新たな問題
「アレン、そろそろ俺たちはダンジョン方面まで戻ろう。ハンターギルドからなにか指示が出ているかもしれないしね」
「わかった。じゃあ、サラ。気を付けて」
「うん。いってらっしゃい」
おそらくここにいる誰より防御力が高いのがサラなのだが、それでも気を付けてと真剣に言ってくれるアレンにいつも心が温かくなる。
「ちょっと待って。サラ」
声をかけてきたのは、いつの間にか外に出てきていた薬師ギルド長のカレンだった。
「まだ危ないですよ」
心配するサラの前でふんと荒い鼻息で腕を組んだカレンからは、ヘルハウンドも逃げ出しそうな雰囲気で、サラはちょっと笑い出しそうになる。
「その子たちと一緒に行っていいわよ。こんな非常事態では、サラの力は薬師ギルドよりハンターギルドの方でより求められるでしょうから」
少し前までのサラなら、自分が薬師ギルドで求められていないのかとショックを受けていたかもしれない。だが、今のサラは、カレンが事実しか口にしていないとわかる。
薬師としてもいてほしいが、サラの力を客観的に見たら、今はハンターギルドにいたほうがより、ハイドレンジアのためになるということだ。
「わかりました。あの」
「もちろん、状況によっては明日以降も好きにしていいわ。それから」
カレンは腕組みをほどいて小さく微笑んだ。
「シロツキヨタケの実習は、時間がある時に必ずやってあげるから」
「はい! ありがとうございます」
サラが悔しいと思っていることをちゃんと理解してくれているのが嬉しい。サラは何事かと見守っているアレンとクンツの元に走り、並んでダンジョンのほうに向かった。
急ぎ足でたどり着いたダンジョンの入口から少し離れたところに、ハンターが集まっているのが見えた。クンツがためらわずそっちに向かいながら声をかけている。
「おーい、なんで集まっているんだ?」
「クンツか。それにアレンに、サラも」
振り返ったハンターたちにほっとした空気が広がった。
「見てみろ」
だが、場所を譲ってもらって見た草原のその場所には、何もないように見える。クンツは不思議そうにそのハンターに聞き返した。
「なにもないが」
「なにもないんだが、よく見ると空気が揺らいでいる。というか魔物がそこから湧きだしているんだ。気を付けろよ」
「ダンジョンの中と同じことが起こってるのか」
クンツのつぶやきに、その場のハンターたちは頷いてみせた。
「にしても、ザッカリーとネリーは遅いな。あいつらギルド長なのにすぐにダンジョンに行っちまうからな」
「王都に行ったっきりの元ギルド長よりはましだろうよ。少なくとも戻ってくるんだから」
ネリーの仕事についてはサラがどうにかできることではないが、ちょっと申し訳ない気持ちになる。サラに出来ることと言えば、バリアを広げて揺らぎがどうなっているのか確認してみることだが、それも指示を出す人がいないと勝手なことはできない。
揺らぎから時折湧き出るように姿を現すヘルハウンドや他の魔物を倒しながら、ハンターたちはどうしたものかと戸惑うばかりだった。
だがその時、すごい勢いでこちらに向かってくる人が見えた。身体強化を使っている。
「総ギルド長!」
目のいい人が気づいて大声を上げると、その場にほっとした空気が漂った。魔物を倒すのはかまわないが、この状況をどうするか決めてくれる人が来てくれたという安心感である。
「どういう状況だ」
「ここから魔物が湧いてるんでさ」
すぐにたどり着いた総ギルド長に答えたのは、サラも知っているダンジョンの入口の見張り番の人だった。
「俺は見張りをしていて、たまたま魔物が飛びだした瞬間を見たんだ。最初がワイバーンでその後にヘルハウンドの群れ。最初に飛び出したヘルハウンドは近くにいたダンジョン帰りのハンターが、ワイバーンはサラが倒したというから、狩り残しはないはずだ」
突然魔物が湧くという事態でも冷静に観察し対応できるからこそ、ダンジョンの入口の見張り番をしているんだなと納得させる説明である。
「サラ? ああ、なるほど」
サラはそっと手を上げて自分の存在を知らせると、総ギルド長のセディはまるで姪っ子でも見るように表情をやわらげ、かすかに頷いてくれた。
「ギルド長と副ギルド長は」
「ダンジョン深層部にいるはずです」
「連絡は」
「比較的足の速い奴を行かせてます」
素早い状況把握と、的確に判断を下す態度から、これで膠着状態から抜け出せるという空気があたりに流れた時だった。
ダンジョンから若いハンターが飛び出してきたかと思うと、人だかりに気が付いてこっちを見た。
「あ! 総ギルド長!」
「連絡に行かせた奴じゃねえな」
説明していたハンターがつぶやく。ではいったいなにがあったのか。
「ザッカリーから伝言です! 深層階に! 巨大なカメ出現!」
巨大なカメと言われて、サラは動物園で見た大きなリクガメを思い出した。大きいものは一メートル以上あって、子どもが乗れそうなくらいだった気がする。小松菜をもしゃもしゃと食べていてほっこりした記憶がある。しかしハンターたちの反応は違った。
「まさか!」
心当たりがあるのか、緊張が走るなか、報告は続く。
「大きさは家一軒分! おそらくタイリクリクガメだろうと!」
家一軒分。大きさの想像もつかず、ぽかんとするサラとは違い、ハンターたちには絶望したような空気が漂った。
「馬鹿な。確かにタイリクリクガメは南部のダンジョンから発生するが、今までハイドレンジアから出てきたことはなかったはずだ」
容易には信じられないというようなセディの言葉は、サラの記憶を刺激した。
「ローザの、城壁の?」
ローザの城壁は、タイリクリクガメから町を守るために築かれたと言っていたような気がする。
「ああ、サラとアレンはローザからやってきたんだったな」
サラのつぶやきを拾ってセディが答えてくれ、同時にはっと何かに気づいた顔をした。
「そうだ。ということは、もし本当にタイリクリクガメなら、ダンジョンから出て、北の魔の山に向かうはずだ」
魔の山。高山オオカミたち。サラの頭の中に懐かしい姿が浮かぶ。
しかし、魔の山の手前にはローザがある。副ギルド長のヴィンスや、ギルドの皆や町の人は大丈夫だろうか。
「まずい。前回はもっと東寄りのダンジョンから出たはず。王都はちょうどハイドレンジアの真北だぞ」
大切な知り合いのいるローザもだが、どうやらそれ以前に王都も問題らしい。
「まずは伝令が必要だな。足の速い奴!」
「はい!」
「俺たちです!」
アレンとクンツがセディの問いかけにすぐに応じた。
「地上の魔物は無事抑えたと。それから観察は他のハンターに任せて、ギルド長と副ギルド長はすぐにギルドに戻れと伝えてくれ。考えなくてはいけないことが山積みだ」
サラに行くよと合図すると、二人はすぐにダンジョンに走っていく。その後ろ姿も見る間もなく、セディは残ったハンターに尋ねた。
「ワイバーンが出たと言ったな?」
「ああ。深層階の魔物はワイバーンとヘルハウンド。その他にも魔物が顔を出したが、駆け出しハンターでも倒せる奴ばかりだし、現に倒した」
セディは頷いて、ハンターたちを見渡した。
「ではワイバーンとヘルハウンドを倒せるものは交代でここを見張る。何人いる?」
サラは手を上げるべきか迷ったが、サラの場合倒せるというより無力化できるというだけなので、ここはおとなしくしておく。
その後もてきぱきと指示を出すセディに、総ギルド長ってこういうお仕事なんだなあと感心する。
「そしてサラ」
「は、はい」
最後にサラが呼ばれた。
「ワイバーンを倒してくれたんだな」
「いえ、私が倒したのではなく、勝手にバリアにぶつかっただけです」
「それでも助かった。ダンジョンの外の広い世界に出てきたワイバーンは手に負えないからな。サラがいて幸運だった」
「い、いえ」
死んだワイバーンの顔が怖いという感想しか持っていなかったサラは褒められてどぎまぎしてしまう。
「サラの特性を生かして手伝いを頼むこともあると思う。だが、今日はもう休んでいてくれ。ひとまず最初の大きな湧きはおさまったようだ。一度屋敷に帰って、ライに事情を話しておいてくれないか。あとから報告に行くから」
「はい。わかりました」
なんでもかんでもサラを利用しようとはしない、そこがハイドレンジアのハンターギルドのいいところなのだ。
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