絶対防御
宣言した割には誰も反応してくれず、朝食のテーブルには沈黙が落ちたので、サラはしょんぼりしてしまった。
「駄目でしょうか」
「駄目ではない。むしろ本当にありがたいことだが、問題がある」
クリスは腕を組んで難しい顔をした。
「薬師としてのプライドですか?」
「そうだ。それに招かれ人と公表したくらいで、チェスターが話を聞いてくれるかどうか。なにしろサラは、薬師としては下っ端も下っ端だからな」
「ですよね」
サラはトホホという顔をして笑うしかなかった。
「でも、だからこそ今、この話をしたんです」
サラはきっと顔を上げた。
「ライ」
「お、おう。どうした」
ライはサラの勢いに少し引き気味に返事をした。
「薬師ギルドに一緒に来て、私の後見ということで後押ししてください」
クリスの言う通り、自分の話が通らないのは予想していたので、サラは再び虎の威を借ることにしたのだ。ハイドレンジア領主に後見されていることを目いっぱい利用させてもらおう。
「かまわぬが……」
「じゃあ一緒に行ってください。お願いします!」
こうしてサラは、この日はアレンとライを伴って薬師ギルドに行くことになったのだった。
管理人には馬車で行かないと伯爵家としての威厳がどうとか説教されたが、珍しくライが断った。
そして今、ライはサラとアレンに挟まれてニッコニコで薬師ギルドまでの道を歩いている。
「孫が二人、新しくできたようなものだからな」
「そんなこと言うと、ネリーにまたおじいさまと認めているとからかわれちゃいますよ」
「ネフェルは今いないからよいのだ。ハハハ」
ライはそう笑いつつ、スピードを落としながらゆっくりと追い越していく貴族街の馬車に会釈などしている。
「今のは知り合いなんだが、誰を連れているのかという顔をしておったな。愉快愉快」
たった15分ばかりの道のりだったが、孫のようなサラとアレンを見せびらかしてとても機嫌のいいライに、サラまで楽しくなる。
「さ、ここです」
ちょっと鼻高々でサラは薬師ギルドを指さすと、ライはうむと頷いた。
「知っておるよ」
「そうだった」
その楽しい気持ちのまま三人で通用口から入ると、昨日案内されたヨゼフのいる部屋へ向かった。
「おはようございます!」
「君か」
ヨゼフに顔を見るなりはあっとため息をつかれたが、サラには納得できない態度である。少なくとも昨日麻痺草をたくさん納めて役に立っているではないか。
「それに部外者を連れてくるなとも言ったよ。しかも今日は二人。って、あなたは」
ヨゼフはがたっと椅子から立ち上がった。
「うむ。よく考えれば表から来ればよかったかもしれん。子どもたちと一緒にいてつい浮かれてしまってな」
ライは髭をひねりながらヨゼフに答えている。
「私はライオット・ウルヴァリエ。ハイドレンジアの領主で、サラの後見をしているものだ」
「存じております。ライオット殿。私はヨゼフ・バンガード。バンガード伯爵家の二男です」
「ほう。チェスター殿のところの」
サラは体を耳にしてそのやり取りを聞いていた。伯爵家というのもいちおう頭に入れておくとして、チェスターと言うのは薬師ギルド長ではなかったか。
「父と同じ道を歩むか。それもよい」
意地悪ですけどねとサラは心の中で付け足した。そんなサラの声が聞こえたかのようにサラをじろっとにらんだヨゼフは、それでも丁寧な態度でライに向き合った。
「では昨日のことはサラから聞いていると思いますが。今日は危険なところへは行かせませんので、ご安心を」
要は昨日と同じようにモナとヘザーとすることもなく部屋でぼんやりしていろということだろう。
「いや、今日はサラが、薬師ギルド長と話がしたいというので付いてきた。案内してくれ」
「はあ?」
目上の者にその態度はないだろうとサラは思ったが、ヨゼフは眉をひそめた。
「ご存じのように今は渡り竜に対する実験が二つ行われていて、薬師ギルドはものすごく忙しいんです。サラのような新人薬師は会いたいと言って会える立場ではないし、ライオット殿については、ギルド長にご用がおありでしたら、面会の約束を取って改めておいでください」
ある意味言っていることは正しいのだが、サラはローザでテッドに門前払いを食らったことを思い出してちょっと悲しくなった。
「そうか。それではもう少しはっきりわかるように言おうか」
ライオットは気軽な態度をすっと引っ込め、姿勢を正した。そうすると途端に威厳のようなものが湧き出て見えるからさすが元騎士隊長である。
「私は招かれ人であるこのイチノーク・ラサーラサの後見人としてこちらに来ている」
「はあ?」
さっきと反応が同じだよねとサラは突っ込むところだった。それに、まだその設定が生きていたんだと途方に暮れそうになった。ラサーラサってなんだ。
「ラサーラサは、自らに結界を張る絶対防御の力を持つ」
バリアを絶対防御と言われて、サラはうっと喉が詰まりそうになった。そんなにかっこいいものではないのに。
「ゆえにワイバーンの攻撃すら防ぐ。その絶対防御の力を持つ招かれ人が、薬師ギルドの窮状を見て、自らが危険な採取に向かおうかと提案しようとしているのだが、それでも取り次がぬか」
「くっ」
ライに付いてきてもらってよかったと、サラは心から思った。サラにはこんな簡潔に、しかもかっこよく説明する自信はなかった。
「では付いてきてください」
すぐ案内できる立場のくせにもったいをつけるんだからと、サラはその後ろ姿に舌を出したくなったが、確かにギルド長のような忙しい人に対しては正しい対応なので、ぐっと我慢する。
それでも少し廊下を移動しただけで目的地に着いた。だが、そこはサラが想像したようなギルド長室ではなかった。
「広い!」
「メインの作業部屋だ。地方にはこれほどのものはないだろうがな」
自慢げなヨゼフに、地方に行ったことがあるんですかと言い返しそうになったが、サラは素直に感嘆することにした。
ハイドレンジアの作業部屋の10倍はありそうな大きな部屋は、小さめの体育館くらいの広さがあり、テーブルをうまく配置して四つのスペースに分かれている。だが、忙しそうにしているのはそのうち二つだけだ。サラは鼻をひくりと動かした。
「解麻痺薬と、魔力薬」
「新米といえど薬師。当然だね」
ヨゼフに連れられた見慣れぬ二人は、手の空いていた薬師の注意を引き、あれは誰だというざわめきが大きくなっていく。そのざわめきに集中力をそがれたのか、解麻痺薬の匂いのするテーブルから聞き覚えのあるチッという舌打ちが聞こえたと同時に、テッドの声がした。
「お前、サラ!」
「俺もいるけどな」
ずっと静かにしていたアレンがぼそっとつぶやいたので、サラは不謹慎にも笑い出しそうになったが我慢する。
「ギルド長! お客です」
「なんだ、この忙しい時に」
意外なことに、魔力薬のテーブルにいたのがギルド長だった。白髪交じりの金の髪を後ろに流して厳しい顔をしているが、確かにヨゼフとよく似た人がつかつかとこちらに歩いてきた。
「あなたは! ライオットではないですか。お久しぶりです。王都に戻っておられたとは」
「久しいな、チェスター」
サラは意図せずヨゼフと目を合わせてしまった。知り合いだとは知らなかったが、ヨゼフも同じだったのだろう。その親しげな様子が意外だった。が、確かにネリーとライオットの間くらいの年に見えるチェスターは、ライオットが騎士隊の隊長だったころにも王都で薬師として活躍していたことだろう。それに、貴族同士なら知り合いである可能性は高い。
そのギルド長に少し遅れてテッドもやってきた。
「どうした、サラ」
「うん、ちょっとギルド長にお願いしたいことがあってきたの」
二人が普通に話した時のざわめきは、サラたちが姿を現した時より大きかった。
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