次にすべきこと
そして、これからどうやっていこうかと、アレンと相談することにした。
サラはハイドレンジアの薬師として王都に派遣されてきた。
ところが、人手は足りていて、新人薬師の出番はなかった。だから、自分の得意分野である薬草採取をするついでに、手のすいている王都の薬師にも採取を覚えてもらおうとしていたのだった。なにしろサラにはバリアがある。
「それが、渡り竜事件に巻き込まれてなんだかうやむやになっているのが今の状態ってことね」
「そうだなあ」
一つの事件が終わって、若干気の抜けたアレンが気楽に相槌を打つ。
「招かれ人だって知られてもいいからできる仕事をしようって意気込んでたけど、意気込み以上に知られちゃったしね」
「俺まで有名になっちゃったもんな。ま、すぐに忘れられるだろうけど」
アレンはとても現実的だ。有名になったところで、しょせんハンターは実力だということをしっかり理解している。
「ハイドレンジアに戻ったら騒がれることもないし、またこつこつとやるだけだ」
「そうだね」
それならサラは王都で何をやりたいか。
「薬草採取する仕組みを作りたいんです! なんて大きいことじゃなくてもいいから、やっぱり何人か連れていって、薬草採取したいなあ。それが私が一番役に立ちそうなことだから」
「じゃあ、明日はまた東の草原にでも行ってみるか。ツノウサギだけなら、俺たちにとってはたいしたことじゃないし。ダンジョンに行きたかったけど」
アレンは常にダンジョン推しだが、サラはどうかと自分についてだけ考えてみると、実は行きたいところは東の草原ではなかった。
「私、本当はネリーのそばで仕事をしたいな」
おもわず本音がポツリと出てしまった。だが意外なことにアレンは賛成だった。
「ネリーのところか。南西の丘。クリスともそれほど遠くない。いいんじゃないか」
「え、でも昨日、東か北の草原ならってクリスが言ってた」
「安全を考えればな。だけど、よく考えたらネリーのそば以上に安全なところってないよな」
「確かに!」
サラとアレンは顔を見合わせた。
早速夕食の時にその話をしてみると、ネリーは難しい顔をしている。
「やっぱり駄目かなあ」
サラはしょんぼりした。
「いや、駄目なわけではない。ただ、クリスの実験がいまのところ成功しすぎてな。南西の丘に渡り竜がなかなか来なくて、そんな状況では私の活躍をサラに見せられないではないか」
「そこ?」
サラはほっとして笑顔になった。
「それなら余計安全だから、私が行っても大丈夫じゃないかなあ」
クリスは来たいなら来ればいいという顔で静かに食事を進めている。
「ネフも南西の丘でやることがないのなら、私のそばで渡り竜の警戒をすればよいのに。そしたらサラはネフと私、両方とも見ながら薬草採取することができるぞ」
別にクリスを見たいわけではないと言いそうになったがサラは我慢した。
「そうしたいところだが、こないだの渡り竜の件もあるしな。昨日今日と、騎士隊は焦って渡り竜に攻撃するようなことはなかったが、サラの時のようなことがあれば私はすぐに駆け付けねばならないし。もっともあの時は危険な目に遭っているのがサラだとは思いもしなかったが」
やはり丘にいるほうが、渡り竜の行き先がわかりやすいのだという。サラが巻き込まれた時も、明らかに竜の行き先がおかしく後を追ったらしい。ネリーが一番足が速いからだ。
「よし、明日は薬師ギルドに寄って志望者を募ってから南西の丘に向かおう。ネリー、あの」
サラはネリーになんと頼もうかと口ごもった。
「私から騎士隊に言っておこう」
ネリーが力強く言ってくれてほっとしたし、嬉しい気持ちにもなった。自分のわがままが通ったからではない。今までは人に伝えることを諦めていたネリーが、自分から意見を言うようになったことが嬉しいのである。
「それで南西の丘は駄目だって言われたら、クリスのところに行こう」
「私のいるところにも、薬草はずいぶん生えていたぞ」
クリスは自分のところにサラが来るのは歓迎なようだ。
「行ってもいいの?」
「もちろんだ。昨日はただ、ギルド長のチェスターがいい顔をしないだろうと思ってやめただけだからな」
「サラを誘惑するな。サラはまず私のところに来るんだからな」
「サラ次第だ」
ふふんとネリーをからかうような顔をするクリスと、楽しそうなネリーの今までにない雰囲気に、サラはちょっと驚いた。二人の距離も少しずつ変わってきているのかもしれない。
次の日は少し早めにタウンハウスを出た。
いつものように薬師ギルドの通用口から入り、まっすぐヨゼフのところに行くと、本日も安定の不機嫌な顔だ。
「本当に毎日毎日君たちは問題ばかり持ち込んで……」
薬師が薬師ギルドに来ることの何が悪いのかとぽかんとしていると、ヨゼフははあっとため息をついた。
「クリス様が朝方顔を出して、今日は君が南西の丘に採取に行くのでよろしくとのことだった。よろしくってなんだよ」
「さ、さあ?」
クリスが言いにきてくれたのは嬉しいけれど、もう少し丁寧に説明してくれたらいいのにとも思う。
「第一、危険だろう」
「ネリーがいるから、かえって安全かと思いました」
「ウルヴァリエのあの人か。それなら仕方がない」
ヨゼフはあきらめたように肩をすくめた。
「こちらとしては採取以外に仕事がないのも事実なのでね。まあ、気を付けて行ってくるように。万が一また何か注意すべき症例などが出たら、薬師ギルドに報告をすること。昨日の報告は実に有意義だった」
「命をかけましたからね」
サラの皮肉が伝わるといいのだが。本当に薬師ギルドはこういう人が多くてあきれてしまう。だがクリスで慣れているのでこれ以上何も言うまいと思う。
「それで、誰か行きたい薬師はいませんかね」
「いないと思う」
即答である。
「いちおうモナとヘザーに声をかけてきていいですか」
「かまわないが、行かないと思うぞ」
モナとヘザーは、南西の丘と聞いてちょっとためらっていたが、今回はモナのほうが決断した。
「行くわ」
「モナってば。本当に騎士隊が好きだよね」
「だって、間近で見られることなんてそうないのよ」
サラも一番最初は騎士隊を見るのを楽しみにしていたなあとローザでの日々を懐かしく思い出した。
「それに、私だって状況は知ってるもの。逃げたのはけっこう遠くでよくは見えなかったけれど、町を守った招かれ人サラと、その招かれ人の命の危機に、渡り竜を殴り倒したのは、ネリーとその弟子のアレンって、王都中の噂なんだから」
「ひえ」
そんな噂が流れていたとは知らなかった。サラは顔から火が吹き出そうだった。
「まあ、あのとき私たちがサラとかアレンとか心配して叫んでいたせいかもしれないんだけど」
「モナとヘザーのせいかー」
そりゃ心配で叫ぶよねとサラはがっくり肩を落とした。そんな理由では名前と言う個人情報がもれたとしても責められないではないか。
「まあいいや。とにかくネリーと騎士隊がいれば大丈夫と思うんですよ。一緒に採取に行きます?」
「行くわ!」
「まあ、きっといい薬草があるよね」
二人を連れて意気揚々とヨゼフに報告に行くと、片方の眉を上げただけでしっしっと追い払われてしまった。
「ついでに解麻痺薬の配達も頼まれちまったよー。怖いから行きたくないなあ」
と嘆く御者に連れられながら、受付の女子にうらやましいと言われたアレンと一緒に南西の丘に向かう一行である。
9月25日、書籍5巻発売です。
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