荷馬車に乗って
「転生少女はまず一歩からはじめたい」
コミカライズ2巻、8月12日発売です!
漫画で読むと、ローザの情景が鮮やかです。
それとギルドの面面がかっこいいです。
薬草採取に行くのはかまわない。そもそもサラはクリスに、どうせそのくらいの下っ端仕事しか与えられないだろうと言われていたから、覚悟はできていた。
「ヨゼフ、ここから草原まで歩いて三時間かかるんです。わざわざハイドレンジアから来てくれた薬師に、往復六時間もかけて薬草を採りに行けなんて、無茶だと思います。しかも、麻痺草なんてそんなに気軽に見つかるものじゃありません。それに、ツノウサギだっている」
モナが慌てたように反論してくれて、サラは嬉しくなった。だが、ヨゼフはすっと目を細めた。
「モナ、君、いつから僕より偉くなったの」
「い、いえ、そういうわけでは……」
おどおどと一歩下がったモナを見て、偉くなくてもモナのほうが正しいよねとサラも思う。
「ほんと君たち下町の子は団結力があるよね。心配しないでいいよ」
心配しかないよねとサラは心の中で突っ込んだ。
「モナ。ヘザー。仲良しになったんだろ。君たちも行きなよ」
さすがにそれは普通の女の子には無理でしょうと、サラも文句を言おうとした。
「歩いて行けとは言わないよ。馬車を出してあげる。それなら一時間で着くでしょ。そうとなったら準備開始だよ」
「あの!」
馬車を出してくれるならまあいいかと思ったサラだが、アレンに言われたことを思い出して、右手をそっと上げた。
「なんだい。文句なら聞かないよ?」
「いえ、私、王都でお世話になっている人から、薬師ギルドから遠くに行くなら、家の人を一人付いていかせるって言われてて」
「なにそれ。そうか、カレンのところは大きな商家だったか。まあ、いいんじゃない」
ヨゼフは勝手に納得しているが、サラは別にいちいち修正しようとは思わなかった。それよりアレンに言われたことを守れそうでほっとしたサラである。
「準備が終わったら通用口の外に。馬車を用意しておくから。そうそう、サラ」
ヨゼフの言葉はなぜか不安を感じさせるものだった。
「サラに無茶させるなって、テッドに頼まれてるんで、無茶しないようにね」
テッドは本当にもうと、サラは頭を抱えたくなった。気を使ったつもりなのだろうが、テッドに気にかけられている新人と言うことで、目をつけられてしまうではないか。
「無茶させてるのはあんたでしょうが!」
モナが叫んだのはヨゼフが出て行ってもう戻ってこないと確信した後だった。でもサラも気持ちはわかる。
「ほんとに嫌な奴なんだから。でもあの人も伯爵家の人だし、私たち確かに下っ端だし、なにも言える立場じゃないよね」
モナが肩を落とした。
「なんだか巻き込んじゃってごめんなさい」
テーブルに出していた調剤道具を急いで片付けながらサラは二人に謝った。
「いいの。王都の中心部にいて働いてたら、めったに草原なんていけないから嬉しい。おやつを買っていく暇はないかなあ」
ヘザーがニコニコしながら手早く道具類をしまっている。そのおかげで、サラもなんだかピクニックへ行くみたいな気持ちになってきた。
「私はツノウサギが怖いわ。草原にもたまにいるって聞いたことがあるの」
モナは現実的な問題を指摘して嘆いているが、やはり片付けの手は素早い。この二人、実はすごく優秀な薬師なんじゃないかとサラは思い始めた。身分がというだけではなくて、優秀なせいで意地悪されているのかもしれない。
「危なかったらさすがに採取には出さないと思いますよ」
「そうだといいんだけど」
皆でひっそり通用口から外に出ると、確かに小さい馬車が用意されていた。だが荷馬車だ。
「よう! いつもは荷運びなんだけど、今回はキレイなお嬢さん三人を運ぶ仕事だね」
「私たち、どこに乗ればいいのよ!」
嘆くモナの気持ちもわかるが、サラはちょっとワクワクしていた。
「藁の上だな。荷物を壊さず運ぶためのものだから、乗り心地は悪くないと思うよ」
「私たち、人なのに!」
とりあえずアレンを呼びに行かなくちゃと、御者に声をかけようとしたら、肩をポンと叩かれた。
「サラ」
振り返るとアレンがいた。
「アレン? 今呼びに行こうと思ってたとこだったの。薬草採取に行くことになって」
「うん。約束守ってくれてよかったよ」
アレンは荷馬車を見ると、肩をすくめた。まさかずっとここにいたのかと聞きそうになったが、それより先にアレンが御者のほうに顔を向け、小さくつぶやいた。
「やっぱりな」
サラが何がやっぱりなのか聞く前に、アレンは自分から御者に声をかけている。
「お兄さん。俺、この子に付いていくように頼まれてるんだ。一緒にいいかな」
「場所はあるよ。よかったよ、来てくれて。実は俺だけじゃちょっと心配で。行き先が町の外だからさ」
よかったよ以降は小さい声だったからモナとヘザーには聞こえなかっただろう。
「任せてよ。俺、こう見えてハンターなんだ」
さわやかに笑ったアレンはかっこよかった。
「ちょっとサラ」
「はいはい、説明は後で、まずは乗りましょう」
皆でこわごわと藁の上に座ったら、予想よりずっと乗り心地がよかった。薬師ギルドの入口からサラたちを見てクスクス笑っている薬師たちもいたけれど、荷馬車に乗る体験なんて初めてだし、同じ年頃の若者が四人も乗っているとなったら楽しくないわけがない。
なぜかこみ上げてくる笑いが一通りおさまると、ヘザーがまじめな顔でサラの目を見つめた。
「それで、サラ」
この少年は誰なのと聞かれると思い、サラは友だちだと言おうとした。だが違った。
「サラは何者なの? ハイドレンジアから来た新米薬師、それは確かだけど、それだけじゃないでしょ?」
いきなり核心を突いてきたので、サラは固まってしまった。
「見かけが普通だから、ヨゼフも馬鹿にして私たちのところに連れてきたんだろうけど、明らかに中身は普通じゃないもの。新米薬師だというのにモナをあしらって仕事をさせるなんておかしいし」
「ちょっと。その言い方じゃ私がなまけものの問題児みたいじゃない」
モナの突っ込みが入ったがヘザーはさらりと無視した。
「調薬の手際がよくて、仕事もできそうだし。それにあのテッドに気にかけてもらえてて、遠くに行くときは護衛付きなんて、絶対に何かあるよね」
その通りなのだが、どこから話していいのかサラはちょっと迷う。
「なによりハイドレンジアのカレンともあろう人が、普通の新人を送ってくるわけないじゃない。ヨゼフってあれで自分のこと賢いって思ってるからおかしいよね」
そしてヘザーは案外毒舌だった。
「えっと、意外と厳しいこと言いますね」
「気が強くないと薬師ギルドでは生き残れないんだよ」
サラは思わずアレンと顔を見合わせた。テッド、クリス、カレン。身近な薬師は確かに気が強い。ついでに言うと変わり者ばかりである。
「わ、私は気弱な方ですが」
「気弱だったらこんな状況でニコニコと荷馬車に乗ってないと思うよ。それに質問に答えてない」
サラとしてもごまかすつもりはなかった。それにできれば仲良くなりたいと思っていたから、ここは正直に話そうと思う。
活動報告に書影あります!




