部活動みたいな
「半年で勉強して実践までできるようになったなんて優秀よね」
サラは素直に感心した。サラも別に、対抗意識やなにかがあった訳ではなく、単に事情を知りたかっただけなので、称賛の言葉は簡単に口から出てきた。
「それにしても、クリスでさえなかなか認められなかったと聞いた気がするのに、本当にすごいよ」
ノエルはサラの言葉を聞いても首を横に振った。
「おそらく僕は覚えがいい方でしょう。ですが、これだけ早く薬師になれたのは、それこそ運とクリスのおかげなんです」
「クリスのおかげ」
サラはそこが気になりオウム返しにした。
「はい。そもそもクリスのおかげで、実力のある者の足を引っ張っても損をするだけだという考えが、薬師ギルドに浸透したんです。今まで当たり前だと思っていた慣習も次々にひっくり返していくし」
それはクリスらしいとサラはうんうんと頷いた。
「そういう前例があることで、僕くらいの家名があれば、薬師になるのはたやすいことでした」
「いやあ、そんなことないよ」
サラは気安くノエルの膝をポンポンと叩いた。
「ローザでも、王都でも、身分差でものすごく待遇に違いがあるなということは実感してる」
サラはモナとヘザーの方を見てしっかりと頷いた。ノエルが身分の恩恵を受ける側なら、平民のモナとヘザーは不利益を被る側だ。
「でもね、薬師になれるかどうかは、身分や知識だけじゃなくて魔力の扱いの巧みさもあるわけでしょ。私も魔力薬がなかなか作れなくて大変だったもの」
「そんなことはないです」
サラもモナもヘザーも、耳をちょっと赤くして照れているノエルを生暖かい目で見守った。
どんな言い訳をしても、宰相家から送り込まれた婚約者候補には違いないので、面倒な気持ちも大きい。だが、サラは正直にこう思っていた。
弟ができたみたい、と。
今までは、サラとアレンが一番年下で、大変な思いもしたが、皆に大事にされながら過ごしていた異世界生活だった。もっというと、体の弱かったサラは頑張っていたとはいえ、日本でも面倒を見てもらう立場だった。
そんなサラが、自分より年下で面倒を見てあげる存在ができたのだ。部活動で言うと二学年下の後輩である。そしてサラは先輩なのだ。
「それよりほら、このゴールデントラウトのキッシュ、おいしいから食べようよ。成長期だからね」
「ご、ゴールデントラウト……」
「モナもヘザーもね」
高級魚におののく三人に、サラはポンと胸を叩いた。
「大丈夫。魔の山でたくさん獲ってきたから、在庫はあるし。それに」
「おーい、サラ!」
サラはその声ににっこり笑って振り向いた。
「アレン! クンツ!」
屋敷に続く道から走ってきたのはアレンとクンツだ。この二年で二人ともまた背が伸びてしまって、サラはちょっと悔しい。アレンはまだやんちゃな感じが抜けないが、クンツはもう大人の雰囲気である。
「ゴールデントラウトがあるって聞いたら、そりゃダンジョンも早上がりしてきちゃうよな!」
「久しぶりだぜ、ゴールデントラウトは」
だが言っていることはまだまだ子どもでほっとする。サラはちょっと口を尖らせた。
「私の久しぶりのお休みくらい、ダンジョンに行かずに、薬草採取に付き合ってくれてもよかったんじゃないの?」
「そこはまあ」
「な?」
顔を見合わせて笑っている二人は、もうすっかりハイドレンジアのハンターだ。
「いえ、サラもお休みなのに薬草採ってますよね」
思わずと言うように突っ込んでしまったノエルに、アレンがへえっという顔をした。
「だいぶ馴染んだみたいだな、ノエル」
よく知りもしない貴族相手にこの物言い、ちょっと失礼かもと思うサラだが、だが口の端がニヤリと上がっているアレンの顔を見て、おかしくてちょっとうつむいてしまう。
そして、わかる、わかるよ、と心の中で激しく頷いた。
サラと同じく、後輩ができて嬉しいのだ。
アレンもサラと同じく一五歳だが、ギルドには一二歳になったら登録できると言っても、本当に一二歳から登録してハンターとして頑張る子どもはめったに見かけない。
ノエルはハンターではないが、サラの後輩なので、つまりアレンにとっても後輩みたいなものというわけなのだ。
「それにしてもお前、リアムにそっくりだな」
いきなりそんなことを言うアレンにノエルはちょっと渋い顔をした。
「やっぱりそうですか。僕たち兄弟三人、母親似でそっくりらしいんですよ」
「いいじゃん。リアムって顔はよかったし、もててただろ」
「いえ、僕はあまり」
僕はあまりとはどういうことだろうとサラは首を傾げた。
「いえ、兄は性格もいいし、女性にも人気だし、それはわかるのですが、僕は兄のそのさわやかさが鼻についてあまり好きじゃないんです」
その言葉に呆気に取られたサラたちに、ノエルは慌てて言い訳をした。
「いえ、もちろん兄のことは大好きだし尊敬もしています。単にその部分だけがなんだか苦手で。だから、似ているとか言われるのはちょっと……」
「ハハハッ。気が合うな!」
サラは今度こそ慌てて飛び上がりそうになった。身内が苦手を言うのはいいが、それに同意してはいけない。
「アレン! もうちょっとその……」
「なんだ?」
アレンのこの明るさは救いでもあるのだが、ちょっと困ることもあるなあと思う。
アレンとクンツは、ノエルを挟んでどかりと座ると、ノエルの肩に腕を回してバスケットの中を覗き込んでいる。
ノエルは親密な態度に慣れていないのか一瞬硬直したが、すぐに照れたように微笑んだ。そんな三人の様子に、サラはモナとヘザーと目を合わせて苦笑すると、口の中で小さくつぶやいた。
「アレンのほうがノエルの婚約者候補みたい」
「え、サラ。何か言ったか」
「言ってないよ」
サラはそう言ってニコッと微笑んだ。
「さあ、食べましょうよ」
年長らしくモナが仕切って湖の側の昼食が始まった。
サラは懐かしく王都での薬草採取を思い出す。
あの時はモナが部長みたいだと思ったのだったが、それは今も変わらない。サラは、バスケットを囲む皆を順番に眺めた。
当時三人だった部員は、今年新入生と同級生が一度に入部して六人になった。だからサラは今年はもう、下っ端ではない。そう想像するととても楽しい。
「うちでもゴールデントラウトなんてめったに口にできないんですよ。おいしいなあ」
ノエルが皿にのせたキッシュをフォークで切り取っている横で、アレンは手づかみで口に運んでいる。行儀が悪いかもしれないが、外での食事なんてそんなものだ。
「そんなお上品に食ってると、俺たちが全部食べてしまうぜ」
「それは悔しいです」
ノエルは恐る恐るキッシュを一切れ手でつかむと、えいっと口に入れた。
「おいひい」
もぐもぐと飲み込むと、
「三年ぶりでしょうか。前回は久しぶりに入荷したとかで、大騒ぎでしたから」
アレンがサラの方を見た。
「それってサラがギルドに納めた奴じゃないか?」
「ああ、あの時の」
ヴィンスに頼まれておさめたゴールデントラウトが、リアムやリアムの家族の口に入っていたかと思うと不思議なものである。
「サラ、これおいしいわ!」
「なにこれ、なにこれ」
モナもヘザーも感動してくれている。
「招かれ人と知り合いでいいこともあるでしょ?」
「ほんと。優遇されちゃってるわ、私たち」
その素直な感謝に、サラは嬉しくなった。王都で招かれ人だと知られたとき、モナは、遠慮せずに優遇してくれていいんだからねと、茶目っ気のある笑顔で笑い飛ばしてくれた。それがサラの心をどんなに楽にしたことだろう。モナもヘザーも、一年経っても変わらずにそのままだ。
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「なろう」とも書籍とも違う展開があり、それも面白いのでぜひ読んでほしい気持ちがあります!
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