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年下はどうだろう

 そしてあれよあれよという間に、サラは薬師のローブを着て、城の一室に招かれ、おしゃれな長いテーブルの上座に座らされている。心の支えは、サラの両側にネリーとライが控えてくれていることだ。ただし席に座らず、サラの斜め後ろにまるで護衛のように立っている。


「まるで赤毛のオオカミを従えているかのようだな、招かれ人よ」


 サラの向かいの席で、知らない人が口ひげをひねりながらニヤニヤとそう言っているが、サラはその人には紹介されていないうえ言っていることはぶしつけなので、聞こえなかったふりをした。服装と態度からいって、その隣に座っている人と同様身分のある人のようだが、その人から小声でたしなめられているのでちょっといい気味だと思うサラである。


 その隣に座っている人はどこか見覚えがある気がするが、いずれにしろ年の頃は薬師ギルド長と同じくらいのおじさんである。


 ただ、いつもはネリーが真ん中にいて、サラとアレンが守っていたのにと思うと、立場が変わってちょっと楽しい気もした。


 そもそもサラの出番とは何のことかとライに尋ねたら、


「招かれ人としての権力を使って、薬師ギルド、騎士隊、ハンターギルド、そしてクリスを招集せよ」


 と言われてしまった。


「ま、招かれ人の権力って何ですか。私は一介の新米薬師ですよ」


 そんな面倒なことはしたくないと逃げようとしたが、ライはサラをひたと見つめた。


「薬師ギルドも騎士隊もハンターギルドも、それぞれ独立していてお互いに干渉することはほとんどない。それが今回のように、それぞれの領分で働きはするが積極的に協力はしあわないという、なんとも中途半端な結果になる」


 それはサラが感じていたことそのものだったが、だからといって、今までひっそり暮らしていたサラがやるべきことだろうか。


「例えばクリスは優秀な薬師だが、騎士隊を呼び出す権利もないし、薬師ギルドにおいても、今はサラと同じ一介の薬師で何の権力もない。つまり、クリスがあれこれ言うのは筋違いと言うことになるんだ」


 確かにそう言われればそうだ。そしてライはサラが言う前に先手を打ってきた。


「薬師ギルドも騎士隊も何も改善しようとは思っていない。このままサラが問題提起しなければ、来年からも漫然と同じことが繰り返されることになるぞ」

「ううん。それならどうしたらいいんでしょう」

「それは私が代わりにやろう。私に全権委任してくれるか」

「お願いします」


 サラがおろおろとお願いした結果、城の一室で、サラの周りをずらりと権力者が取り囲んでいるということになる。


 ちなみにアレンとクンツも護衛として、入口そばの壁に城の兵と共に控えてくれている。


 サラの座っているところから、時計回りに騎士隊長とリアム、次にハンターギルドのギルド長。

向かいに謎のおじさん二人。そして右側に、薬師ギルド長のチェスターにヨゼフ、それになぜかテッド。最後サラの右側にクリスというメンバーである。


 ちなみにハンターギルド長と騎士隊長も初見なので、いやおうなしに緊張が高まるサラである。


 会議の進行をしなければならないかとドキドキしていると、向かいの髭のないほうの人がやってくれるらしく、おもむろに口を開いた。


「さて、今回ウルヴァリエが後見する招かれ人のイチノーク・ラサーラサ殿により、渡り竜対策についての議題が提出された。今回、一薬師として参加して疑問に思うことがあったそうだ。では、あとはラサーラサ殿からどうぞ」


 そしてあっさりとサラに進行が任されてしまった。サラは泣きたい気持ちであるが、仕方がない。


「私は今回、ハイドレンジアから派遣された一介の薬師として渡り竜討伐に参加しています。初めの頃は南の草原に下りた渡り竜の事件に巻き込まれたりしていましたが、参加期間の大半は南西の丘にいて、薬草の採取をしながら騎士隊の実験を眺め、時には治療に携わったりして過ごしてきました」


 これが簡単な自己紹介である。サラとアレンが町を守ったことは知れ渡っており、これについてリアムが頷いた他は疑問をさしはさむ人も誰もいなかったのでサラはほっとした。


「そしてクリスは私の師匠であり家族のようなものなので、竜の忌避薬については、開発の過程を間近で見ており、また王都においても、実験の成果はこまめに聞き及んでいました」


 ここまでで、薬師ギルド、騎士隊、クリスすべてにかかわっているよと言うことを短く示したつもりだ。


「そしてこちらのネフェルタリは、私を魔の山で保護してくれたトリルガイアでの家族であり、その強さは誰よりも知っていると自負しています」


 王都のハンターギルドのことはまったくわからないが、指名依頼されるネリーと言うハンターを通して、ハンターギルドにも関係あることだよということを示す。


「今回の実験については、私から見ても、騎士隊の麻痺薬もクリスの忌避薬もどちらも成功だったと思います」


 これにもリアムは深く頷き、クリスもその通りというように軽く頷いた。


「そのうえで私は問いたいのです」


 サラはテーブルの周りの皆を見渡した。


「来年はどうするつもりか、と」


 今度は誰も頷かず、テーブルには困惑が漂っている。そのうち騎士隊長が、ごほんと咳払いして口を開いた。さすが責任者だ。


「失礼だが、こちらも問いたい。それが君に何の関係がある、と」


 サラはうんざりした。社会人になってからもこういう手合いはよくいた。すなわち、見かけが若かったり女性だったりすると、はなから相手にせず、話を進めようとしない人だ。


「私に関係あるか、と問われれば、個人的な理由はあります。必要もないのに、家族であるネフェルタリを二ヶ月も拘束されるのは嫌だからです」


 騎士隊長は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「指名依頼は名誉なことだ」

「ハイドレンジアのネリーに指名依頼が行くことは、王都のハンターギルドにとっても名誉なことなのですか」


 サラは議論の矛先をあえてハンターギルドに向けた。何も言わず腕を組んでいたギルド長は、ゆっくりと口を開けた。


「いいや。王都にも優秀なハンターはたくさんいる。もっともネフェルタリが王都に戻ってきてくれれば問題は何もないんだが」


 さすがにハンター同士はネリーの強さをわかっていて、サラの望む答えをくれた。


「私は既に一度、指名依頼でネリーと強制的に引き離され、一人魔の山に残されたことがあります。名誉ではすまないこともあるんです」


 サラの言葉に騎士隊長は目を見開き、リアムは膝に目を落とした。その指示を出したのは誰か、そしてもう一度同じことをしようとしたのは誰かということをおそらく忘れていたのだろう。


「そもそも、渡り竜の討伐に麻痺薬を使おうとした理由は何か、それからクリスが忌避薬を開発したのはなぜかということを忘れてはいないでしょうか」


 リアムがはっと顔を上げた。サラはまずクリスに話を聞くことにした。


「クリス、忌避薬を開発したのはなぜですか」

「そうだな」


 クリスはテーブルの皆のそれぞれに目を合わせるようにゆっくりと話し始めた。


「私の愛するネフェルタリが、指名依頼を受けずにすむように願って開発した。もし匂いだけで渡り竜を追い払えるのなら、ハンターを必要とせず、騎士隊だけで渡り竜に対処できるようになるからだ」

「ありがとうございます」


 サラはクリスが簡潔に説明してくれたことに感謝した。


「ではリアム。麻痺薬を使おうと思ったのはなぜです?」

「それは」


 リアムは騎士隊長をちらりと見たが、むすっとして何の反応も示さないので、自分で答えるようにしたようだ。


「渡り竜を複数体相手にしなければならない時、いくら人数がいても苦労する。麻痺薬を使って数頭でもおとなしくさせれば、もっと少ない人数でも確実に渡り竜に対処できると考えたからだ」

「リアム、説明ありがとうございます」


 リアムも賢い人だというのがこの話し方でよくわかる。


「つまり、どちらの実験も、渡り竜討伐の人数を減らせるようにと考えて実行されたはずです」


 サラは続けた。


「それなのに、このまま何も話し合わず解散したら、来年も今年と同じことの繰り返しになってしまいます」


 サラは力説した。


「クリスはクリスで実験を行うのは変わらず、騎士隊はハンターを指名依頼し、麻痺薬の実験を繰り返す。薬師ギルドは麻痺薬と解麻痺薬の確保に苦労し、地方から薬師を集める。これでは今年実験をした意味がありますか」


 サラの発言に苦々しい顔をしているのは騎士隊長一人だ。


「私からは、今年の成果を皆で共有し、来年どうするか方針を話し合ってくださいと、そういう提案をしたかっただけなんです。以上です」


 サラはほうっと息を吐くと、椅子の背もたれに寄りかかった。サラの言いたかったことはこれだけなのだ。


「ばかばかしい」


 騎士隊長が口に出し、さらに何かを続けようとしたのをクリスが制し、爆弾発言をした。


「私は来年は王都に来ないつもりでいる」


 一瞬間があき、それからすぐに薬師ギルド長ががたんと音を立てて立ち上がった。


「ばかな。それでは実験はどうするつもりだ」


 クリスは肩をすくめた。


「リアムに任せる」

「は、私にですか」


 リアムは驚いて目を見開いた。


「そもそも今年は、ワイバーンには効く忌避薬が渡り竜にも効くかどうかの実験であり、思った以上の成果を上げた。であれば、薬師としての私の役割は十分果たしたと言える。後の運用は、今年の結果をもとに、渡り竜討伐の中心である騎士隊が、麻痺薬の使用と併用して行えばよいことだ」


 クリスは何の問題があるというようにまた肩をすくめた。


「もちろん、忌避薬はハイドレンジアから間に合うように届けさせる」


 それを聞いてチェスターはすとんと椅子に腰を下ろした。


「リアムには、ハンターは通常の募集だけで集められるよう、できれば指名依頼なしで済ませられるよう工夫してもらえれば助かる」


 クリスは騎士隊長のほうにはいっさい目をやらず、リアムだけに話しかけている。そのことが、騎士隊長に対する信頼のなさをうかがわせた。


「それでは、ハンターギルドは、渡り竜討伐の募集を積極的に行うことを約束しよう。どうせ指名依頼のハンターが来るとなれば、自分程度では参加の意味がないと思うものも多いのでな」


 ハンターギルドからも、指名依頼がない前提での提案がなされた。


 チェスターは参ったというように首を横に振ると、リアムに話しかけた。


「来年の渡り竜にも、騎士隊は確実に麻痺薬を使う予定なのか」

「まだ騎士隊内で話し合ってはいませんが、そうしたいと考えてはいます」


 リアムはちらりと横の騎士隊長を見たが、騎士隊長はうんともすんとも言わず黙り込んでいるだけである。


「では、必要な麻痺薬と解麻痺薬は今年と同じ量でいいのか。そうであれば、麻痺草や魔力草の納入を増やし、一年かけて準備することができるが」

「ぜひお願いします。いや、許可が出たらすぐに連絡しますので、それからお願いします」


 そこまであっという間に話が進むと、サラの向かいにいた髭の人がパンパンと手を叩き始めた。


「いや、見事だ、招かれ人よ」


 サラは油断して寄りかかっていた椅子から背を離すと、思わず背筋をピンと伸ばした。今の話の流れでどこにサラを褒める要素があっただろうかと疑問に思いながら。


「普段寄り集まらず、むしろいがみ合っている相手をまとめ上げ、簡潔な言葉で要点を突き、思う通りの結論を導き出した。これぞ招かれ人の価値よな」

「まことに」


 隣の人もにこやかに頷いているが、その胡散臭いにこやかさが記憶を刺激し思わず口から名前がこぼれ出た。


「リアム?」

「愚息の名をしっかり覚えていただけたようで、これは幸いなことですな」


 サラはさーっと顔から血が引くような気がした。


 知らないおじさんが同席しているなと思っていたが、つまりこの人はリアムのお父さん、この国の宰相ということになる。


 ということは、隣の髭の人は、もしかすると。


「王様?」


 髭の人はにっこり笑った。


「その通り。さすが招かれ人よ。慧眼である」

「いや、招かれ人関係ないですよね」


 あまりにも驚いて思わず突っ込んでしまったほどだ。後から聞くと、その遠慮のない態度こそ、招かれ人のあかしだと、皆納得したそうである。


 どきどきの集会が終わり、解散した後に、その場にはサラ一行とリアムに宰相、そして王様が残った。


「サラから話を聞いて、ついでに謁見と婚約の件も片付けてしまおうと思ってな」


 ニコニコと話すのはライである。


「そんなついでとか。まあいいですけど」


 サラはあきらめた。確かに面倒なことは一日ですませるに限る。


「では改めて」


 ライがすっと背筋を伸ばした。


「こちらが、わがウルヴァリエが後見する、招かれ人イチノーク・ラサーラサです」


 サラは丁寧に頭を下げた。こちらの世界の礼儀をまだ習っていなかったので、日本式である。今更ながら勉強しなくてはと決意を新たにする。


「そして我が国の王、フェルディナンド三世」

「ラサーラサ。なぜ慈愛の女神がそなたを魔の山に招いたのかはわからぬが、試練を乗り越え、よくここまで育ってくれた。これからは私を父とも思い、遠慮せずに頼っておくれ」

「ありがとうございます」


 なぜサラが魔の山に落とされたのかは王様でもわからないらしい。その後、招かれ人が現れるという場所にも案内してもらったが、まったく何も感じなかった。


 だがサラは思うのだ。もしかして女神は、サラとネリーを出会わせたかったのではないのかと。一生懸命生きているネリーのことをそうっと見守っていたのではないのかなと。


 それから、リアムとリアムのお父さんのいるところで、婚約はできませんと正式に断ることができた。


「私の国では30歳くらいまで結婚しないのが普通なんです。あと16年も、待たせるのは私の気持ちがつらいです」


 という、もっともらしい理由と共に。



 それからみんなでハイドレンジアに帰ると、いつの間にかザッカリーがギルド長になっていた。王都に行ったまま帰ってこないギルド長など必要ないということになったらしい。


「それで、その。ネフェルタリ。お前に副ギルド長になってほしい」

「私がか。いいのか」


 それは一年しかここで過ごしていないネリーが副ギルド長でいいのかということでもあり、口下手で教えるのも下手な自分でいいのかということでもあった。


「ハイドレンジアの皆は賛成してる。それに、ハンターで大切なのは結局強さだからな」


 にかっと笑ったザッカリーとネリーは、ようやく騎士隊時代のわだかまりをすっかりなくすことができたようだ。


 アレンとクンツもダンジョンに戻り、サラも薬師ギルドに無事帰還し、いちおう王都帰りの薬師と言う、怪しい称号を手に入れることができた。


「これでもう、なんの憂いもなく暮らすことができます」


 サラはにこにこと食後のお茶を皆で楽しむ毎日である。


「うむ。それなんだがな」


 ライがためらいながら持ち出してきたのは封筒である。


「ま、まさか」

「残念ながら。婚約の申し込みだ」


 ライはいつものように、手紙を扇形に広げた。


「いや、待って。三通もある」


 やっと二通に減ったと思ったのに、増えているではないか。リアムのところは断ったはずなのに、いったいなぜだ。


「一つはいつものハイドレンジアのアンディから」

「しつこーい」


 これは今度こそきっちり断るべき案件であるとサラは決意した。近いから、何とかなるだろう。


「二つ目は、王都のヒルズ家から」

「なんで。断ったのに」

「三男がいるらしい。年は12歳。16年くらい待てるそうだ」

「年下じゃないですか!」


 リアムに弟がいるなんて思いもしなかった。


「そして三通目。ローザの町長から」

「ま、まさか」

「息子のセオドアの婚約者に、だとさ。次期町長だが、今は王都で薬師として研鑽しているらしい」

「テッドじゃん! 絶対に無理!」


 しまいには怒りだしているサラを笑って見ているのはネリーとクリスだが、サラの見るところ、二人の距離はだいぶ近くなっている気がして嬉しい。


 サラについても、今はなんの憂いもなくても、招かれ人として結局問題は降りかかり、今回の王都の件のように一生懸命取り組んでいくことになるのだろう。


 サラは少し成長した自分の体を眺め、ほうっと息を吐いた。


 頑張っても疲れないこの体があり、家族のように大切な人たちがいれば、きっと楽しく過ごしていけると思うのだ。


「いつか魔の山にも帰りたいな。オオカミはどうしているだろう」


 そこからすべて始まったから。


「しばらくはハイドレンジアで頑張るんだ」


 自分らしく、一歩ずつ進んでいこう。

 


発売前大急ぎ更新、これにて終了です。

本日書籍5巻発売日です。

ここまで収録ですが、書籍ならではの展開もありますので、

ぜひどうぞ。


そして更新は、しばらくお休みになります……。

が、まだ続きますので、再会をお待ちいただけると幸いです!

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― 新着の感想 ―
何故サラはもっとはっきりと断らないのか 自分に相手は自分で決める横槍を入れるなとかリアムと義理含め家族になるのは生理的に無理ぐらい言えば良いのに いつまでも名前の区切り方も訂正しないところにイラッとす…
[気になる点] 名前を間違えたままって凄く失礼なのに、そのまま進んでるところがイライラする。
[気になる点] いい加減この国の連中は、主人公の正式な名前をきちんと認識すべきではないかと(笑)
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