再会
だが何気ないふりはできていなかったようだ。
「君は見ない顔だが、もしかして地方の薬師かい。いや、小さいな」
自分だって二〇くらいの若者ではないかと言いたかったが、サラは小さいと言われたのは無視し、自分で小さいのなら、一三歳の頃のクリスはどうだったのかなとふと思いながら、聞かれたことに答えた。
「ハイドレンジアからお手伝いで来ました。王都の薬師ギルドは今日が初めてです」
「それなら担当者まで連れて行ってあげるよ」
親切な人だったようで、入口を入って何番目かの扉を開けて、中にいる人に声をかけてくれた。中にいる人は男性で薬師の服を着ているからか、テッドと同じくらいの年に見えた。テッドを連想したのは、金髪と青い目のハンサムな青年だったからかもしれない。少し目が細くて優し気に見えるのと、髪の毛をクリスのように後ろでまとめているのが違う点だ。
「ハイドレンジアから小さい薬師が来たよ」
「小さいは余計じゃないですかね」
思わず突っ込んだが小さい声だったので気づかれなくてすんだ。
「助かったよ。何もかも足りなくて。もう追加の薬師は来ないんじゃないかと思ってたからさ。いや、ほんとに小さいな」
さっきから小さいと言われているのは身長ではない。おそらく薬師にしては幼いと言いたいのだろう。それはサラ自身も認めることだが、薬師は自称できるものではなく、必ずどこかの薬師ギルド長に認められなければなれないのだということを思い出してほしいと思った。
扉の中は広い作業場になっていて、ハイドレンジアの薬師ギルドのように作業用のテーブルがいくつかと、壁に作り付けの細長いテーブルや棚があった。
「君は薬師歴はどのくらいだい?」
サラはまともな質問にほっと息を吐いた。
「二ヶ月です」
「二ヶ月……。ハイドレンジアは今回の招集をなめてるの」
なめてはいないと思うが、サラはカレンではないので何とも答えようがなかった。
「あのさ、君、解麻痺薬は作れるの?」
「はい」
サラは少し胸を張って頷いた。作れるから薬師になれたのだ。
「ふうん。じゃあ作ってみせて」
「おい、ヨゼフ! 今は」
案内してきてくれた薬師が何か言いたそうにしていたが、そのヨゼフという担当の薬師に手で止められている、
「ええと、はい」
サラはとりあえずやってみることにした。試験のようなものなのだろう。
サラは空いているテーブルに陣取り、ポーチから調薬の道具と薬草かごとポーションと魔力薬を丁寧に取り出して並べた。
なぜだか部屋中の注目を集めているが、そんなのハイドレンジアで慣れている。場所は変わっても薬師ギルドは薬師ギルド。部屋に漂うポーションと麻痺薬の匂いで心を落ち着かせると、サラはかごから麻痺草を適量取り出して、すり鉢で丁寧にすりつぶし始めた。
麻痺薬はポーションと同じように、草をすりつぶした後に水と熱を加えて成分を魔力で固定させるが、解麻痺薬はもっと手間がかかる。
麻痺薬よりも少ない量の麻痺草を使い、水の代わりにポーションで成分を抽出する。熱は加えるが指が入るほどの熱さで、成分が十分出たところで少し時間をかけて魔力を注ぎ、成分を固定させる。そのうえで魔力薬を少量加え、完成だ。
素材も工程も難しくはないが、時間や温度、魔力の繊細な操作が求められるので、それを身につけるまではかなり大変、らしい。サラはあっさり乗り越えたので、王都に来る直前にカレンにその難しさを聞かされるまではそのことに気がついていなかった。
「最後に瓶10本に注ぎ分けて、と」
サラは漏斗を使って透明な解麻痺薬を瓶に慎重に注ぎ分けた。色で麻痺薬と区別がつかない分、瓶の形が他のポーション類とはちょっと違っている。
「できました。わあっ」
けっこうな時間集中していたと思うが、できた時にはサラの周りを薬師が取り囲んでいた。
その中心で腕を組んでサラを眺めていたさっきの受付の薬師が、鍋を取り上げると残っているしずくに小指を付けてひとなめした。
「うーん、残念。合格だ」
途端に鍋が薬師に回され、それぞれが味見をしては悔しそうな顔をしている。
サラがその状況に呆気に取られていると、受付の人が肩をすくめた。
「遅刻してやって来た地方の薬師が、ニケ月の新人。しかもぼんやりした役に立つかどうかわからない幼い少女。失敗すればいいのにって思うでしょ、普通」
「いや、思わないですよね。頑張れって思いますよ。むしろ助けてあげたいのが普通ですよね」
サラはあきれてしまった。
「へえ、言い返せるんだ。意外と気が強いのかな」
「いえ、どちらかというと弱気ですし、いじめられたら嫌だなって思ってびくびくしてやってきたところです」
さっそくいじめっぽいよねとサラは涙目になりそうだったが、受付の薬師はハハハと笑い飛ばした。
「まあ、そのくらい強いなら大丈夫だよね。さて、さっそくだけど、君は、そうだな」
受付の薬師は周りをぐるりと見まわして、サラと見比べている。
「うーん、君の年齢からいって、地方の薬師と組むよりは王都のあの新人薬師たちと同じグループになって作業したほうがやりやすいかな。何しろ他の地方はベテランを送ってきてくれたからね」
「そうですか」
サラは嫌味もさらりとかわした。送ってきたのはカレンであってサラではないからだ。いちいち取り合っていたらサラの胃に穴が開いてしまう。
「じゃあ、新人部屋に行ってもらうかな」
新人部屋が囚人部屋に聞こえた気がしたのはなぜだろうか。その時、軽いノックの音と同時に別の扉が開いた。
「ヨゼフ、麻痺草は少しは入って来たか」
「いや、まだだ。たった今解麻痺薬なら10本手に入ったがな」
「解麻痺薬? 麻痺草がないっていう状況の中で、いったいなぜだ」
その不愛想な声は知っている人のものだったが、ここは知らないふりをしたほうがよいと判断したサラは、あえてそちらを見ないようにした。カメリアにいるはずなのに、なんで王都に来てるんだろう。
それに、なぜ薬師たちがサラを見ていたのかもわかった。そもそも麻痺草がないからサラは何もできなくて泣きを見るはずだったのだ。やはりいじめだったとサラはがっくりと肩を落とした。
「なんで解麻痺薬だけがある」
しかしサラががっくりしながらも隠れようとしている努力もむなしく、その人はつかつかと部屋に入って来た。
「ああ、ハイドレンジアから遅れてやってきた薬師が、自分で持っていた麻痺草を使って作ったんだ」
「ハイドレンジア?」
ちょっとうつむいているサラの隣で足音が止まった。
「お前、サラか」
驚いたような声がしたが、ばれてしまっては仕方がない。サラはそーっと顔を上げると、懐かしいと言えなくもない顔を見て思わずへらっと笑ってしまった。あいかわらずハンサムだが安定の仏頂面である。
「久しぶりだね、テッド」