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近すぎる

 そのまま音の聞こえるほうに進むと、森の上に灰色の山のようなものが出ているのが見えた。


「山が、動いてる」


 それは異様な光景だった。ドシン、バリバリという音と共に、森の木の上を山が移動している。


「ケーッ」

「うわっ」


 そうかと思うと森から巨大な鶏が何羽も飛び出してきて、サラたちの横を駆け抜けていった。バリアがあっても驚きまでは防げない。


「尻尾が、ヘビだった」

「あれがコカトリスだ。尻尾はサラがよく煮込みにしてくれただろう。時間があれば狩るのだが、惜しいな」


 ネリーはあくまで通常運転である。


「やはり真っすぐ揺らぎのところに向かっているな。よし、森から出るところに先回りして待とう」


 振動は地面を揺らすだけでなく、大気さえも震わせるようだった。


 急ぎ足で森の切れ目に向かうと、少し距離をとって待機する。森の出口を注視していると、隣から苦しそうな声が聞こえた。


「うう」

「クンツ。どうした」


 アレンが不思議そうに声をかけているが、苦しそうなのはクンツだけではなかった。ハンターのうち数人がやはり息苦しそうにしている。


「アレンは感じないのか。さすがだな」


 クンツは苦しそうな中でも苦笑した。


「圧だ」

「圧?」

「魔力の圧さ。ネリーとザッカリーも感じなかったかもしれないが、すごい魔力を感じる。正直、人からは感じたことのないレベルだよ」


 ほかのハンターもそうだと言わんばかりに頷いている。


 いうまでもなく、サラは魔力の圧など何も感じないので、ネリーはどうだろうかと見てみると、涼しい顔をして静かに立っている。アレンもだ。


「無理なようなら、少し後ろに下がるがいい。多少離れていても見えるはずだ」


 近くで何かをするわけではない。今日のところは観察だけだからとネリーが指示を出す。


 タイリクリクガメを相手にどのような実験をするかは、ハンターギルドでザッカリーとクリスが中心になって計画を立てているはずである。


 すぐに森のざわめきが大きくなった。


 ぬうん、と。まず出てきたのは長い首である。サラは衝撃で何かに心臓をキュッと掴まれたような気がした。


「へ、ヘビ」


 手足も甲羅もまだ森の中に隠れている状態では、木の隙間からいきなり太いヘビが出てきたようにしか思えない。しかも、少し離れているとはいえ、その首が出ているのは家の二階よりも高い場所だ。


 驚きが収まらないうちに、左足がドシンと姿を現し、右足がにょきりと姿を現す。やがて大きく盛り上がった甲羅が見えた。


「で、でかい」


 見守るハンターから思わず声が漏れたが、その声は驚きと畏怖に震えていた。確かにカメと言われればカメ以外の何物でもないのだが、家一軒分とはいえ、町の大きな建物よりなお大きいその姿は、あまりにも現実離れしていた。


「そのまま揺らぎのほうに向かうぞ。昼の間はああして休むこともなく、食事をとることもなく、よそ見をすることもなく一定のスピードで前に進んでいるんだ」

「ふわあ」


 大きな甲羅の下の首や手足は、少しはやわらかいはずなのだが、まるで岩そのものが動いているようで、攻撃するなど想像もできない。歩く天災だと、ネリーが言った意味がわかったような気がした。


 だがそのネリーは腕を組んだまま目をすがめてタイリクリクガメを観察している。まるで弱点を探しているかのようだ。


「硬い外皮に覆われているものは、たいていつなぎ目の柔らかいところが弱い」

「やっぱり」


 サラは思わずため息を漏らしてしまうが、どんな魔物でもどう倒すか考えるのが優秀なハンターなのだろう。


「だが、その柔らかいところに刃が通ったとしても、あまりに分厚く肉まで達するかどうかすら怪しいな、あの巨体では」


 タイリクリクガメにとっては、人間など羽虫のようなものだろう。


「ネリー。それなら目はどうだ」


 そう提案したアレンも腕を組んで真剣にカメを観察している。


「そうだな。目か口の中か。それなら魔法師のほうが役に立つかもしれないな」

「目、目はつぶせるかもしれないし、口の中も怪我をさせることはできるかもしれない。だが、あの大きな体に、魔法で致命傷を与えるのは難しいと思う」


 クンツが苦しそうな顔をしながらも、会話に参加した。


「魔法師の考えはそうなるか。おっと、私たちも移動しよう」


 タイリクリクガメは一歩一歩ゆっくりと歩いているように見えるが、なにしろ歩幅が大きいため、人が身体強化で走っているほどの速さがあり、話している間にも、サラたちの前をあっという間に通り過ぎようとしていた。


 カメと並走しながらサラは、こんなふうに王都まで護送するんだなと先のことを考え、日中走り続けるのはけっこう大変かもしれないと思うのだった。


 やがて遠くにダンジョンの壁が見えてくると、ネリーが走りながらつぶやいた。


「それにしても、もう少し近くで見てみたいと思わないか、サラ」

「え? 私?」


 サラは別に近くで見てみたいとは思わなかったが、ネリーは一人こくりと頷いた。


「そうだよな、サラも近づいてみたいよな」

「え、いや、そうでもないというか、うわっ」


 サラが慌てて断ろうとしたが、時すでに遅し。ネリーはサラの腰を左手でぐっと引き寄せた。ネリーよりかなり背の低いサラの足は思い切り宙に浮く。


「行くぞ」

「え、行きたくな、わーっ」


 ネリーはそのままタイリクリクガメの近くまで走った。近くに来ると本当にただの岩山か、古代遺跡にしか見えないなと思ったサラは現実逃避をしていたのだと思う。


「跳ぶぞ」


 もはやサラは何を言っても無駄だと理解したので、ネリーのなすがままである。


 ネリーはぐっと踏み込むと、大きくジャンプした。


 身体強化って、走るだけでなく、跳ねるほうにも使えるんだなと、宙を飛びながら思うサラの前にみるみるカメの甲羅が近づいてくる。


 と思ったら落下を始めた。


「よし!」


 よくないよねという言葉はもはや出ない。


 ネリーが着地したのはカメの前足で、着地したと思ったらすぐにまた跳ねたので、サラは上下に揺られてもう何が何だかわからなくなりそうだった。


「こんなものか」


 どんなものだよと言いたいサラは、跳ねたと思ったらやっと硬い地面におろされたので、ほっとして座り込んだ。


「ハハハ。遠くまで見えるぜ」


 場違いな弾んだ声はアレンのもので、サラが顔を上げると、アレンが手をかざして遠くを見ている。つられて遠くを見てしまったサラはめまいがしそうになった。


「こ、ここ」

「ああ。タイリクリクガメの甲羅の上だ」

「近すぎるよね? いくらなんでも」


 確かにネリーは近づきたいとは言っていたけれど、これでは近づいたのではなく、乗っているというほうが正しくはないか。


「サラ、うまいこと言うな」


 なぜアレンもここにいて、そしてそんなに楽しそうなのかとサラは言いたかったが、要するにネリーの後をそのまま付いてきたということなのだろう。アレンの身体能力は本当に高いのだなと思う。


「驚いてバリアなんて消えちゃってるんじゃないのか」


 からかうように言うアレンを、サラは情けなさそうににらんだ。


「最初に驚かせてバリアを消させた人がそれを言う?」

「ごめんごめん」


 頭をかくアレンは置いておいても、サラはバリアはしっかりと身にまとっていた。たとえ普段は薬師の仕事をしていても、バリアを張る訓練を欠かしたことはない。もうよほどのことがない限り、驚いてもバリアを外すことはないだろう。


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[一言] 読みづらくなってきてる
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