南西の丘
「よーし、ここだ」
御者が馬車を止めたのは、丘のふもとにある小さな駐屯地だった。馬車が整然と止めてあり、馬は馬小屋、手前には簡易な建物に休憩所まである。
「そっか、毎年使ってるんだもんね。こういう施設があると便利だよね」
サラは感心して駐屯地を眺めたが、その間に御者は騎士に用を聞かれていた。
「その荷物のように運ばれてきた人たちは、もしかして薬師か。朝いきなり通達があったが」
サラたちは急いで荷馬車から降りた。
「私たち、薬師ギルドの者なんですが、今日は南西の丘に薬草採取に来ました」
一応サラがリーダーなので、きちんと挨拶をする。
「麻痺草が足りないんですが、一番安全に採取できるところは騎士隊のいるところだと聞きまして」
「そ、そうか」
麻痺薬も解麻痺薬も必要としているのは騎士隊だし、なにより騎士隊のいるところが安全だと言われた騎士は思わず胸を張った。
「毎年の渡り竜討伐でも、ここの丘で怪我をするものはほとんどいないが、今年はリアム小隊長の作戦のおかげで怪我人はゼロだ。安心して採取に励むように」
「はい! ありがとうございます」
女子三人でニコニコと頭を下げたが、サラは、そのリアム隊長の無茶のせいで怪我をしそうになった四人が私たちですとは言わないでおいてあげた。
その騎士に案内されて丘の上まで行くと、思い思いのところに座ったり立ったりしているハンターが10人ほどと、空のほうを警戒している騎士が20人ほどいて、一斉にサラたちのほうを見た。
まず騎士隊に挨拶すべきなのだろうが、サラの目は自然にネリーに引き付けられていた。
「ネリー!」
「サラ!」
大股にスタスタと歩み寄ってくるネリーのなんとかっこいいことか。
「えっと、薬師仲間のモナとヘザーです。採取に来てくれました」
「そうか、君たちが。サラが世話になっている」
モナとヘザーもネリーのかっこよさに言葉もないようだ。それでももじもじしながらきちんと言葉を絞り出している。
「あの、こちらこそ、お世話になってます」
「サラは採取の仕方を教えてくれてるんです。私たちのほうこそ、感謝です」
サラから見ると最大限に笑顔を浮かべているネリーだが、外から見るとうっすらと微笑んでいるようにしか見えないのだろうなと思う。それがかえってかっこいいのだが。魔力の圧を押さえられるようになると、ネリーもこうして時には普通に会話するようになった。
「サラ、こっちも来てるぞ」
アレンの言葉に、キャッキャしていたサラはやるべきことを思い出した。
「今日は薬草採取の許可ありがとうございます。騎士隊がいると安心して採取できます」
「その信頼はありがたいけれど、自分たちの安全はきちんと確保してくれよ。渡り竜は大丈夫でも、草原は危険だから」
意外とまともなことを言う隊長のリアムであった。
「気をつけます。それからこちら同僚薬師のモナとヘザーです」
騎士隊にあこがれを持つモナのためにも、きちんと紹介をしておいた。
「君たちも気をつけて」
さっと片手を上げて任務に戻っていったリアムの後ろ姿を、モナは両手を胸の前に組んでほうっとため息をつきながら見送っていた。
「かっこいいわね。さっき案内してくれた人もよ。これだけでも来たかいがあるってものだわ」
「来たかいがあるならよかったです」
サラの方こそついてきてもらったかいがあるというものである。
「さ、採取を始めますよー。まずあそこの岩のあたりから」
丘を登りながらずっと、目を皿のようにして薬草がないかどうか探していたのだ。
「まずこれが魔力草です」
サラは自分の薬草かごを出して、魔力草を一本取りだした。
「待ってサラ。サラってば、私たちと採取した日に薬草かごを提出してたよね?」
薬草関係については目ざといモナがすぐに指摘してきた。
「からのかごは受け取ってますし、そもそも私はかごを二つ持ってますし、何があるかわからないから、全部は売ったりはしませんよ?」
ローザでテッドに薬草かごごと持っていかれて以来、かごがない時でもいくらかは手元に残しておくようにしているのだ。
「サラって野生の薬師だよね」
モナはきっと褒めてくれているのだろうが、サラは微妙な顔になってしまった。
「で、私たちは温室育ち。サラならどこに行っても自分で薬草を採ってポーションを作ってるんだろうね」
どこに行っても自分で薬草を採ってポーションを作れる。それはサラにとって今度こそ誉め言葉だった。
「そうなりたいと思ってます。さ、一人一本ずつ持って、よく見てくださいね」
空を見上げれば渡り竜が数頭ずつ飛んでいるのが見えるが、向こうにはネリーがいて、騎士隊もいる。すぐそばにはアレンもいる。サラたちは安心して薬草採取に精を出した。
お昼前には渡り竜は近くには来なかったようだ。集められたハンターたちも退屈そうにしている。
だが、そのことにサラは感心していた。
カメリアでは自分たちも麻痺薬にさらされて麻痺するような間抜けなことをやっていた騎士隊だ。数日前も、届くか届かないかくらいの渡り竜相手に無茶をしたせいで、渡り竜が町の近くに降りてしまったと聞いた。どうせたいした仕事をしていないと思っていたのだ。
でも、こうやって見ると、飛んでくる渡り竜の数を数え、距離を測り、そのうえで、麻痺薬の瓶を用意しいつでも使えるようにしている。一方で解麻痺薬の瓶は少し離れたところに用意されており、こちらは麻痺した騎士を治療するところなのだろう。
これを一か月ずっと続けてきたこと、また渡り竜の季節が終わるまで続けることを考えると、確かに頭が下がる仕事である。
「おや、クリスだ。何かあったか」
サラの後ろ側を、ネリーが首を伸ばすようにして見ているので、サラも振り返ると確かにクリスが丘を登ってきていた。
「リアム! いや、ネフ。ここに来れば会えるとは思っていたが、今日のネフも美しいな」
「朝にも会っただろう」
リアムに用があったらしいが、ネリーを見てすぐに脱線したクリスの目には相変わらずサラは映っていない。そしてそんなクリスにネリーは相変わらずそっけない。
「クリス。いったいどうしました」
リアムは慣れているのか、冷静にクリスを本題に戻した。
「ああ、リアム。そうだった。今日の風向きに気がついているな?」
「ええ。今日は南からの風が吹いていて、麻痺薬の使いどころに一番注意が必要な日です。だが、こういう日こそ実験が必要なんだ。ここ数日、渡り竜がほとんど近くに来ませんでしたからね」
リアムの少し皮肉交じりの言葉を聞いて、サラは空を見上げて渡り竜を眺めた。
昨日までの渡り竜がどのようなものだったのかわからないのだが、少なくとも今日はクリスの実験の状況はあまりよくないらしい。
クリスもサラのように空を仰いだ。
「我々のほうの実験は、魔法師がいるとはいえ、風任せなところが大きいからな。この季節、風は西から東に吹く。だが、そうでない日もあるということを今日思い知った。それだけでも実験のかいがあったというものだ」
サラも、王都を出た時の自分の気づきを報告しておこうと思う。
「そういえば、町から出てすぐの草原で、竜の忌避薬の匂いがしていましたよ」
「サラ。いたのか」
いたのかも何も、薬師ギルドに、南西の丘に薬草採取をする許可を取りに寄ってくれたのはクリスですよねと突っ込みそうになる。
「今日は風向きのせいで、魔法師がどう工夫しても煙が南に流れない。昨日までの忌避薬の匂いがすっかり消えたのか、昼近くなって竜がどんどん王都よりのコースに変わってきている」
「やはりそうでしたか。だが好都合だ。遠くの竜に麻痺薬を射かけるのは禁止されてしまったので」
残念そうなリアムをサラはじろりと見やった。
9月25日、書籍5巻発売です。
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