楽しい薬草採取
コミカライズ2巻、昨日12日に発売されてます。
それから、書籍5巻も、9月25日発売予定です!
「えっと、私招かれ人で」
「え?」
「え?」
よほど意外だったのか、二人そろって首を傾げている。
「えっと、招かれ人っていうのはですね、ええと」
サラは困ってアレンのほうを見た。
「女神によって招かれた人。無限に魔力を使える」
「それです」
まずそこからの説明になる。
「え? ええ!」
まずヘザーに浸み込んだようだ。
「私知ってる! 招かれ人って、王都に二人いるんだよね。確かハンターをやってるって」
「今はたぶんローザ方面に行ってますよ」
「サラは、その二人以外の招かれ人なの? じゃあ今、トリルガイアには三人の招かれ人がいるんだね!」
三人の招かれ人という言い方がおかしくてサラは思わず笑ってしまった。でも、嘘だとかそんなふうに言われなくてほっとしたのも確かである。
「招かれ人は幼い姿で現れ、女性は貴族の屋敷の奥で大切に育てられると聞くよ。なんでサラはそんな平民みたいな格好で薬師をしているの?」
ヘザーが興味津々でサラに詰め寄った。
「なんでだか、王都じゃなくローザのそばに招かれたみたいなんです」
「ローザ。だからテッドなんだ!」
そのかかわりにすぐ思い至るところがすごいと思う。隣でモナも理解が追い付いてきたらしく、隣で腕を組んで頷いている。
「ローザは貴族じゃなく、テッドの実家が仕切っている珍しい土地だものね。だったら、テッドの家にお世話になっているの?」
「いえ、お世話になってるのはウルヴァリエです」
「ウルヴァリエ……。元騎士隊長。ハイドレンジアのご領主だ」
眼鏡があったらその縁がきらりと光っていたのではないかと思わせるモナの顔であった。
「すべてはつながったわ」
「もう?」
なぜ北のローザから南のハイドレンジアへ行ったのかとか、なぜ薬師になったのかとかいろいろ疑問に思うことはないのだろうか。
「サラが来てから疑問に思っていたことはだいたいわかったってこと。後はこれからじっくり聞かせてもらうつもり」
「その」
サラはちょっとうつむいた。
「私のこと、いろいろ優遇されててずるいって思いませんか?」
モナとヘザーは顔を見合わせてにっこりした。
「そもそも私たち、優遇されてる貴族と一緒に働いてて、毎日理不尽だなって思ってるわ」
「そう。それでも薬師になれたし、この渡り竜騒ぎが落ち着いたら、また理不尽だなって思いながらも楽しく薬師の仕事をするんだよ。もし王都にいるのが辛かったらどこかほかの土地に行けばいいの。どこでも薬師は歓迎されるよ。資格持ちは強いんだよ」
だからね、と二人は微笑んだ。
「サラが招かれ人なら、優遇されて当然だと思うわ。でもなぜか優遇されずに、薬草採取に出されてるのがすごく笑えるけど」
「私たちのことも覚えていて、いつか優遇してくれていいんだからね」
明るく笑う二人は、出会ったころのアレンを思い出させた。
魔力の圧が強くて避けられてもそういうものだと平然としていた。三層の子ですらないと言われても、自分の力できちんと生きようとしていた。
「サラは身分を気にしすぎなんだよ。俺らはやりたいことは貴族じゃなくてもできてるだろ」
「うん。そうかも」
「そうかもじゃなくて、私は招かれ人なんだから優遇しなさいって言ったっていいのよ」
モナがあきれたようにわらの先っぽでサラをつついた。
「でも私、目立ちたくないんです。カレンにも、招かれ人だからじゃなくて、解麻痺薬の作り方がうまいからって推薦されたんだもの。薬草採取も好きだし、できればこのままずっと目立たないままでいたいです」
「あのテッドに気にかけてもらってるっていうだけでもう十分目立ってるよ」
「ですよね。ほんとにテッドはもう。仲良しでもなんでもないのに」
そんな話をしているうちに、どうやら王都の西側の草原に出たようだ。
「ほーい、お嬢さん方、指定の場所に着いたよ。けどこんなとこで薬草採取なんてできるのかい」
御者が街道から少し外れたところに荷馬車を止めてあたりを見渡した。向こうのほうにダンジョンがあるからか、人通りは多い。
「はじめて来たから、正直言って、わからないの」
身軽に飛び降りたサラと違って、モナとヘザーはアレンに支えられて降りており、ちょっともじもじしている。
サラはざっと周りを見渡すと、街道と草原の境目あたりに目を付けた。植生がちょっと変わるところ、そこが麻痺草のポイントのような気がする。
「ここの街道は結界に守られていないんだね」
「そんなのローザ付近だけだぞ。もっとも、結界はまともに効いてなかったけどな」
サラの観察にアレンは苦笑いである。けれどもすぐに真面目な顔に戻った。
「俺が周りを見張ってる。ツノウサギなんかも見ててやるから、できるだけ三人固まって行動してくれ」
はーいと返事をして、三人はサラを中心にして寄り集まった。サラはすっとしゃがみこんで、周りを観察した。荷馬車はというと、仕事があるから後で迎えに来ると言って戻ってしまった。
「薬草、薬草、上薬草。薬草は普通に生えてますね」
「まさか」
モナとヘザーもしゃがみこんで見ているが、どうにもわからないようだ。
「そしてこの土魔法で乾燥している街道から外れて、草が生え始めているあたりをたどると……。あった」
麻痺草だ。サラは薬草一覧をポーチから出して開いた。
「いまさらって思うかもしれないけど、おさらいです。毎日調薬している時の薬草類を思い浮かべながら見てください」
「わかったわ」
「薬草はこの形。実際は草丈はもっと大きいので、根元ではなく草の真ん中から上を見ます」
サラは丁寧に説明していった。そして実際に目の前にあった薬草を指し示してみる。
「これです。比べてみてください」
「ほんとだわ。ここから上が普段薬師ギルドに納められている薬草ね」
モナは興味深そうにじっくり観察しているが、ヘザーはさっそく採取を始めている。
「薬師になる前は、薬草採取もしてたことがあるの。薬草だけはわかるんだ」
「頼もしいです」
サラは楽しそうなヘザーを温かく見つめた。採取は楽しいのだ。
「サラ。バリアを彼女たちにも」
アレンがさりげなくバリアを広げろと言っている。草原にもツノウサギや草原オオカミのような魔物はいるが、街道付近はだいたい安全だし、街道から少し離れると農地も広がっている。
「そのつもりだけど、でも、必要あるかな」
サラはわざわざ言われたのを不思議に思った。
「念のためだ」
王都に来てから、いや王都に来るちょっと前からアレンの雰囲気が変わったような気がする。なんとなく距離があるような、あるいは隠し事があるような気がするのを少し寂しく思いながらも、サラはモナとヘザーが入るほどの大きさにバリアを広げた。二人はまったくそれに気づいていないが、サラ自身が他の人の心配をしなくてすむのがメリットだ。
「これを見本にして、低い位置から探してみてください」
「わかったわ」
サラはモナに薬草を渡して、自分は麻痺草をさっそく折り取った。二人の様子を見ながらも、二人と反対側のほうに採取を進めていく。
「けっこう麻痺草が生えてる。薬草の生え具合から言っても、おそらく誰も採取してないんだと思うけど、どうなんだろう」
サラのつぶやきに答えたのはヘザーだ。
「王都の薬師ギルドは、薬草はなんとかまかなえているけど、麻痺草はほとんど西のデュランタから送ってもらってるんだよ。だけど、二年くらい前から騎士隊が麻痺薬を使い始めたでしょ。ただでさえ不足気味なところ、実験が始まってしまってさらに不足してるってわけ」
ヘザーはよっこらしょと立ち上がると、サラのかごを見に移動してきた。
「もうこんなに採ったの?」
「うん。薬草類ってまとめて生えてるでしょ。小さいのは残したから、しばらくしたらまた採取できますよ」
モナのほうを見ると、慎重な手つきで薬草を折り取っている。手には何本か薬草を持っていて、順調なようだ。緊張して知らないギルドにいるよりずっと気楽な気持ちでいるサラに、アレンが声をかけた。
「サラ。そろそろお昼だぞ」
「ほんとだ!」
今日一日で既にいろいろあって、まだ半日しかたっていないなんて信じられないくらいだ。