第一町人
結局中央門とやらは影も形も見えないうちに、夜が来てしまった。
サラはそこまで、いつキャンプを張るか悩みながら歩いていた。
「でも、明日のためにどんなところか見ておきたいし。どのくらいかかるか気になるし。はあ」
町には入れないものの、とにかくローザにたどり着いたサラは、だいぶ気持ちに余裕があった。
「ネリーの様子を知りたいけど、まず自分がちゃんと生きないと。少なくとも、町の外なら生きられるんだけどね」
食べ物も三か月分以上は持っているし、バリアはあるから、魔物には襲われない。
「いや、襲われるけど跳ね返してるだけだ」
野宿生活になるなら、結界箱もあることだし、この壁沿いにキャンプを張るのが安全かと思う。
「それにしても、結界は雨もはじくのに、壁の近くまで草がちゃんと生えてるのが不思議。うん?」
サラは思わず道から外れて、しゃがみこんだ。
東門のそばでも薬草を見つけたので思わず採ってしまったが、こうして眺めてみると、結構ある。
「薬草、薬草、上薬草、って、魔力草?」
魔力草は魔の山でもどこにでも生えているというわけではなく、貴重な草である。町の壁のそばはさすがに乾燥していたが、それが逆に岩場に近い環境なのかもしれなかった。
「そういえば町に来ることばかり考えていて、生活のこと考えてなかったなあ。野宿なら宿代もかからないし、選択肢の一つにいれておくかあ。そして薬草を採って暮らす。うん」
町に入る。薬師ギルドで、クリスという人を捜す。薬草を売って、ギルドで身分証を作る。ネリーを捜す。それでいこう。
「よし、今日はここで休もう」
結界の中で結界を張る良し悪しはやっぱりわからなかったが、寝ている間にバリアが切れたら怖いので、結界箱を使うことにする。いつもなら道の真ん中だが、さすがに誰かが通るかもしれないので、壁のそばの草があまり生えていないところにする。
いつもよりこぢんまりとした感じに結界箱を置き、明かりを灯してマットの上で膝を抱えた。
「さすがに疲れたなあ」
こうして落ち着くと、ネリーは大丈夫かという不安が頭をもたげてくる。実は、町に来るまでの間、
「遅くなった!」
と慌てて走ってくるネリーに行き会わないかと、ずっと期待していたのだ。でもそんなことはなかった。
「まず自分の世話から。つまりはちゃんとご飯を食べないと。でも、面倒だな」
疲れすぎて食欲がない。それでも、何かは食べないと。何があったかな。サラは抱え込んだ膝に顔を埋めた。このまま眠ってしまいたい。
「なあ」
「ひゃい?」
急に声をかけられて驚いたサラは、座ったまま飛び上がるところだった。
顔を上げると、真正面に人がいた。
サラは五日間お風呂に入っておらず、途中で転んだりしたので結構くたびれた感じになっている。でもその少年は、たぶん声からして少年だと思うのだが、もっと薄汚れていて性別不明である。
「お前、一人なら、明かりをつけるなよ。場所がばれて、危ないぞ」
「え、あ、ありがとう?」
少年は手を伸ばすと結界にふれた。
「結界箱か。いいもん持ってんな。これがあれば平気か」
そうつぶやくとその少年はなんとなくふらついた足で立ち去ろうとした。でも止まった。そしてまたこちらを見た。
「なあ」
「な、なに?」
「お前、今苦しくないか」
「別に」
この会話がサラの記憶の何かを刺激した。いつか同じことを聞かれた気がする。
「その、俺と話してて、押されるような気持ちがするとか」
「ないよ」
そうだ、懐かしい。最初ネリーと会った時に、同じことを聞かれた。この後、招かれ人かと聞かれたんだった。しかし少年はそうは言わなかった。
「そうか」
そう言うと、力が抜けたように座り込んだ。
「なんだか空気が気持ちいいと思ってさ、こっちに来たら、明かりがついてて。はは。普通に同じくらいの年の子と話したの、久しぶりだ」
普通の話といっても、「ありがとう」と「なに」と「ないよ」だけだが。
でも、サラも人と話したのは10日ぶりだ。
「いや、さっき門番の人と話したか」
「ぐー」
少年がおなかを押さえた。そして立ち上がって歩き去ろうとした。
「ねえ、おなかがすいてるの?」
サラは思わず声をかけた。
「別に、うっ」
ぐーとおなかが返事をした。
自分の面倒も見切れないのに、他の人を気にかけている場合かと、頭の中でネリーの厳しい声がした。
「一緒にご飯、食べる?」
少年がぐるりと振り向いた。信じられないという顔をしていた。
「お、お前だって事情があるんだろ。こんなとこで一人で」
「うん。でも、ごはんはあるよ」
おなかのすいている人を放ってはおけないの。頭の中でネリーに答えた。そうするとネリーはきっとこう言うだろう。わかっているならいい。好きなようにやりなさいと。
ご飯があるという言葉にフラフラと寄ってきた少年のために、サラはギルドのお弁当箱を出した。
「それ、ギルドの」
「そうらしいね。箱だけ再利用してるの」
中身は違うよということを強調して、結界の外にそっと弁当箱を出した。
サラは自分用に、スープのカップと何もはさんでいないパンを出す。これ以上のものはおなかに入りそうもなかったからだ。
手を出そうかと悩んでいる少年を見ながら、サラははっと気が付いた。
「フォークとかいる?」
「いや、持ってる」
少年はついに覚悟を決めたように弁当箱を取ると、座り込んで蓋を開けた。そしてごくりと唾を飲み込むと、急いでポーチからフォークを取り出した。
おなかがすいてボロボロでも、収納ポーチはあるんだ。
サラもそう思っていたが、少年もサラを見てそう思っていた。
湯気の上がるお弁当に眉を上げる気配がしたが、最初はゆっくりと、やがてがつがつと食べ始めると、お弁当の中身はあっという間にからになった。
サラは驚きながらそれを見ていた。本当におなかがすいていたんだ。
「うまかった。こんなうまいもの初めて食べた」
サラが作ったスープに、サラが焼いたコカトリスのしっぽの肉だ。ネリー以外のこの世界の人においしいと言われて、サラはうれしくなった。
「お茶も飲む?」
「いいの?」
少し素直になった少年がカップを出してきたので、魔法で水を出して温め、茶葉を入れてあげる。それを少年が食い入るように見ている。
「お砂糖は?」
「砂糖。入れる」
ネリーと同じ、スプーン一杯の砂糖だ。サラは目がさえてしまうので、夜はお茶は飲まない。
「はい」
「ありがとう」
明かりをつけないほうがいいと言われたが、暗い中ご飯を食べるのが嫌で、明かりはつけっぱなしだ。
しばらくしてお茶を飲み終わると、少年はポーチをごそごそすると何かを取り出し、手のひらにのせてサラに差し出した。
丸くて、穴の開いた大きめの金属が一つ、小さい金属が五つ。サラは首を傾げた。
「それ、なに?」
「何って、お金。ギルドの弁当なら容器を返せば一五〇〇ギルだろ。絶対ギルドのよりおいしそうだったけどな」
そういえばネリーが言っていた。ギルドのお弁当は三〇〇〇ギル。容器を返せば一五〇〇ギルって。サラは硬貨をしげしげと眺めた。
「これがお金なんだ」
「お前」
少年のあきれたような声に、サラはちょっと失敗したなと冷や汗をかいた。