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招かれ人だもの

 その日、ネリーの隣でベッドにもぐりこみ、暗い天井を見ながら、王都に来たばかりなのに、ずいぶん長い一日だったとサラは思う。ずっと違和感のあったアレンの問題も理解できたし、クリスの思わぬ告白もあった。


 だが、これで何もかもうまくいったのかと思うと、そんなことはない。


 サラは何が心に引っ掛かっているのだろうと整理してみることにした。


 まず宰相家の人との婚約。


 これは断る一択なので、不愉快だが気にかかっているとは言えない。


 次に、薬師ギルドの問題。


 途端に胸がもやもやして、サラの気にかかっていることはあっけなく明らかになった。


 本当は今日、アレンに言われるまで、サラは薬師ギルドで冷遇されていることをあまり気にしていなかった。今までだって、どこにいても、自分のできることをたんたんとやってきたのだし。ハイドレンジアに帰れば、またもとの楽しい生活に戻れる、それまでの我慢だと思っていた。


 でも、本当にそれでいいんだろうか。


 サラはぱたりと寝返りを打った。


「サラのバリアは親しい人は通してしまう、か。親しい人ができればできるほど危険になっていくってアレンは言ってた」


 今日のアレンの心の爆発の一番大きな原因は、サラを失ってしまうかも知れないという恐怖心であり、そしてそれは家族がいないという悲しさによるものだったのだろう。だが、それが解決したからといって、アレンが指摘したサラの問題が消えたわけではない。


 サラはまた天井を向くと、目の前に手をかざした。


「バリアは、ある」


 サラのバリアは寝ている時も体に薄く張り付いており、滅多なことでははずれることはない。


「だけど過信しては駄目だってわかった。それならどうする?」


 ネリーに聞いたら、鍛えるしかないというだろう。もちろん、サラも、驚いてもバリアが外れないようにするためにはどう鍛えるべきかは考えるつもりだ。


 だがサラの心をもっと悩ませているのは、今日親しくなったばかりのモナとヘザーを巻き込んでしまったことなのだ。


 クンツも巻き込まれて気の毒ではあったが、クンツはハンターだ。何かあってもある程度自分の身を守ることはできる。けれども、アレンのおかげで、薬師ではあっても一般人で魔物にどう対処していいかわからない人を、自分の事情に巻き込むのはとても危険であると知ることができた。


 そんなサラのことは、アレンが守ってくれるという。それはとても嬉しい。だけど、サラにはそれも引っ掛かるのだ。


 ライに言わせると、サラは招かれ人だから守られて当然だという。


 だが、ローザに招かれ人のハルトがやって来た時、ハルトは一人だったし、誰にも守られていなかった。確かその時のハルトは今のサラと同じくらいの年のはずだ。無茶なことばかりしていたが、人に頼って守ってもらおうとはしていなかったと思う。


 サラはかざした手を胸の前でギュッと握った。


「私が、臆病だからだ」


 サラは目立ちたくない。単純に人に注目されるのも嫌だし、特別扱いされるのも嫌だ。それにローザにいた時は、自分の力を知られないほうがいいと思っていたし、ネリーと再会してからも、ちゃんと後見ができるまでは招かれ人だとばれないように過ごしていた。


 だが。


「もう後見をしてもらって一年になるんだ。それに親しい人は皆、私が招かれ人だって知ってる。それなのに、なぜ堂々と招かれ人だと言わず、新米薬師としてギルドにいるんだろう」


 サラが招かれ人だときちんと主張すれば、身分によって態度を変える薬師ギルドでは、誰もサラを侮れなくなる。


「その代わり、私を利用したい人にゴマをすられて、遠巻きにされちゃう」


 誰かと楽しくお昼を囲んだり、新米薬師として切磋琢磨したりすることはなくなってしまう。もちろん、モナとヘザーとも知り合えさえしなかっただろう。代わりにヨゼフとかテッドとかと並んで働くことになる。


 サラはそれを想像して、思わず鼻の頭にしわを寄せた。


「自分が普通でいたい、っていう気持ちが、逆に皆に手間をかけさせて、皆の生活を普通じゃなくさせてるってことだよね」

「サラ」


 サラは声をかけられたことにドキッとしながらネリーのほうに寝返りを打った。窓際のベッドに寝ていたはずのネリーがベッドの縁に腰かけている。


「ごめんね。ぶつぶつ言って起こしちゃったね」


 頭の中だけで考えていればよかったのに、うっかり口に出していたせいでネリーを起こしてしまったことをサラは申し訳なく思う。


 ネリーは立ち上がると、サラのベッドの縁に浅く腰かけた。


「いや、寝返りが多かったから、眠れないのかと思ってな。今日はいろいろあっただろう」


 ネリーの手がサラの頭で優しくぽすぽすと跳ねた。悩みは変わらないけれど、なんだか嬉しくてサラはニヤニヤしてしまう。


「あまりに原因が多すぎて、何が気になっているのかさっぱり想像がつかないんだが。よかったら、その、聞かせてくれないか」


 ネリーはあまり立ち入ったことは聞かないタイプだ。そのネリーに聞かせてくれと言われるほど心配かけていたのだと思うとやっぱり申し訳なさが先に立つ。


 だが、そう言われて改めて考えてみると、悩んでいることは一つしかない。


「アレンのことじゃないの。アレンはもうだいぶすっきりしたみたいだし。それに、私のバリアのことでもないし」


 ネリーが想像する原因ではないんだよと、いくつか例として挙げてみるサラである。サラは薬師ギルドでどうしたいかということが一番気になっているのである。


「あのね。薬師ギルドに、招かれ人だって言うべきかどうか悩んでるの。ううん」


 サラは口に出してみて、悩み事はそこではないと気付き、ガバッと体を起こした。


「招かれ人だということを公表して、やらせてもらいたい仕事があるの」


 目立たずにいたいと隠れている時期はもう終わったのだ。



 次の日の朝、サラは寝不足だったが、サラの話を聞かされたネリーも寝不足で、朝食の席でも二人でこっそりあくびをする始末だ。


 一方で言いたいことを口に出せたアレンとクリスはすっきりした顔をしているし、ライとクンツは通常営業である。


「サラ、ネフェル。どうした、眠そうな顔をして」


 ライはそう言ってちらりとアレンに目をやった。昨日のアレンの件で眠れなかったのかと遠回しに聞いているのである。


「昨日の夜、ずっと考えていたことがあって、なかなか眠れなかったんです」


 サラは正直に言い、そしてライが声をかけてくれたことをありがたいとも思った。純粋に心配してくれたことが嬉しかっただけでなく、ライにお願いしたいことがあったからだ。


「私、薬師ギルドで、招かれ人だということを公表しようと思うんです」

「なんと、それは」


 ライは心底驚いたという顔をした。


「それはまったくかまわないと思うが、てっきりサラは、招かれ人だということを隠したいんだと思っていたぞ」


 その通りだ。


「でも、ハイドレンジアではぜんぜん隠していないし、招かれ人がハイドレンジアで後見されているということ自体は知られているんですよね、婚約の打診が来るということは」

「それはもちろんだ。だがいいのか。おそらくうるさくなるぞ」


 後見があると言っても若い娘のこと、自分のところに取り込もうという貴族も出てくるだろうし、甘い汁の分け前にあずかろうとすり寄ってくる人も出てくるかもしれない。サラに言わせれば甘い汁なんてどこにもないのだけれども。


「それでも、招かれ人だということを黙っていることで問題に巻き込んでしまう人が出るのはもっと嫌なんです。昨日できた知り合いみたいに」

「平民の薬師か。カレンの頃もそうだったが、王都の薬師ギルドは平民と女性にはいまだに厳しいようだな」


 クリスはどこか他人ごとだ。だがサラも、そのことについては今は問題視するつもりはない。身分差のある世界で平等を叫ぶには力がいる。サラにできるのは、まだ自分の身の周りのことだけだ。


「はい。でもそれだけではないんです」


 本当は朝にするような簡単な話ではないのだが、サラはちゃんと理由を話しておきたかった。


「私は薬師のお手伝いとして派遣されましたが、実際にはまず麻痺草が少なすぎて、解麻痺薬を作るどころの騒ぎではなく、はっきり言って薬師が余っている状態なんです」

「どこの薬師ギルドでも、薬草類の確保は頭の痛い問題だからな。今回はギルド長のチェスターとは竜の忌避薬の実験についてしか話し合っていないから、そこまで麻痺草が不足しているとは知らなかった」

「解麻痺薬はテッドが中心に作っているみたいですよ」


 サラは昨日見た情報をさっそく伝えた。


「テッドが王都所属になった話は聞いたが、そうか。ローザで麻痺薬の研究をしたことがちゃんとテッドの役に立っているな」


 クリスが苦笑している。ローザでクリスがネリーのためにと研究していた麻痺薬の大半はサラが採ってきた麻痺草と魔力草によるものだから、サラも貢献したといって差し支えないわけである。しかしテッドのことで和んでいる場合ではない。


「それで私も昨日採取に出されて、見事に麻痺草を採ってきたわけですけれども、はっきり言ってあのヨゼフという腹黒い薬師はまったく期待していなかったと思うんですよ。人手が余っていたから、意地悪として外に出されただけで。ついでに薬草の一本でも手に入ればいいかくらいの気持ちだったんでしょう。わざわざハイドレンジアから呼び出したのにですよ」


 サラは話しているうちに腹が立ってきたが、ふうと大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせた。


「ハイドレンジアでは、私も暇なときは採取もしているので、今は薬草類が足りないことはないですが、クリスが言ったように、王都をはじめどこの薬師ギルドも薬草はだいたい足りないと思うんです。だから、どうせ今、王都で人手が余っているなら」


 サラはふんと鼻息荒く宣言した。


「余った人材で採取班を作って、安全に薬草採取をし、かつ麻痺薬を提供する仕組みを作りたいんです。そして招かれ人として私がそれを監修します」


「転生少女はまず一歩からはじめたい」5巻、9月25日発売です!

コミカライズ1,2巻も好評発売中。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 楽しみに読ませていただいてます。 [一言] 主人公が身分を明かさなくても、「クリフの弟子」の立場を利用して、クリフから直接なり、間接なり「薬草の採取」を身分関係なく薬師もやるように話をさせ…
[一言] 不特定多数、しかも肩書があったり上の立場だったりする輩は薬草類は購入するか誰かが薬師ギルドに持ってくるのが当たり前で自力で頭と体を使って入手するのは平民や平民以下が自分達に献上るのが当たり前…
[一言] 冒険者の護衛を雇って薬師で採集することさえ しなかったってなんでだろうねえ? 頭が悪かった?特権意識?慣例?無責任体制?
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