突然のことで
「やあ、遅かったね」
荷馬車の迎えが遅かったせいなのだが、そんなことを言っても仕方がない。ヨゼフはその一言の後、すぐ後ろに付いてきたアレンを見て目を険しくした。
「部外者が勝手に入らないでくれないか」
アレンは無言のまま肩をすくめると、収納ポーチから次々とツノウサギを出し始めた。
その数、12。
ツノウサギはかなり大きいから、12匹はずいぶん場所をとった。ヨゼフの他、調薬していた薬師たちも思わず手を止めて積まれていくツノウサギを眺めていた。
「なんの真似かな。ここはハンターギルドではないよ」
ヨゼフは目を険しくしたままアレンを睨みつけたが、アレンはどこ吹く風だ。
「これは今日、俺がこの薬師たちの護衛をしながら狩ったツノウサギだ。すべて彼女たちを狙っていた」
「なんだと。今日行かせたのは東の草原で、農地が広がっているあたりだ。町の近くにツノウサギなどいるわけがない」
「そう思うなら明日も他の薬師を採取に行かせるといい。よくて大怪我、下手をすれば死ぬ。それだけのことだ」
改めて、今日も油断していたらモナとヘザーに怪我をさせるところだったと気づいてサラは青くなった。同じく、モナとヘザーも青ざめている。
「俺は普段はハイドレンジアでハンターをしているから、王都の状況は知らない。だが、渡り竜の季節、草原の魔物も普段は違う動きをしているんじゃないのか。少なくとも今現在、東の草原に護衛なしで誰かを行かせるべきじゃない」
ヨゼフは普段の少し人を馬鹿にしたような表情を引っ込めると、そばにいた薬師に声をかけた。
「誰かハンターギルドに人をやってくれ。薬師ギルドのヨゼフが草原の魔物のことでうかがいたいことがあるから、事情のわかる人をすぐに寄こしてほしいと。それとここのギルド長にも」
少なくとも状況判断はできるようだ。
「確か君は、そこのハイドレンジアの薬師の護衛だったね」
「そうだ。俺はハイドレンジアのウルヴァリエ家から依頼を受け、彼女を護衛している」
「ウルヴァリエ。ハイドレンジアの領主か。カレンの実家ではなかったか」
ヨゼフは自分が勝手に思い込んでいたことが間違っていたことに気づき、悔しそうな顔をした。サラもアレンが依頼を受けて護衛をしていたとは気づかなかった自分にあきれはてた。普段と違うような気がすると思っていたが、本当に違っていた。だけど、話してくれてもいいのにとちょっと悔しい。
「君がいて幸運だったということか。感謝する」
アレンはその感謝を少し頭を下げるだけで黙って受け取った。
「モナ、ヘザー。そしてサラ」
サラの名前をちゃんと覚えているではないかと少しイラっとしたのは仕方がないと思う。
「知らなかったとはいえ危険な目に合わせてすまなかった。明日は別の仕事を考えるから、今日はもう帰っていい」
すまなかったという気持がかけらもこもっていないこの言葉を謝罪と思う人がいるだろうかと思ったが、サラは黙って収納ポーチから薬草かごを出して、ふたを開けた。
「モナ、ヘザーも、自分の採取した分は出していきましょう」
二人もおずおずと、少ないながらも自分の採った薬草類をテーブルの上に出した。
「今日採取した分です」
「これは、麻痺草か。薬草も。本当に東の草原に?」
ないと思うのなら、なぜ東の草原に向かわせたのか。やはり採取できなかったと言わせて馬鹿にするためだろう。
「街道沿いに生えてました」
なぜかヨゼフはアレンのほうを確かめるように見たので、アレンは頷いてみせている。
「いそいでテッドに知らせてくれ。これで明日も解麻痺薬が作れるぞ」
部屋はにわかに慌ただしくなった。
「会計は明日だ。君たちは帰っていい」
その大事な麻痺草を採って来たのは私たちですよとか、もっと丁寧な扱いをなどとは言わず、サラたちはそそくさと部屋を出た。
「あー、やっぱり意地悪されるところだったわ」
「早く帰ろう」
嘆くモナとヘザーと一緒に通用口から出ようとした時だった。
「サラ。お前」
サラと呼びかけたのはテッドの声だが、その後のお前は、アレンに気がついたからのようだ。
「チッ。アレンか。デカくなりやがって」
久しぶりにテッドの舌打ちを聞いて、変わってないなと安心するのはおかしいだろうか。アレンも大きくなったとはいえ、まだ大人ほど背が高いわけではないから、テッドよりは小さい。まるで親戚の若い叔父さんの言葉のようにも聞こえた。
「テッドか。カメリアから追い出されたか」
アレンが言い返していてサラは驚いた。
「違う。今は王都所属だ」
そして寒々しいながらもやはり会話が続いていることに驚く。
「まあいい。今は忙しい。また後で」
テッドはそう言い置いてヨゼフのいる部屋に入ってしまった。
サラとアレンは顎が外れるかと思うほど驚いて顔を見合わせる。
「「また後で? テッドが?」」
なにかあって人が変わったのだろうか。サラはそれを知りたいような知りたくないような気もしつつ、皆で足早に帰路についたのだった。
「それにしても、護衛を頼まれていたんならそう言ってくれればよかったのに」
サラは帰り道、アレンに正直に不満をぶちまけた。
「うん。正確に言うとちょっと違うんだ。それについては、タウンハウスに帰るまでちょっと待ってくれないか」
「いいけど」
黙っていた理由は話してくれそうなので、もう少し待つことにする。
サラとアレンが戻ると、タウンハウスには既に全員が戻ってきていて、和やかに話しながらサラたちの帰りを待っていたようだ。
「遅かったな、二人とも。今日の俺、かっこよかったぞ!」
クンツの明るい顔を見ると、さっそくクリスの実験は始まっていて、しかもうまくいったのだろう。
「おかげで私は暇だったがな」
ネリーの指名依頼は騎士隊からだから、クリスとは別の場所だったのだろう。そこから次々と話が広がっていくはずだったが、アレンは話に乗らず、サラの方を向いた。
「サラ、そこに立ってバリアを少し大きめに張ってくれ」
「バリアを?」
サラは普段でも無意識にバリアを張っているので、そのバリアを少し大きくするくらいのことはすぐにできる。意図はわからなかったが、アレンのことは信用しているので素直にその場所でバリアを大きくした。
アレンは真剣な表情のまま今度はクンツのほうを向き、すたすたと近寄った。
「アレン、俺」
つられて真剣な表情になったクンツの胸元にアレンの手が伸びた。
「悪いな」
「え? うわっ」
一瞬のことだった。アレンはクンツの胸元をつかんでそのまま持ち上げると、サラの方に放り投げたのだ。サラはそれをすべて見ていたが、感情も体の動きもまったく追いつかなかった。
ネリーが立ち上がって手を伸ばしたのと、クリスが何か叫んだのと、そして次第に近くなってくるクンツの背中が見える。
クンツは容易にバリアを通り抜けると、サラにぶつかりサラを巻き込んで床に倒れた。サラは床に背中を打ち付け、クンツに乗っかられたまま呆然と天井を見た。
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