薬が効かなかったらどうするか」
「効かないことはないだろうと判断している。理由は、竜の忌避薬が効くからだ。その実験のアイデアを出したのはサラ、あなただと聞いているが」
確かに渡り竜にも効く忌避薬がタイリクリクガメに効いたということは、渡り竜に効く麻痺薬がタイリクリクガメにも効くという推論につながる。
ただ、サラの言い出したことだろうと言われると、まるで麻痺薬の考えもサラの出したものであるかのような気がしていやな気持ちになった。
「ではそれについては、忌避薬の効果時間が短かったこと、忌避薬をぶつけた時にタイリクリクガメが大暴れしたことを再確認してください」
「了解した」
とんとんと話が進んでいる。
「それでは二つ目。ネリーですら突き通せなかった表皮に、どう攻撃するつもりなのかです」
サラは、なぜ自分がこんなことまで気にしているのか自分でもよくわからなかった。ただ、ハイドレンジアでハンターギルドの実験に付き合った体験から、このまま実行させてはいけないという本能的な危機感を感じるのだ。
「攻撃するのは、表皮ではなく、柔らかい目だ。ハンターではないサラにはわからないかもしれないが、どの魔物も、魔物でない生物も、攻撃が目を通して脳に至れば死ぬものだ」
「では三つ目」
サラはいちいち反論せずに三つ目まで聞くことにした。
「仕留めきれなかったときはどうしますか」
「まずは作戦が決まり次第出発し、王都から南に一日のところでタイリクリクガメを待つ。仕留めきれなかった場合、暴れたとしても王都から一日離れていれば大丈夫のはずだ。また、タイリクリクガメはそのまま進路を北に取るだろう。その場合、王都の東地区は破壊される可能性もあるが、ここまで対策した上での被害はやむを得ない」
リアムは王様のほうを見ると、王様は頷いていたので、これは騎士隊の先走りではなく、国の総意ということになるのだろう。
サラはタイリクリクガメをずっと見てきて、作戦はうまくいかないような気が強くしている。
おそらく、麻痺薬は効いたとしても短時間であり、目に剣が通ったとしても深くまでは難しく、中途半端に攻撃を受けて怪我をしたタイリクリクガメは予想もしない進路を取る可能性がある。
ただ、同時に今ある情報を元にすれば、サラの考える危険性より、リアムの考える作戦の成功のほうがずっと可能性が高いのだ。
作戦の妥当性への疑問や、そもそもタイリクリクガメに手を出すべきではないのではないかという内心の葛藤をどう説明していいかわからないサラの抵抗はここまでだった。
「どうやら納得してもらえたようなので、攻撃は身体強化型のハンターを中心にやってもらうが、ハルト、君にも攻撃を頼みたい」
「うーん。俺か。確かにブラッドリーは魔法師だからな。俺のほうが適任か」
さきほどはタイリクリクガメを相手に腕がなると言っていたように思うが、今のハルトを見ていると、そんなに意欲的ではないようだ。
「でも、俺もどちらかというと魔法を工夫するほうが得意だ。魔物の数が多い時やそこら辺の魔物相手ならいいが、一対一の戦いでは身体強化型のハンターに力ではかなわない。ここは俺は前に出ずに、ハンターの皆に任せた方がいいと思う」
サラはぽかんと口を開けてしまった。指名依頼を受けたのなら、指揮をする人の言うことを聞かなくてはいけないのではないのか? ハルトのように断ってもいいのかとちょっと混乱する。
「だがハルトよ」
リアムとハルトの間に口を挟んだのは騎士隊の隊長である。サラはハッとした。
そういえばリアムは隊長ではなく、サラと初めて会った時は何かの小隊の隊長だったはずだ。二つ前の渡り竜討伐では指揮する立場になっていたし、今期の討伐では薬師ギルドの実験も含めた責任者ではあるが、もっと上の立場の人もいるのである。説明しているリアムに苛立ちを募らせていたが、そもそも作戦をリアムが考えたかどうかもわからないのだ。
「そもそも麻痺薬の特殊な使い方を我らに提供してくれたのもハルトだろう。既存の魔法や攻撃を工夫するのでも構わない。招かれ人が三人もいるのだ。なにかタイリクリクガメにも有効な攻撃手段はないだろうか」
サラはその言葉を聞いて、なぜサラたちが招かれたのかわかったような気がした。招かれ人として、尽きない魔力はハンターとしての大成を約束してくれる。だが、ハルトは純粋に魔法が使えるのが楽しいのだし、ブラッドリーは義務として淡々とハンターをしているに過ぎない。
それに比べて、二人がネリーと戦えば、おそらくネリーが勝つくらいにはこの世界の身体強化のハンターはたくましい。だから、作戦も指名依頼のハンターだけで基本的には行われようとしている。
それでも、バリアが役に立たないと報告されたサラを含めて指名依頼されたのは、招かれ人ならではの知識と柔軟な考え方がほしいからだ。
それは当然のことなのだけれども、いざとなれば招かれ人を頼ればいいというような甘えが見える騎士隊長はなんとなく気持ち悪い存在だった。そもそも、麻痺薬という言葉を聞いて、ハルトの顔が曇っている。ハルトにとっては、麻痺薬はまさか人に使われるとは思わず、安易に日本の知識を提供することへの後悔の象徴なのである。
「すまないが」
今まで発言していなかったブラッドリーが声を上げた。招かれ人三人の中では年上のまとめ役になる人である。サラも姿勢を正してその話に耳を傾けた。
「私たち三人は、別の作戦を行おうと思う」
『まず一歩』6巻4月25日発売です。
書影を活動報告に上げてありますので、ぜひどうぞ!