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懐かしい人たち人と、懐かしくない人

 使者が連れてきてくれたのは、サラも一度行ったことのある王城だった。


「うわー、面倒くさいことになりそう」


 思わずまた余計なことを言ってしまったサラ、城には思いがけない人たちがいた。


「サラ! アレン! 久しぶりだな!」

「ハルト!」


 魔の山で別れて以来だから、最後に会ったのは二年以上前になる。


 やんちゃそうな感じは変わらないが、少し背が伸びて、大人びたような印象だ。


 そしてその隣には、ブラッドリーが相変わらず物静かに立っている。


 ブラッドリーについては、ほとんどかかわりがなかったが、同じ招かれ人として親しい気持ちは持っているサラは、思わぬ再会に満面の笑顔になった。


「サラ。どうよ、俺」


 駆け寄ってきたハルトがふふんと胸を張るが、なにがどうなのかちょっとわからない。だが、そこは元日本人のサラである。


「わあ、すごく大人っぽくなったね! それに強そう」


 ハンターが喜びそうなことをとりあえず並べてみた。


「そうだろう? サラは、ええと、あんまり変わっていないけど、き、きれいになったな」


 赤くなってそっぽを向くハルトにサラは噴き出しそうになった。慣れない褒め言葉など使わなければいいのにと思う。だが、それでも褒めてくれたことは評価したい。


「それに、アレン。くっそ、なんでそんなに大きくなってるんだ? 俺より背が伸びるとかずるいぞ。俺だって平均くらいまでは伸びたのに」

「なんでって言われても、俺も別に大きくはない。普通だと思うけど」

「俺が日本人だからか。負けたのは俺のせいじゃなくて遺伝子のせいだ」


 嘆くハルトの気持ちはわかる。サラだって平均までは伸びたはずなのだが、トリルガイアの人は日本人より大きいため、小さめに見えるらしい。


「女神特典は身長も付けてくれるべきだったぜ」

「わかる!」


 サラも大きく頷いて、そして、すごく気持ちが楽になっていることに気づいた。


 タイリクリクガメの出現。

 サラのバリアも効かない魔物。

 体力的に厳しい護送。


 ここ数週間、ずっと緊張状態が続いていたところへの、指名依頼だったのだ。大切な仲間と一緒とはいえ、やりたいわけでもない仕事をこなしていることはサラをずいぶん消耗させていたらしい。


 王城について、これからまた重い話かと思ったら、身長なんてどうでもいいことでハルトとアレンと大騒ぎしている。まるで学校にいるみたいな気楽さで。


 それはサラを、責任のある招かれ人という存在から、ただの一五歳の少女という存在に戻してくれたのだと思う。


「ネフェルタリ。クリス。久しいね」

「ブラッドリーか。久しぶりだな」


 大人組のほうは、とても大人らしい会話を繰り広げているが、それでも親しげな様子だ。


「魔の山はどうだ」


 やはりネリーの気になるのはそこだろう。ブラッドリーは肩をすくめると、静かに答えた。


「ハルトが喜んで魔物を狩ってきてくれるのでね。私は読書三昧で、のんびりと暮らさせてもらっているよ」

「そうか。それならよかった」


 ネリーにとって魔の山は、長い間一人で過ごしたところだ。いろいろと思うところがあるのだろう。


「高山オオカミもいて、案外と愉快な場所だからな。景色もいい。ブラッドリーも、時々は遠出をすると魔の山を楽しめるぞ」

「私も引きこもっているばかりではないよ」


 クスッと微笑むブラッドリーだが、すっと真顔に戻ると、こう続けた。


「だが最近、少し様子がおかしくてな。この間も、高山オオカミが東の草原に出現するという騒ぎがあって、面倒だった」


 ハイドレンジアでヘルハウンドとワイバーンが出たように、魔の山でも高山オオカミがダンジョンの外に出ていたのだ。大変だったのではなく面倒だったというのがブラッドリーらしい。


「やはり、揺らぎがあったのか?」

「いや、揺らぎとは違うようだ。ハイドレンジアの話も聞いたが、魔の山の場合、出入り口の結界が弱くなっているらしいということがわかった。それが揺らぎと言えば揺らぎかもしれないな」


 お互いに世間話を絡めて情報交換をしている。


「そんなローザの非常事態にここにいるということは、君たちもか」


 クリスが肝心なことをちゃんと聞いてくれた。


「ああ、指名依頼だ。ローザからは、俺とハルトの二人だな」

「ハイドレンジアからはネフとアレンとサラの三人だ」


 よく考えたら、クリスは指名されているわけではないのだとサラはハッとする。


「そして私は、作戦上、竜の忌避薬が必要になるかもしれないということで、ハイドレンジアの薬師ギルドの依頼でここにきている」


 クリスの立場をちゃんとしたものにしてくれた薬師ギルド長のカレンに感謝である。


「なあ、サラたち、タイリクリクガメをずっと護送してきたんだろ。いったいどんなバケモンなんだよ」


 ハルトのワクワクがとまらないようだ。

 

「バケモンっていうか、大きなカメだよ。三階建ての大きな建物くらいの」

「うっはー。ローザのあの壁を壊すだけのことはあるなあ。早く見てみたい。腕がなるぜ!」


 サラは、ハルトが招かれ人にもかかわらず討伐に何の疑問も持っていないことに逆に驚いた。


「ハルト。渡り竜の討伐とは訳が違う。いいか、よく聞け」


 ネリーがハルトに言い聞かせている。そういえばハルトもブラッドリーも、渡り竜の討伐には参加したことがあるのだ。そもそも二人ともハンターだから、アレンのように指名依頼には抵抗がないのだろう。


「奴の体は硬くて、身体強化を使っても攻撃が通らない。魔法も効かない。そしてなにより」


 ネリーは強調するよう一文字ごとにゆっくり区切った。


「サラの、バリアも、効かないんだ」

「何でも跳ね返すあのダサいバリアがか!」

「ダサくないし」


 サラは思わず突っ込んでいた。スターダストとかダサい技名を付けていたハルトには言われたくない。


「効かないって、どんなふうなんだ?」

「魔法が吸われる感じがするの。それで、甲羅に接したところだけバリアが消える感じで、跳ね返せないし、守ることもできない」


 ハルトはぐっと腕を組んで、ブラッドリーのほうを見た。


「じゃあ、いざとなったら俺たち招かれ人三人でローザを守ることができなくなったってことだな」

「サラに直接聞くまでは計画は立てられないと思っていたが、本当に魔法もバリアも効かないんだな。さて、どうすべきか」


 なぜ王都ではなくローザを守るという話なのかとは思ったが、指名依頼がなくても、ハイドレンジアを守ろうとしたサラと同じで、自分事として考えていることだけはしっかりと伝わってくる。


「指名依頼とは違うけど、サラとアレンとネリーには、ローザに来て手伝ってほしいってギルド長から伝言をもらってる。非常事態だからって」


 王都の指名依頼を受けるかどうかもわからないのに、その後のローザのことを提案されてしまい、サラはちょっと戸惑った。だが、ローザのギルドや町の人たちの顔を思い浮かべたら、迷いはない。


「わかった。行くよ」


 即答したのはサラだけではない。ネリーもアレンもだ。


「当然、行くさ。ローザには世話になったからな」


 さらっとかっこいいことを言うアレンに、ハルトは感心したような声を上げ、その背中をバンバンと叩いた。


「にしてもアレン。背だけじゃなく、中身も大人になったんだなあ。俺は感心したぜ。ところでさ。さっきから気になってたんだけど、お前」


 ハルトがキラキラした目でノエルのほうを見た。キラキラしているのは、この場で自分より小さい子がいたからに違いない。


「どっかで見たことがあるんだよ。年下とはあまり交流はなかったはずだけど、王都にいた時の知り合いだったか?」

「あ、ハルトさん、僕は……」


 ハルトに憧れていたというノエルが、話しかけられて嬉しそうに自己紹介しようとしたその時、サラもよく知っている声が後ろから聞こえた。


「やあ、招かれ人が全員そろったね」

「リアムか。俺、待ちきれなくて迎えに出ちゃったよ」


 無邪気に返すハルトの声はよく知っている人に対するものだった。


「そうか、見覚えがあると思ったら、リアムによく似てるんだな」

「それはそうだろう。弟だからな」


 リアムはノエルがそこにいるのが当たり前といわんばかりに平然とした顔をしている。


「兄さん」

「わがままを言って付いてきたと聞いたぞ。いくら経験を積ませるためとはいえ、この非常事態にハイドレンジアに迷惑をかけることまでは父上も望んではいない。わきまえなさい」


 厳しい兄の声に、ノエルは悔しそうにうつむいた。


「許可を出したのはハイドレンジアの大人たちだろ。ノエルの希望が駄目なら断ればよかっただけだ。ポイっと子どもだけで放り出しておいて、責任も持たずに後からごちゃごちゃ言うなよ」


 珍しいことにアレンがノエルの代わりに言い返している。アレンは割と我関せずで、他人のことには口を出さないことが多いので、珍しいなとサラは思う。


 リアムはそんなアレンに体を向けた。


「弟はずいぶん、ハイドレンジアになじんでいるようだね。だが、ノエルは君たちとは違って、親も家もしっかりあるのだから、教育が行き届いてないなどと思われるようなことをすべきではないんだ」

「うわあ」


 いっそううつむいたノエルと違い、サラは思わず声を上げて天を仰いでしまった。ノエルを叱っていると見せて、サラやアレンを貶めていることに気が付いているのかいないのか。貴族意識が強いリアムは、そもそも気が付いていないんだろうなと思うサラは、こんな人と婚約しなくて本当によかったと思う。


「サラか」


 サラの声にリアムの顔に笑みが浮かんだ。


「久しぶりだね。美しくなった」


 アレンがサラのなん何とも言えない表情を見てぶはっと噴き出している。さすがにそれは失礼だろうとぷんぷんするサラだが、そもそもリアムの言い方がまず失礼だと思う。


 埃まみれのサラはどこからどう見ても美しいとは言えない。つまり、サラがきれいでもきれいでなくてもそういうことを言うだろうから、リアムのような人は苦手なのだ。本当はどう思っているかわからないからだ。


「お久しぶりです」


 そんな時は、聞きたくないことはさらりと無視して無難に答えるに限る。


「相変わらずそっけないね。ノエルは私と違って、婚約者殿に少しは心を開いてもらえたのかな」

「そもそも私には婚約者は必要ありませんから」


 寒々しい会話である。


4月25日、書籍6巻発売です!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字報告:タイトルは対象外? 懐かしい人たち(人)と、懐かしくない人
[一言] リアムって生理的嫌悪を煽るために生きてるのかって感じの存在感ですねぇ相変わらず…。 一つずつ取り出すとそれっぽいんだけど、しばらく喋ってると「常にいいこと」を喋ってるせいで異様に薄っぺらい……
[気になる点] ハルトに対して日本人らしいという体のおべっかを言った直後なのに、リアムから自分に対するおべっかには嫌悪感を持つのは、どこかサラっぽくないなと感じました。
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