サラの弱点
「サラ!」
ネリーが同じく呆然としているクンツを少し乱暴にどかし、サラの頭に手を回してゆっくりと起こしてくれた。
「大丈夫か」
「少し、背中が痛い」
「よし、ポーションだ」
ネリーがすかさずポーチからポーションを出したので、サラはちょっと笑ってしまった。
「ネリー、それ上級ポーションだよ」
「なに、これでだいたい治る」
「ネリーったら。まるで魔の山にいた時、みたい……」
「サラ、泣くな」
ネリーがおろおろしているが、背中が少し痛くて打ち身になるくらいなんてことない。ポーションじゃなくて薬草を張り付けておくだけで明日には治る程度だ。だけど、サラは信頼していたアレンがこんな乱暴なことをしたことがただただ悲しかった。
そんなサラをアレンは苦しそうな顔で、だが目をそらさずに見ている。
「アレン、お前何するんだよ、いきなり!」
クンツも飛び起きてアレンの胸元をつかんだ。
「悪いなって言っただろう」
「それで済むかよ! サラが怪我したらどうするんだ!」
アレンはふっと片方の口元だけあげると、苦しそうにサラを呼んだ。
「サラ」
サラは唇が震えて返事ができなかった。どんな状況でも負けずに立ち向かってきたが、親しい相手に攻撃されて心が受け止めきれない。
「俺、ずっと思ってた。サラのバリアには致命的な欠陥があるって。ハルトたちと一緒に、魔の山に向かった時からずっと頭の隅に引っかかってたんだ」
「それとこれがどう関係あるんだよ!」
クンツがサラの思っていることを代弁してくれる。
「いいか。サラのバリアは何でも弾くが、自分が心を許した相手はそのまま通してしまう。今のクンツみたいにな」
サラは思わず目を見開いた。サラを支えてくれているネリーの体にも緊張が走る。
「前はそれでもよかったんだ。サラの親しい人は、ネリーに俺。ローザのギルド長に副ギルド長。それにクリス。皆強いやつらばかりだった」
普段なら、自分のことを強いって言ってるぜと、クンツがアレンのことをからかっていたことだろう。
「だけど、カメリアに行くまでの間に、そしてカメリアで、サラはテッドも親しい人の中に入れてしまった。今のサラはテッドを弾くことはおそらくないだろう」
「それは! たぶんそうだけど。だってテッドは旅の仲間だったし。もう私たちに何もしたりしないでしょ?」
サラは意外なことを言われて少し混乱していた。確かにテッドはアレンにひどいことをしたけど、それはサラの中でもアレンの中でも終わっていることだと思っていた。
「それは俺も信じてる。テッドが俺たちを害することはもうないって」
「じゃあなんでそんなこと言うの?」
「テッドは弱い」
テッドは態度は大きいし強気だし、魔力量もそこそこ多い。だがクリスと違って魔法師としてハンターと同等に戦えるということは絶対にない。
「カメリアでも知り合いがたくさんできた。だけど、おもに薬師だろ。あいつらは皆弱いんだ」
「ハンターじゃないんだもん。当たり前でしょ?」
「当たり前。そうだよ。だけど、そんな中にいて、サラの存在は当たり前じゃないんだ」
サラは招かれ人で魔力は無限に使える。しかもその防御力でハンターにも一目置かれる存在だ。
「だけど、だけど」
「だから、今日の薬師のような奴に目を付けられる。意地悪で、ずるがしこい奴だ。自分より下の奴には大きい態度に出て、そいつが自分より秀でているところがあったら陥れようとするような」
ローザではそれがテッドだった。だけど、カメリアではそんな人はいなかったではないかとサラは言いたかった。
「そしてさっそく手を出してきただろう。サラだけなら俺も心配はしない。だけど、あいつは人質を取った」
「人質? モナとヘザーのこと?」
「そうだ」
サラは未だに頭が追い付いていなかった。人質とは、向こうが確保するものではなかったか?
そこにクリスが静かに口を挟んだ。
「話を聞いていると、人質と言うより、足手まといと言ったほうが正しいだろうな」
確かにサラほど成果を上げることができたわけはない。だがサラは彼女たちを足手まといとは思わないのだが。
「サラがバリアをあの子たちにも広げる前、もし俺がいなくて、ツノウサギがあの子たちに飛びかかったらどうなった?」
「それは……」
サラが完全に油断していたことは確かだ。まさか危険な場所には採取に出さないだろうという思い込みと、アレンがいるという安心感と。自分のせいで二人が怪我をしたかもしれないという可能性に、サラは思わずうつむいた。
「サラ。違うよ。悪いけど、俺はあの子たちが怪我をするかしないかはどうでもいいと思ってる」
サラはその言葉に驚いてアレンを見上げた。
「あの子たちがツノウサギに飛びかかられて、思わずサラの方に倒れこんだら? サラが今みたいに一緒に倒れて、驚いてバリアを外してしまったら?」
サラは思わず自分を抱きしめた。
「バリアが、ない」
「人は驚いたらそんなものなんだ。俺だってそんな状況で身体強化を続けているのは難しいよ」
サラはアレンの言いたいことがようやっとわかって来た。
「サラのバリアはワイバーンだって防げる。だけど、親しい人は弾かない。ハイドレンジアはいいんだ。悪だくみする人はいないから。だけど王都は?」
アレンは体の横でこぶしをきつく握った。
「サラを欲しがったり、サラを利用したりする奴がたくさんいるんだ。そういう人たちはずるくて、サラに親しい人ができればできるほど危険になっていく」
「でも、でも。安全のために親しい人を作らないようにするなんてできないよ」
アレンの言うこともわかるが、人を避けては生きていけない。少なくともサラはそうだ。
「わかってる。わかってるよ。だからさ、俺がライに頼んだんだ。サラが王都にいる間、陰から護衛をしたいって。だから王都に一緒に行かせてくれって。サラに何もなければそれでいい。ずっと黙ってようと思ってた。ハイドレンジアに戻れば何もなかったですむからさ」
「アレン……」
アレンがサラのことを心配してくれていたのがわかって、サラの涙も止まり、少し震えていた体も落ち着いた。
だがアレンは吐き捨てるように言った。
「だけど、初日からこれだ。まだ一日目なのに、さっそくサラにちょっかいを掛けてくる奴が出た。薬師ギルドにかかわる仕事でよかったことなんて、今まで一度だってないんだ。やっぱりだ」
アレンの言葉にクリスが眉をひそめた。
「落ち着け、アレン。薬師ギルドで何かあったのか」
「あったさ! 採取の知識も、身を守る力もない新人の薬師二人と一緒に、草原に採取に出されたんだ!」
クリスはそれがどうしたという顔をしている。そもそも採取に回されるだろうということはクリスも予想していたし、サラにも忠告してあったからだろう。
アレンは苛立ったように腰のポーチからツノウサギを次々と放り出した。
「今日、昼近くから一日分。サラたちを襲おうとしていたツノウサギだ」
「まさか。草原にツノウサギが増えているのか?」
アレンはわからないと首を横に振った。
「もっと町から離れればツノウサギがいるのは俺も知ってる。町のそばにはめったに出ないってことも。実際、ローザに行く前は王都の周辺で狩りをしたこともあるから。だけど、たぶん渡り竜のせいで少し変わってるんだと思う」
「渡り竜が麻痺薬で落とされることによって、草原で捕食する量が減った。あるいは草原に降りることがまれになりツノウサギが安全とみなし集まって来た可能性がある、ということか」
その推測は合っているように感じるが、事実かどうかは一日だけの観察ではわからない。
「だけど、事実としてツノウサギはいた。そしてサラたちを襲おうとしてた」
アレンは冷静なクリスを苛立たしそうににらみつけ、それから視線をサラに戻した。
「こうなったら、こっそり護衛なんて無理だ。だけど俺が護衛するって言っても、サラは遠慮するだろうし、無理について行っても、友だちが一緒で楽しいとしか思わないし、警戒もしないんだ」
確かに今日一日、アレンがそばにいたのはとても嬉しかった。
「だからこれしかなかった。サラ自身に、バリアは安全じゃないって身をもってわかってもらいたかったんだ」
アレンがサラを思いやっての行動だということはわかったし、その気持ちも伝わって来た。だが、まだ何か違和感が残る。ネリーも同じことを思ったのか、サラを支えて起き上がらせると、アレンのほうに体の向きを変えた。
「だがアレン。口下手な私とは違い、アレンはきちんと話ができるだろう。心にかかっていることを皆に話して、相談すればよかったのではないか。もっと穏便なやり方もあっただろう」
アレンはうつむいた。そしてぽつりとこぼした言葉は、アレンらしくないものだった。
「皆には俺の気持ちはわかりっこない」
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