町が見えた
山道をずっと下ってきたサラにとっては、多少の上り下りはあっても、平地はやはり楽だった。
しかし、楽ですたすたと歩ける分、歩く距離は長く感じるようで、昼休憩を取った時は足がくたくただった。
「足の裏が痛い……」
まるでおとぎ話の踊りすぎた女の子のようである。息が上がるとか、腿が上がらないとかではない。歩くたびに足の裏がずきんと痛む。
「ダンッ」
「ダンッ」
「はいうさぎー」
ぶつかってくるウサギにもだいぶ慣れた。
「ダンッ」
「ダンッ」
「あれ、いつもより多い? うわっ」
休憩の時襲われるのは嫌なので、結界を少し膨らませてあるのだが、その結界が急に白っぽいもので覆われた。
それはよく見ると、
「羊?」
もこもこと厚い体毛に覆われ、くるんと丸まった角を持つそれは、サラの知っている羊よりだいぶ大きかったけれども、確かに羊だった。
羊の群れはサラの結界に当たると不思議そうにしながらも、普通の障害物のようにのんびりとよけていく。
長い時間をかけて羊が通り過ぎていくのを見送っていると、ツノウサギが羊にとびかかっているのが見えた。
「あぶな、え?」
すごい勢いでぶつかっているはずのウサギの角が羊の毛に引っ掛かり、もがいている間にほかの羊の角で跳ね飛ばされ、中には蹴とばされているものもいる。やがて羊は一頭も倒されることなくいなくなった。
「羊、ツヨイ」
魔物の強弱はよくわからないなとサラは思った。
「さて、歩くか」
四日目も歩き切って五日目。
「町が見えた!」
町に近くなってきたからなのか、丘も減り、ところどころ木立のある平原が続く中、ローザの町が見えてきた。
見えてきただけで、おそらくまだ10㎞はあるだろう。
「壁だ」
山から見ると、かすかに建物が見えたような気もしたが、平原から見ると、高い壁が見えるだけだ。
「とにかく歩こう」
目標ができると歩きがいがあるものだ。お昼もそこそこに頑張って歩いたら、日が傾きかけたころ、やっと町にたどり着くことができた。
「これが、ローザの町」
できたのだが。サラは困って立ち止まった。
「門が閉まってる?」
道は、町の手前の広場に続いており、その広場の向こうに、高い壁がずっと続いている。その向こうに町があるのだろうと思う。しかし、大きな門は閉まっており、門の上に、兵士だろう人が二人、所在なげにおしゃべりをしているだけである。
しかしもう二時間もすれば日は沈むし、悩んでもいられない。サラは心を決めて、広場まで出て、壁の上の兵士に声をかけた。
「あの、すみません! あの」
一人の兵はじっとサラを見つめ、もう一人の兵はきょろきょろとあちこち見た後、隣の兵に肘打ちされやっと下を見た。
「あの!」
「なんだ? 東門に何の用だ」
東門? 門がいくつもあるなんてネリーには聞いていない。
「あの、町に入りたいんですけど」
兵はやれやれという仕草をしたので、サラはイラっとした。
「お前、外の子なのに知らないのか」
「よせ。新入りがうっかり薬草探してこっちまで来ちまっただけだろ」
どちらも違うのだが、サラは疲れていて壁の上と下で怒鳴りあってまで説明する気にはなれなかった。どうやら親切なほうの兵が、サラにもわかりやすく教えてくれた。
「東門はよほどのことがない限り閉まったままだ。それより、早く中央門まで戻らないと、夜になったら町には入れないだろ」
「入れない?」
ネリーはそんなことは言っていなかった。戸惑うサラを見て親切じゃないほうがまた肩をすくめた。
「おい、ほんとに新入りかよ。なんで子連れでローザに来ようとするのかね」
「新入りか。だからこっちまで来ちまったのか。迷ったんだな」
もう一人が頭をかいて、壁から身を乗り出してサラを見下ろすと丁寧に説明してくれた。
「いいか。第三をそっちの方に、街道沿いにまっすぐ歩いて行け。道の向こう側に出るなよ。町の結界から外れるからな」
何を言っているのかよくわからないが、サラはうなずいた。第三とは何だろう。しかし、壁に向かって左側に進めばいいということ、壁の外側、道路までは町の結界が広がっているということは分かった。
「わかってると思うが、身分証なしでも昼の間は町に入れるからな。早く12歳になってギルドで身分証を作れるようになるといいな」
「そこまで生き延びてればな」
「よせ」
初めて会ったネリー以外の町の人は案外親切だった。もう一人のことは忘れよう。
「ありがとう!」
「ああ。気を付けてな」
日暮れまでに着けるだろうかと、着いてもどうせ中には入れないなら、今日もキャンプかとサラは肩を落としながら歩き始めた。
そんなサラを見ながら、兵士二人はのんびり話していた。
「なあ、一応俺たち、見張りだよな」
「ああ。何言ってるんだ?」
「あの子、平原のほうから現れなかったか?」
「ばかな。街道から外れたらツノウサギに串刺しの平原だぞ。平然と通ってくるのは赤の死神以外には、クリス様とギルドの高ランカーだけだろう」
「だよなあ」
ただ、迷いながら中央門のほうから来たはずなのに、広場に来るまでまったく目に入っていなかったのも確かなのだ。
「俺たちもまじめに仕事しないと」
「赤の代わりがくるまではな」
「あ、なんかしゃがみこんだ。草を摘んだぞ」
「薬草でもあったんだろ。運のいいことだな」
町までもう少し。