あずまやにて
マグコミさんにてコミカライズ、昨日更新されてます!
ハンターギルドの身分証をもらったところで楽しいですよ!
「なるほど、確かに人は驚いたらとっさに身体強化はかけられないんだね」
「勘弁してくれよ、サラ」
ぎこちないながらも部屋に笑いが落ちる。
その時、今まで何も言わなかったクリスがすっと立ち上がった。
「ちょっと出てくる」
そしてそのまま静かに部屋を出て行った。
アレンがまだ赤い目を伏せた。
「俺、どう考えても言い過ぎだったよな……」
「なに、クリスがそのくらいのことを気にするわけがない。一人になりたいこともあるだろう。ほうっておけ」
クリスには厳しいネリーが言い捨てたが、その目は心配そうにクリスが出た扉のほうを向いていた。
サラもちょっと不思議に思った。クリスは勝手な人ではあるが、思いやりがないわけではない。アレンが必死な様子を見て、一言も声をかけないということは普段ならありえないと思う。
そんな空気の中、改めてアレンが皆に頭を下げた。
「皆、特にサラとクンツ、さっきは本当に悪かった。ごめんな。俺、勝手に煮詰まって、かえって迷惑かけた」
「いやいや」
と首を横に振ったのは大人組で、サラとクンツは気軽にアレンに肩をぶつけに行った。もうわだかまりは一切ない。
「では、そろそろ食事に行こうか」
ライに言われて、すっかり食事を忘れていたことに気づいたサラだったが、その食事にもクリスが姿を見せることはなかった。
その夕食の終わり、管理人がやってきて、ライの耳元でなにかをささやいている。しかしそれはサラたちにも聞こえるような声だった。
「クリス様は、珍しく、東側の庭のあずまやにいらっしゃいます」
ネリーはすぐさま立ち上がったが、アレンに止められた。
「ネリー。俺が行ってみる」
「だがな」
確かにネリーが行けばクリスはどんな時でも大喜びで、そしてその結果この問題はうやむやになってしまうだろう。
「俺のせいじゃないかもしれないけど、ちゃんと話してくるから」
「そうか。ではアレンが見てきてくれ」
「ああ。行ってくる」
アレンはさっと身をひるがえすとハンターらしい身のこなしでスタスタと部屋から出て行った。
それを見送ってサラもさっと立ち上がった。
「よし、付いて行こう」
「アレンに任せないのか?」
ネリーが驚いた顔でサラを見上げた。
「任せるよ。任せるけど、なんでクリスがあんな態度だったのか気になるじゃない」
「確かに、逃げ出すようなそぶりはクリスらしくないというか、いや、ゴホン」
慌ててごまかさなくてもいいと思う。
「あずまやってどこにあるか、ネリーわかる?」
「ああ」
「じゃあ、こっそり見に行こうよ」
「そうするか」
結局、サラとネリーだけでなくクンツとライも行くことになり、別の経路であずまやに向かうことになった。
「それにしても、なんでアレンはあずまやにスタスタ行けたの? 私は知らないのに」
ライが顎の髭をひねってふっと笑った。
「あいつはサラの護衛だぞ。タウンハウスのすべての場所を確認済みだ」
「えっ」
サラのためだと聞いてなんとなく頬が熱くなり、それ以上何も言えなくなった。サラがネリーと一緒の部屋でキャッキャと楽しく過ごしていた時にアレンはきちんと安全の確認をしていたなんて、自分ののんきさが恥ずかしくなるレベルだ。
「おや、アレンより早く着いたぞ」
ライが教えてくれたが、付いていくべきだとすぐに自分が決断したおかげだと、サラは一人で胸を張った。
「クリス……」
だがネリーは、一人あずまやにたたずむクリスを見て心配そうに名前を口にしている。
既に日も暮れたなか、そろそろ冬に向かおうとする季節である。庭の気温は急激に下がろうとしている。そんな中、小さい明かりが灯されたあずまやに座りながら、クリスは部屋にいた時のように天を仰いでいた。
「しっ。アレンがやってきた」
ライに指示されて、きれいに刈り込まれた植木に隠れるように身をひそめた。
アレンは迷いなくクリスの元に向かうと、足を止めた。
「クリス」
「アレン……か。どうした」
その、言葉を選ぶような口調もいつものクリスらしくないような気がして、サラは思わず身じろぎ、ライに静かにするように制された。
「どうしたは、クリスのほうだよ。急にいなくなって食事にも来ないから、皆心配してたぞ。明日も実験があるんだから、ちゃんと食べないと」
「そうか。そうだな」
実験も食事も、頭になかったという口調だ。薬師一筋で、この実験のために一年間を捧げてきた人の言葉とは思えない。
アレンはクリスの隣にポスンと腰を下ろした。微妙に距離が空いているが、それがこの二人の心の距離そのものだろう。アレンはちょっと咳払いしてから、ぽつりと謝罪した。
「クリス。さっきはすまなかった」
「なんのことだ?」
聞き返したクリスは、本当に何を謝られているのかわからないようだ。
「おれ、クリスのこと、サラに無茶させてるって責めたから。それに勝手に熱くなって騒いでしまった」
「ああ、そんなことか。いや、サラに無茶させているのは自覚があったし、若いうちはそんなものだ」
無茶させてる自覚はあったんだと、サラは心で激しく突っ込んだ。
だが、誰もが若いからと温かい目で見るのも、アレンにとっては恥ずかしいことなんだろうなと気の毒にも思う。
「そのことじゃないなら、なんで一人でここにいるんだ? ネリーが心配してたぞ」
「ネフがか! それはいいことを聞いた」
途端にネリーがもぞっと動いたので、ライに静かにするよう合図されている。同時に、こっそり隠れて聞いていることに少し罪悪感が湧いてきた。
「ネフには心配をかけたと謝らねばならんな」
隣でネリーが深く頷いている。やっぱり心配していたんじゃないとからかいたくなるが我慢する。
「ああ、すまないな。質問は、なぜここに一人でいるか、だったな」
クリスはずれた話の方向を自分で修正すると、ふーっと大きなため息をつく。
「私はデルトモント伯爵家の優秀な三男として、幼い頃から何不自由なく育ち、相応の評価を得てきた」
いきなりのクリスの自分語りに少し戸惑うが、興味深くもある。
「薬師ギルドに入りたての十代の頃はいろいろあったが、他人の思惑など気にするだけ無駄だし、実力で跳ね返せばいい。家の力を使ってもいい。ネフと出会ってからは大切なのは私の美しいネフと薬師としての自分だけ。それでなんの問題もなく過ごしてきたんだ」
とてもクリスらしいと、うんうんと頷いたのが全員だったため、今度はライには注意されずにすんだ。
「アレン、もっとそばに」
「え、うん」
意外な言葉に戸惑いながら、アレンがほんの少しクリスに近づく。
「もっとだ」
サラたちから見ると、アレンはベンチに座っているクリスの陰に隠れているから表情は見えないけれど、きっととても戸惑っているに違いないと想像できた。そもそもアレンはネリーの弟子であって、クリスとは特に親しくしていたということもないからだ。
「サラ」
「ひゃっ」
クリスがいきなりサラのことを呼んだので、驚いて思わず声を出してしまった。
クリスがくすっと笑った気配がして、サラたちがいたことは最初からばれていたんだと気がつき、少々気まずい植木の陰の四人組である。
「サラも隣に」
「は、はい」
来いと言われれば行く。なんだかんだ言っても、そのくらいにはクリスのことを師匠として尊敬していたのでサラは迷わずにクリスの元に歩み寄った。そして今度は少し迷いながら、クリスを挟んでアレンとは反対側にそっと腰を下ろす。
「二人とも、もっとそばに」
言われた通りにすると、クリスと体がくっつくことになる。一四歳のサラとアレンはそのことに若干の抵抗を感じるが、顔を見合わせてそばに寄った。そうしないと話が進まないからだ。
すると、クリスはすっと腕を後ろに回して、サラとアレンの腰を抱いて自分に引き寄せた。
「いっ」
「うっ」
驚きすぎて変な声が出てしまったが、クリスはほうっと息を吐いて満足そうにしている。
クリスはよく、ネリーに手を差し出したりネリーにまとわりついたりしているが、不用意に人の体に触れるようなことはない。もちろん、サラにもだ。
だから、まるで父親か何かのようにクリスがサラを抱き寄せるなどしたこともないし、することなど想像もできず、サラもアレンもそのまま固まってしまった。後ろで息をのむ気配もするから、ネリーたちも驚いているのに違いない。
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