絶対防御
ワイバーンまでダンジョンから出て来たのかともう一度目を閉じたくなったが、さすがにそんな場合ではない。うろうろしているヘルハウンドは、高山オオカミに比べればなんと貧相なことか。
「さて、とりあえず捕まえますかね」
サラは自分にまとっているバリアを確認すると、その周りにもう一つバリアを作った。
「人は弾いて、オオカミは入れる仕様で」
特殊な条件だが、なんとかなるだろう。
「見えない檻に、入ってもらいますからね。さて、まずは一頭から」
一番近くにいたヘルハウンドを、ひょいとバリアの中に入れてみた。入れたらヘルハウンドが出られないようにすかさずバリアを変化させる。
「ガウ!」
そのヘルハウンドは、前に進もうとするとバリアに弾かれて驚いている。
サラはふんと鼻息を吐いた。
「変幻自在。絶対防御から進化した私のバリアをご照覧あれ」
もっとも、言った後で恥ずかしくなって周りを見渡した。誰かに聞かれていたらとても困る。
それから、声を大きくして、町の人に呼び掛けた。
「皆さん! 建物の中に入ってください!」
ヘルハウンドが建物に体当たりしたとしても、時間は稼げるだろう。
そこからは、あっという間だった。
目に入る範囲のヘルハウンドを、まるで投網を投げるかのようにバリアで確保する。
それから、バリアを少しずつ小さくし、自分の身の周りに集めていく。サラの周りのバリアは、体からかなり離して作ってある。
「ガウ!」
「ガウ!」
もちろん、サラを敵認定したヘルハウンドが襲ってきてもひるまないでいられるようにだ。
ある程度ヘルハウンドがまとまったら、暴れないようにバリアを段々と低くしていく。
サラが外に出てから数分後、ハイドレンジアの町の通りには、伏せをしたヘルハウンドを従えているかのように見えるサラが一人、悠然と立っていることとなった。
「うう、ハンターの皆さん、早くやってきてくれないかな」
現実はこれである。
サラは想像力はあるほうだと思う。しぶしぶとだがニジイロアゲハを大量に倒した時と同じように、バリアの力でヘルハウンドの命を奪う方法なら、いくつも思いつく。
「でも、できれば本職の人に倒してもらいたいです」
サラは薬師なのだ。なぜかダンジョンの外にいるヘルハウンドを倒すなど荷が重すぎる。
しかし、願いを込めてダンジョンのほうを向いていたサラの目に映ったのはさらなるヘルハウンドの群れだった。
幸いなのは、町の人たちが建物の中に無事避難できたことだ。もっとも、二階の窓からいくつも顔がのぞいているから、サラの雄姿は残念ながら多くの人の印象に残るに違いない。薬師ギルドからは応援の声まで飛ぶ始末だ。
「仕方がない。ヘルハウンド捕獲、第二段いきますか」
サラは覚悟を決めたが、その時、走ってきたヘルハウンドが突然足をもつれさせてすっ転ころんだ。転んだのは数頭だったが、その数頭に巻き込まれて次々と倒れていくので、サラの元にたどり着いたのは二頭だけである。サラはとりあえず網をかぶせるようにその二頭をバリアで確保する。
確保したヘルハウンドから視線を上げると、見えたのはアレンとクンツだった。
起き上がって二人に襲い掛かろうとしているヘルハウンドは、なぜか足を滑らせたようにどうと倒れていき、それを次々とアレンが殴り飛ばしていく。
そうこうしているうちに、ハンターが集まり始め、サラの確保したヘルハウンドも無事本職の人が倒してくれることとなった。
「サラのいる薬師ギルドの前で助かったってとこだな。ありがとうな」
「いえいえ、できることをしたまでですので」
ニジイロアゲハの一件から、サラの名前は、ハンターには知れ渡っている。
ヘルハウンドが片付いて気楽に挨拶を交わしていたその時だった。
「サラ! 空!」
アレンの大きな声が聞こえた。
「空? うわ!」
空を見上げると、どこかに飛び去ったと思っていたワイバーンがまっすぐにサラに向かってきているではないか。
「なんで私なの! もう!」
サラは急いで通りの真ん中に立つと、屋根の高さにバリアを広げた。
「私のバリアは、すべてを跳ね返す! 魔の山にいた時の気弱な私じゃないんだから!」
カッコいいことを言っているが、声は小さかったので、今度も誰にも聞こえなかったと思いたい。
「ギエー!」
獲物に気づかれたことに怒ったワイバーンは叫び声を上げると、急降下した。
バンッ。ドウン。
そしてバリアに弾かれて首の骨を折った結果、その体を町の通りに横たえることとなる。
「やっぱり顔、怖い」
サラの感想はそれに尽きる。
ドッという歓声が上がると、近くにいたハンターたちが集まりサラの肩や背中をパンと叩く。
「さすが副ギルド長の娘さんだぜ」
「娘? いやあ、でへへ」
ネリーが副ギルド長と呼ばれることも嬉しかったし、全然似てもいないのに娘扱いされたことも嬉しくて、サラはニヤニヤ顔が隠せなかった。
「サラ、大丈夫か」
ヘルハウンドを倒し終わったアレンとクンツもいつの間にかサラの側にいた。
「うん、大丈夫」
「それにしても一年ぶりくらいにサラのバリアを見たけど、相変わらず見事だな」
アレンが楽しそうだ。
思い出せば、前の冬に王都で渡り竜の攻撃をなんとかしのいで以来なので、確かに久しぶりかもしれない。
「ワイバーンをも防ぐ絶対防御ってライが宣言してたけど、本当だったんだな」
「それは恥ずかしいからやめてくれる?」
サラは顔の前で手を左右に振り、逆にアレンに問いかけた。
「それより、アレンがヘルハウンドを倒した時、勝手に転んでいるように見えたんだけど」
話をずらしたかったのも確かだが、それが気になって仕方がなかったのだ。
「あれは俺」
クンツが得意そうに親指で自分を指した。
「俺って、風の魔法が得意だろ? アレンのような身体強化型のハンターと組む時用に工夫した魔法なんだ」
「風の魔法でどうやってヘルハウンドを転がすの?」
サラはその理由を知りたがった。
「オオカミの足元で、竜巻を起こすんだ。ほら、よく何もない草原で風が枯れ草を巻き込んでくるくるしてるだろ」
「うーん」
実はサラは竜巻は映像でしか見たことがない。よくそこらへんで起きていることだとは知らなかった。
「で、魔物は足をもつれさせて倒れるってわけ。さっきみたいに走っている時にすごく効くんだ」
「なるほど」
「そこを俺が倒すっていう連携だな」
「だな」
クンツはアレンとこぶしをコツンと触れ合わせた。
「魔法師の俺だけでヘルハウンドを倒すのはかなり難しいけど、俺がいたらアレンは二倍のヘルハウンドを倒せる。いい感じだろ?」
「うん。すごいね」
サラは素直に感心した。
「もちろん、いついかなる時にも指名依頼が来てもいいように、自分一人で倒せる力も磨いてる」
思わず小さく拍手したサラの目に、薬師ギルドからノエルが飛びだしてきたのが見えた。ノエルはまっすぐにワイバーンの元に向かっている。まずいと思いつつ、サラはとっさには体が動かせなかった。
サラの視線を追ったアレンが、珍しく厳しい顔をしてノエルのほうにすたすたと歩み寄る。
「あ、アレン。僕、ワイバーンなんて初めて見ました!」
キラキラした目をしたノエルは、アレンにぐいっと襟元をつかまれた。
「やばい。俺やられたことあるわ、あれ」
「うん、私も記憶にある」
サラはクンツと目を合わせて苦笑いした。王都のライのタウンハウスでの出来事は忘れられない一件だ。サラたちが思った通り、ノエルはあの時のクンツのようにワイバーンから離れたところにポイっと投げ捨てられた。
「何をするんですか! アレン!」
尻餅をつきながらもサラと違って呆然とせずに言い返したノエルはなかなかに心臓が強い。
「戻れ。まだ危険だ」
「でも」
「戻れ」
「……はい」
反論を受け付けないアレンに従い、しぶしぶと立ち上がったノエルは、サラに救いを求めるような視線を寄こしたが、サラは黙って首を横に振った。目に見えるところにいる魔物は倒されたが、まだ状況は不安定だからだ。
「アレン、ありがと」
「礼を言われることじゃないよ」
ノエルが薬師ギルドに戻るまで見送ってからサラの元に戻った時には、いつもの優しいアレンに戻っていた。
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