ツノウサギ
「って、アレン、それ」
「きゃあ!」
アレンの足元に落ちているツノウサギに驚いて叫んだのはモナだ。
「うん。普段は馬車か急ぎ足の人しか通らない街道沿いで、あまり動かないいい獲物がいると思ったんだろうな。サラのバリアにぶつかるまえに仕留めたから、採取の邪魔にはならなかっただろ?」
にかっと笑ったアレンは、足元のツノウサギをポーチにしまい込んだ。五匹はいたように思う。
「これ、私とアレンがいたからいいけど、もしモナとヘザーの二人きりだったら……」
サラはぞっとし、その二人のほうに体を向けた。
「そもそも私がいたから採取に追いやられたとわかってはいるんですが、護衛なしでの採取を頼まれても、絶対引き受けないでくださいね。この状況、危険です」
「わ、わかったわ」
「うん、そうする」
真剣に頷いた二人にほっとすると、サラはこのことをハンターギルドや薬師ギルドは知っているのかと疑問に思った。話すのは嫌だけれど、ヨゼフには報告しなければならないと思うとちょっと気が重い。だがまずお昼だと思うと元気が出た。
サラはいつもポーチに食料が入ってるし、それはアレンも同じである。
モナもヘザーも自分用のお昼をちゃんと持ってきていたので、街道に近いところでご飯にすることにした。
「ハイドレンジアでは、希望者には温かいお弁当があるんですよ。もちろん、お金はかかるけど」
「それはいいわね。でも私たちは節約のために自分のお弁当だし、そうしている人と買っている人半々くらいかしら。薬師としてお給料はきちんともらっていても、なにがあるかわからないものね」
「それは堅実ですね」
サラもお弁当派だ。お昼くらいいつでもお申しつけくださいとウルヴァリエの料理人からは言われているけれど、サラは厨房を借りて、自分のお弁当はまとめて作らせてもらっていた。いつまでもウルヴァリエに後見してもらうわけにはいかない。いつか自立するときのために、自分でできることは自分でするのだ。
お弁当のおかずの交換こそしなかったが、食後にマーシャのクッキーなどを振る舞うと、
「本当にピクニックみたい」
と喜んでくれたのでサラも嬉しかった。
「さ、午後からも続けるよ」
薬草採取が楽しくなったモナが立ち上がったので、サラはそれを押しとどめた。
「モナ、せっかくのお昼休みですよ。休憩時間で実際にポーションを作ってみませんか?」
これはハイドレンジアの旅までの間、時々クリスがやっていたことだ。室内ではないので、品質が風と気温に左右されるきらいはあるけれど、採りたての薬草を使って作るポーションは品質がいいとクリスも言っていた。
「自分で採った薬草を自分で使う分には問題ないはずです。そもそもヨゼフは、『薬草を採取できなかった』とうつむく私たちを見て馬鹿にしたいだけのような気がするんですよね、私」
「そうかも」
納得のモナとヘザーである。
「だから、薬草が残らなければしおらしく叱られればいいし、薬草が採れたらニコニコしていればいいと思います」
意地悪をまともに受け取ると損をするのだ。ふんと鼻息荒いサラにアレンがくすっと笑みを漏らした。
「サラ、いつの間にかしぶとさが増してるな」
「強くならざるをえなかったよね」
「まあな」
今度は二人して苦笑である。何度も事件に巻き込まれれば自然と心も強くなるものだ。
サラのワイバーン三頭分のポーチには長いテーブルも入っている。
「そんなもの持ち歩いている人はいないわよ」
モナに笑われながらも、先ほど薬師ギルドでやったようにお互いに作り比べをし、ポーションの味見をし、できたポーションはこっそり自分たちのポーチにしまいこんだ。
「今日一日だけでもすごく勉強になったよ。これで薬師ギルドで何もすることがなくても、魔力を手元に集める訓練はできるよね」
ヘザーはそう言うと、手に架空のスプーンを持ってくるくる回している。
「そうね、こう、魔力を集め一定に注ぐ」
モナもサラも架空のスプーンを持ってくるくる空中で回していると、さっきヨゼフに馬鹿にされたことが頭に浮かんで、皆で笑い出してしまった。
「さ、午後からはモナは薬草、ヘザーは麻痺草を採取しましょう」
「ええ、せっかく薬草に調子が出てきたところだったのに」
ヘザーがぶつぶつ言うが、求められているのは麻痺草である。採取の素質のある人を遊ばせている暇はないとサラは判断した。
「はい、では午後の部を始めまーす」
モナもヘザーもサラより年上だけれど、それでも薬師ギルドで感じたように、同世代で同じことに興味を持つ人の集まりは部活動みたいで、サラはとても楽しい気持ちになる。
午後も半ばを過ぎると、ヘザーも一人で麻痺草を見つけ、採取できるようになった。アレンは相変わらず注意深く周りを観察し、着々とツノウサギを狩っているようだ。
「おーい、おーい」
荷馬車が迎えに来たのはそろそろ日も傾こうかという頃だった。
「遅くなって悪かったね。大丈夫だったかい。わあっ」
御者が叫んだのは、アレンの足元のツノウサギの山を見たからだろう。いつもはすぐに収納ポーチにしまうはずだから、午前も今も、わざとツノウサギを積んで見せたのに違いない。
「こんな近くにそんなにツノウサギが出るなんて。聞いてたらいくら仕事でも連れてこなかったよ……」
ということは、ツノウサギが増えていたとしても、町の人のうわさになるほどではないということでもある。
「町の外の、しかも街道から外れたところでじっとしている人なんてそんなにはいないから、気がつきにくいのかもしれない。でも農家の人たちは気がついていると思うんだけどな」
アレンは農地のほうを背伸びするように眺めた。
「農家はなあ。ツノウサギは作物に被害を及ぼすわけじゃないから、よほどのことがなければいちいちギルドに知らせたりしないと思うよ。それに彼らはたぶん結界箱を持ってるよ」
「結界箱!」
アレンはサラと目を合わせた。採取はその場でできるものだから、結界箱を使って少しずつ移動すれば、ツノウサギくらいなら防げるかもしれない。少なくともサラの結界箱は、高山オオカミも防ぐことができたはずだ。
「モナとヘザーは結界箱は持ってます?」
二人はとんでもないという顔で首を横に振った。
「必要ないもの。それに高価な物よ」
魔の山では日常的に必需品だったが、確かに使いもしないのに持っているものでもない。
アレンは真剣な顔で御者のほうを見た。
「けど、あなたからも薬師ギルドに報告してくれませんか。今日はたまたま俺がいたけど、普通の薬師ならかなり危ない状況だったって」
「わかったよ」
そうして町の薬師ギルドに着いた頃には、もう日もだいぶ陰っていた。
「普段は売店の当番でもない限りこんなに遅い時間までは仕事しないのよ」
「特に今はね。仕事がなくていいわねなんて嫌味を言われながら早く帰るわけ」
そんな王都の薬師事情を聞かされながら、ギルドの通用口からヨゼフのいた部屋に向かった。
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