行ってこい
コミックス2巻、8月12日発売!
書影出ました。
詳しくは活動報告へどうぞ!
「薬師になるのは身分はいらないけれど、魔力と修行する時間が必要だから、やっぱり貴族やお金持ちのほうがなりやすいし、女性も少なくて。王都で薬師として修業して地方でギルド長になるっていうのは憧れなのよ。もちろん、そのまま王都の薬師でいるのもいいんだけどね」
モナはふうっとため息をついた。
「私たち、貴族でもなんでもないから、薬師になるまでも大変だったし、薬師になってからもなかなか大変なのよ。こんな大切な時にも仕事なんて回してもらえないしね。仕事が回ってこなければ修練もつめないもの」
「そんなに身分で違いってあるんですか?」
「まあね。逆に身分差があってもなれる仕事ではあるのよ。ただ、薬師になるのがちょっと大変でなってからも出世しにくいって言うだけ。新人同士って言われたと思うけれど、他の新人は別の部屋でちゃんと薬師の仕事をしてるか、受付に出てるわよ」
「そうなんですか」
ここで仕事がなくてらくちんだわと言える鋼の精神があればいいのだろうが、もともと薬師になりたくてなった人たちだ。仕事をしたいと思うのは当然だろう。
「ということは、私はここで何をすればいいんでしょう」
「おしゃべりかしらね。ハハハ」
モナは乾いた笑い声をあげた。
馬車馬のように働かされると思っていたサラは拍子抜けしたが、だからといっておしゃべりしているところを見つかったら叱られるに決まっている。サラはこの際だから、他の薬師の仕事ぶりをちゃんと勉強しようと思った。
「じゃあ、おしゃべりしながら、王都の皆さんの調薬のやり方を見せてもらえませんか。薬草なしだから、ふりだけになっちゃいますけど。ハイドレンジアでも人によって微妙に違ってたので、他の人のやり方を参考にしたいんです」
「それはいい考えだね。私が見せてあげるけど、終わったらあなたのやり方も知りたいな」
意外にも笑顔で頷いたのは、おとなしそうなヘザーのほうだった。だがモナも賛成のようだ。
「いいわね。とにかく暇で仕方がないの。じっとしてるのは苦手じゃないけど、何日もすることがないのよ」
「薬草採取に行ったりとかは?」
サラは、自分なら仕事がなければこれ幸いと薬草採取に出るのだがと思う。
「これだから田舎住みは困るわ」
モナが肩をすくめたが、サラはそれを見てハッとした。これはたぶん嫌味ではない。
「そうか、町の外に行くのは遠いから?」
「正解よ。歩いたら町を出るのに三時間以上かかるのよ。ここはほぼ中心部だしねえ」
「それは薬草を採りに行くのも薬草を売りに来るのも一苦労ですね」
「だから他の町から持ってきてもらう薬草を使うことが多いのよ」
どこの町でも薬草の確保には苦労するんだなあと思う。ローザでは、王都から薬草が届かないとぶつぶつ言われていたことをサラは懐かしく思い出した。王都でも需要があるとしたら、それはなかなか薬草は届かないはずだ。
田舎だからと馬鹿にした様子を見せることもあるけれど、同じくらいの世代の同じ仕事の同じ新人同士で話をするのは初めてで、サラはとても楽しく過ごした。
それぞれが自分の前に自分の道具を置いて、架空の調薬をして比較していると、まるで理科室で実験しているみたいな気持ちになる。
「これって部活動みたいなものかな?」
帰宅部だったサラには経験のないものだ。
「部活動?」
「みんなで集まって趣味を極めるというか、そんな感じのことです」
サラは苦しまぎれにそう説明し、モナに鼻で笑われた。
「何言ってんの。これも仕事よ、仕事。いちおうお給料は出ているんだから」
「了解です。部長」
サラは思わず右手を上げて敬礼してしまった。
「ぶちょうってなによ」
「ええと、この場で一番偉い人のことです」
「ならいいわ」
モナという人は実は気さくで楽しい人だった。
「それよりもサラ。既に薬草の準備の段階で私たちと作り方が違うよ。薬草をすりつぶす時は、もっと力強く早くすりこぎを動かさないと、時間の無駄じゃないかな。たくさん作れるってことも大切だよ」
注意深く観察していたヘザーがサラの手順の違いにすぐに気がついたようだ。
「あ、これ、わざとなんです」
「わざとってどういうこと?」
眉をひそめるヘザーにサラは説明した。
「一定の速度で急がずにすることで、すり鉢の中の温度が上がらず、質のいい薬液が抽出できるんです」
「本当なの? ああ、ここに薬草があればなあ。やってみるのに」
ヘザーの手がすりこぎで薬草をすりつぶす仕草になっているが、話すだけでなく実際にやってみたい気持ちはサラにもよくわかる。
「それに、魔力を入れるときの魔力が、身体強化と同じって説明だったけど、それ、どういうこと? 私は自分の得意な風の魔法を使うときの流れを意識してるよ」
「それでもいいんですけど、そうすると、魔力じゃなくて風を作るほうに意識が向いて、魔力が拡散するというか、無駄になるんです」
クリスから聞いたこのやり方について、サラなりにかみ砕いて説明してみる。
「身体強化なら、かき混ぜる手に純粋に魔力を集めることができるというか、えーと」
「ああ、実際にやってみたいわね」
「そうね」
サラの話を馬鹿にせず、二人とも自分のスプーンを手に取って魔力を注ぎながら、なにも入っていない鍋をぐるぐると回してみている。
「プハッ。いったい何をやっているんだい」
いきなりヨゼフの声がしたので、夢中になっていた三人は飛び上がらんばかりに驚いた。
「ええと、予行練習というか」
モナが恥ずかしそうに説明しているが、ヨゼフはふんと馬鹿にしたように笑った。
「なにもすることがない人たちは遊ぶ暇があっていいねえ」
テッドの意地悪とは別次元で嫌な奴認定したサラの前に、ヨゼフはぽんとかごを置いて、パカリと蓋を開けた。
「君のかご。現物支給の魔力薬とポーション、それに買い上げた代金と、その明細。間違いないかどうか確認してみて」
薬草類がどのくらいあったのか正確にはわからないが、紙の数字はだいたい合っているように思えたサラは、
「大丈夫だと思います」
と頷いた。
「君は薬師なのに薬草も採取するの?」
「はい。時間があれば」
そもそも薬師よりも採取歴のほうが長いのだ。サラは素直に質問に答えた。
「へえ」
ヨゼフはなんだか嫌な顔で笑った。
「じゃあさ、テッドからも薬草採取できるってお墨付きもあったし、どうせやることもないんだから薬草採取に行ってきなよ。もちろん、麻痺草優先でね」