薬師ギルド
次の日はいよいよ薬師ギルドである。薬師ギルドは王都の中央にあり、ウルヴァリエのタウンハウスからは歩いて一五分ほどと、サラにとっては非常に都合のいい場所だ。
「お嬢様、馬車をお使いくださいませ」
サラは真新しい薬師の制服にポーチを付け、そこに紹介状が入っているのを確かめた。ごくシンプルな白のローブに、襟元には薬師のブローチがついている。作りたてほやほやの制服にニコニコしながら、そのまますたすた歩いて屋敷を出ようとすると、管理人が慌てて引き留めた。
「ごめんなさい。馬車を使うべきだとわかってはいるんですが、馬車で乗り付けたら、薬師ギルドの人にあれこれ言われそうな気がして」
「お館様は好きにさせてやれと申しますが、お嬢様は招かれ人なのですから、自ら特別扱いを要求してもいいくらいの立場なのです。ずっと拝見しておりましたが、王都ではもっと図々しくおなりにならないと」
サラはここで初めて管理人の顔をしっかり見たが、その真面目な顔に浮かんでいるのはサラを心配する表情だった。
「図々しくなるとか特別扱いされるとか、気質的に無理なんです。幸い、私は招かれ人の力で、外側からの攻撃はだいたい防ぐことができます。歩いていくのは体裁は悪いかもしれませんが、安全なので心配しないでください」
一見すると口うるさいが、案じてくれていると理解したので、サラは自分のことを丁寧に説明した。管理人はあきらめたように肩を落とし、こう忠告してくれた。
「使用人と思われて声をかけられることもあるかもしれませんが、目的地までは誰に話しかけられても無視して返事をしないこと。これだけは守ってくださいませ」
「わかりました」
サラはしっかりと頷いた。
「俺が付いていくから」
「アレン様」
管理人はほっとしたようにアレンに場所を譲った。
「あれ? アレンもクンツと一緒にハンターギルドに行くんじゃないの?」
「ああ、今回は別行動なんだ。さ、急がないと遅れるぞ」
「うん」
アレンがいてくれるのはいつでも嬉しいが、あんなにダンジョン好きなアレンが珍しいと不思議に思う。
人の邪魔にならない程度に身体強化して足を動かしながら、サラはアレンに尋ねた。
「ダンジョンに行かないなら、今回はなんで王都に来たの?」
「うん。おれ、今回は時間があったらライに剣の手ほどきを受けようかと思うんだ」
「剣」
サラはアレンの言葉を繰り返した。ちょっと意外だったからだ。アレンは身体強化型のハンターだが、大抵のことはこぶしで済ませているはずだ。ネリーと違って腰にも短剣しか着けていない。
「もちろん、戦い方を変えるつもりはない。だけど、せっかくネリーに剣の基礎は習っているから、もう少しちゃんと教わりたいと思ってたんだ」
アレンがどう戦いたいかについてはあまり興味を持っていなかったので、サラは驚きながらもいいんじゃないかなと思う。
「ハイドレンジアでは、一年過ごしてみて生活のめどは立ったし、しばらく休んでも大丈夫なだけの貯えもある。お屋敷を建てるほどの金はないけどな」
アレンは貴族街の大きな屋敷を眺めて苦笑した。
「ちょうどクンツが一人でやれる仕事を見つけたし、ハイドレンジアにいるよりはこっちに来たほうが自分のためになると思ってさ。そのことをちゃんとサラに話しておきたかったんだ」
「いいと思う」
相変わらずアレンは自分でいろいろと考え、行動しているなあとサラは感心する。
「とはいえ、ライも忙しいだろ。だから、ライの付き人みたいなこともして、空いた時間に教わるんだ」
「じゃあ、今は大丈夫なの?」
「サラの送り迎えも仕事みたいなもんなんだ」
「そうか。ありがとうね」
ライが心配して、目立つからと言って馬車を嫌がったサラのためにアレンを付けてくれたのだろう。
「いいか、サラ」
「なあに?」
急に真剣な口調になったアレンをサラはきょとんと見上げた。
「サラが調薬の仕事だけをして薬師ギルドを出ないなら特に問題ないんだけど。もし、遠くにお使いに行かされるとか、薬草を採りに行かされるとか、そういうことになったら、必ずいったんお屋敷に戻って俺を呼んでくれ。俺は基本的にはタウンハウスにいるから」
「いいけど……」
それがライに言われているアレンの仕事ならいいけれど、でも、普通の人より少し早い歩き方でもタウンハウスまで往復30分はかかる。それに、お屋敷にいて、ライの付き人が務まるのだろうか。それにどうやって剣を習うのか。
自分が薬師ギルドでどういう仕事を任されるかわからないのに、アレンの行動を縛るのはためらわれる。アレンはサラを安心させるように目を合わせた。
「サラが頭を悩ます問題じゃない。これは俺の問題なんだ。サラはサラの薬師としての仕事に集中するんだろ。もし薬師ギルドの外に出るときは、俺に知らせる。それだけ頭に入れておいてくれればいい」
「でも」
「ほら、あれが薬師ギルドじゃないか」
「ほんとだ!」
なんだかごまかされたような気がしないでもなかったが、それがアレンの仕事だというならサラは素直に受け入れようと思う。
そしていったいどんな仕事をさせられるのか不安に思いながら大きな薬草の看板のある薬師ギルドの扉を開いた。
薬師ギルドは他のお店のようにいらっしゃいませとは言わない。用事があればカウンターまで来るから、薬師は静かに待っているだけだ。
サラは扉を入るとぽかんとした。サラが見た薬師ギルドはローザとカメリア、そしてハイドレンジアだけだ。そのどれもがほとんど同じ規模、同じ作りだった。
だがここの薬師ギルドは違う。カウンターは大きな鉤型で、内側には売り子の薬師たちも何人もいる。朝早くだというのに既に客もいて、ローザでテッドがぼんやりと店番をしていたのとは大違いだ。
だがぽかんと口を開けている場合ではない。サラは客の相手をしていない薬師を見つけるとポーチから紹介状を取り出した。
「あの、私ハイドレンジアから薬師の招集で来た者なんですが」
「え? 薬師? まさかあなたが? 子どもじゃない」
サラよりは年上だろう少女が驚いた顔でサラのことをじろじろ眺めた。だが襟元の薬師のブローチを見て目を大きくした。どうやら認めてもらったようだとほっとし、ローブを着てきてよかったと思う。
「紹介状はここにあります。どこに行ったらいいか教えてくれませんか」
薬師ギルドのどこにどの時間になんて知らされていなかったので、こうして聞くしかない。
「たいていの場所の薬師はもう集まっているわよ。大遅刻ね」
やはり遅刻だったかと内心トホホと思うサラだったが、そう嫌味を言われても、それに取り合っていたら着く時間が伸びるだけだ。黙り込んで何も言わないサラにしびれを切らしたのか、その少女はつんとあごを上げ、それでも親切に教えてくれた。
「一度ギルドの外にでて、右側の小道に入ると薬師の通用口があるから、そこから入るといいわ」
「ありがとうございます」
サラはにこっとして薬師ギルドの外に出て、ため息をついた。なんだか先が思いやられる。
「もうお使いか」
「わっ。アレン? まだいたの?」
「外側から薬師ギルドを見ていただけだよ」
アレンはそう言うと一度薬師ギルドの看板を見上げ、それからどうしたと尋ねるようにサラに向かって首を傾げた。
「ええと、通用口から入るようにって教えてもらったの」
「ああ、たぶんそこだよ。さっきから薬師らしい人が入って行ってる」
「ありがとう」
アレンのほうがよく見ていたことに少し驚きながら、アレンに手を振って通用口に向かう。ちょうど薬師が一人入って行ったので、何気ないふりをして一緒に薬師ギルドに入ることができた。
マグコミさんにて30日がコミカライズの最新話です。
ローザでのアレンのお使いのシーンなので、よかったらどうぞー