揉まれてこい
8月12日、コミックス2巻発売です。
マグコミさんでコミカライズ最新話が読めますよ。
「あ、ああ。お前、結局薬師になったのか」
「うん」
テッドが舌打ちをせず、それなりに会話ができていることを不思議に思う。
「で、ハイドレンジアからの薬師って、お前か」
「そう。テッドは?」
「俺はカメリアで一年過ごして、今はここの薬師ギルドに所属してる」
よくカメリアで一年間もったと褒めてあげたいサラであるが、こんなところで再会の会話をしている場合ではない。
テッドもそう思ったらしく、サラの前に並んだ道具類にさっと目をやると、サラの薬草かごをひょいと取り上げた。
「ああっ」
「ちょっと見せてみろ」
テッドはいまいましいことにサラを背中でブロックして、中身を確認して見ている。
「思った通りだ。サラならいろいろ採取していると思った。これ、借りるぞ」
「いや、かごがなくなると困るよ」
はたから見たらいじめっ子にものを取り上げられているように見えるかもしれない。最初に案内してきてくれた人が止めようかどうしようかという顔で見ている。一人くらい親切な人がいてよかったと思うしかない。
「お前、かごはもう一つ持ってるだろう」
「持ってはいるよ」
「これはちゃんと買い取る。解麻痺薬十個分の麻痺草もな。使ったポーションと魔力薬は代わりに現物支給でいいな」
「いいけど」
強引なことには変わりがないが、適正額を支払おうとするあたり、最初に会った時に意地悪で薬草の値段をごまかされた時と比べたら別人のようだ。
テッドはサラのかごをパカリと開いて部屋の薬師に見せた。
「薬草、上薬草、魔力草、麻痺草。麻痺草がたくさんあるのは、必要だと聞いていたから優先して採取してきた。サラ、そうだな」
「うん」
「では買い取りの手続きをしたらすぐに作成班に渡す」
テッドはそう宣言するとかごを持ったままスタスタと部屋から出て行こうとした。
「あああ、ええ? そんな勝手な……。まあ勝手な人だけど」
最後の小さい一言に、近くにいた薬師がプッと噴き出し、ヨゼフのほうを見て慌てて表情を引き締めた。サラもうっかりヨゼフのほうを見て、見なければよかったと後悔した。
すごく冷たい目をしてテッドを見ていたからだ。
「サラ」
テッドがふと立ち止まり、かごを少し持ち上げてみせた。
「これ、使ってくれてたんだな」
そしてそのまま部屋から出て行った。
サラは今度こそぽかんと口を開けてテッドの出て行ったドアを眺めた。あいかわらず勝手だけど少しコミュニケーションが取れるようになった気がするが、最後のあれはいただけない。まるでサラとテッドの間に何かあるような言い方ではないか。
サラの周りの人の輪がグイッと縮まったので、サラは椅子から動けなくなった。
「あれだけの麻痺草、どこから採取してきた?」
「ちょっと君。テッドとまともに会話できるなんて何者?」
「あのかごは、もしかしてテッドからもらったものなの?」
「なんでテッドはあなたのことよく知ってる感じなわけ?」
サラはどこから答えていいかわからなかったし、そもそも個人的なことを聞かれるのはなんとなく嫌だったので、ちょっとテッドのことを恨めしく思った。まさかテッドが王都に来ているとは思わなかったのだ。それにテッドはあんな性格だから問題を起こして嫌われているものとばかり思っていたから、こんなふうに興味を持たれているなんて驚きもした。
「まあまあ、詮索は後にして。おかげで今日は麻痺草が少しは手に入ったから、これから解麻痺薬を作るのに忙しくなるんだぞ。さ、移動移動」
テッドにもヨゼフと呼ばれていた受付の薬師は、戸惑っているサラを部屋から連れ出してくれた。親切なのか意地悪なのかわからない人だ。
「ハイドレンジアの子がどうしてあのテッドと知り合いなのか気にはなるけど。あとで聞かせてもらおうかな。でも、今は忙しいから。とりあえずお仲間たちの間でも揉まれておいで。さあ、君たち」
廊下を移動するとどうやら新人薬師のいるらしい部屋にサラは押し込まれた。椅子に座ってくつろいでいた薬師が慌ててガタガタと立ち上がっている。お仲間と言っても狭い部屋には二人しかいない。
「ハイドレンジアから手伝いに来た薬師だけど、新人らしいから君たちと同じ仕事をさせてやってくれ」
「ええと、はい、わかりました」
ヨゼフはすぐに戻って行ったので、サラは返事をしたリーダーらしき少女に近づいた。クンツと同じか、それより少し上くらいだろうか。もう一人もそのくらいだから、16歳前後だろうか。新人薬師が二人ということは、王都の薬師ギルドは案外小さいのかもしれないとサラは思った。
「ハイドレンジアから? 田舎ね」
リーダーは腰に手を当てて見下すようにサラに話しかけた。
田舎とわざわざ言うからには、生まれた時から王都住みなんだろうとサラは思う。そして田舎住と言われてもサラは別に何とも思わない。
そもそも日本で一番人口の多い都会に住んで働いていたサラにとって、王都がことさら都会だとは思わないし、田舎は行ってみたい憧れの地であって馬鹿にするようなところでもない。なによりハイドレンジアに住んで本当に楽しく暮らしているサラには何も響かなかった。だから、
「はい。湖があって自然が豊かなところです」
と自然に返しておいた。
「まあ、つまらないわ」
ヨゼフが来る前のように椅子に戻ったリーダーは、なにがつまらないのかと思ったら、サラの反応だけではなく、仕事がないことなのだそうだ。
「どうせ新人薬師同士、揉まれてこいとかなんとか言われたんでしょうけど、揉みたくても仕事がないんじゃ揉むに揉めないというか。せめて新人をからかおうと思ったらぜんぜん乗ってこないし。さっきはごめんね。どっちにしろ私たちも薬師になりたてなのよ」
サラはその言い方がおかしくて思わずくすくすと笑ってしまった。
「笑えるんなら大丈夫そうね。ヨゼフは若い薬師のまとめ役をやっていて、一見優しそうに見えるけど、すごく意地悪だから。そうそう私はモナっていうの」
「私はヘザーだよ」
活発なモナはくすんだ金髪をきれいに波打たせていて緑色の瞳の背の高い少女、モナの後ろにひっそり隠れていたヘザーは薄茶の髪を二つに結ったヘーゼルの瞳の小柄な少女だ。どちらもサラと同じ薬師のローブを羽織っている。
「私はサラって言います。ハイドレンジアから来ました。薬師になってまだ二ヶ月なんです」
サラも自己紹介をした。そしてヨゼフについての情報にため息をついた。
「意地悪のほうだったかあ」
印象がくるくる変わるのでまだ判断はつかないけれど、同じ薬師ギルドの仲間に意地悪と思われているからにはそうなのだろう。モナはキラキラした目でサラに問いかけた。整った顔立ちだが、少しそばかすがあるのが、逆に愛らしい感じをかもしだしている。
「ねえ、ハイドレンジアならギルド長はカレン様よね」
「そうです」
「いいなあ。カレン様だから、新人でしかも少女の薬師を思い切って送ってこられるんだわ」
さっきは田舎だと言ってはいなかったかとサラは半目になった。