王都のにぎわい
やがて建物がはっきりわかるほど近づくと、王都の手前、少し離れたところに大きな建物がポツンと見えた。よく見ると周りに屋台のようなものも出ている。
「あれが王都の南ダンジョンだ。あと東と、北と、全部で三つ」
アレンが教えてくれた。
「だからハンターギルドも一つじゃなくて三つあるんだ」
「それなら薬師ギルドも?」
サラの疑問にはクリスが答えてくれた。
「薬師ギルドは一つ。中央にある。そしてその支部が各ハンターギルドにある。支部と言っても規模が大きいから、四つあると言えなくもないか。サラと私はひとまず中央に行くことになる」
「なるほど」
こんな大きい町だから、当たり前のことだった。
「さあ、町に入ってからも一時間以上かかるからな。もう少し頑張ってくれ」
賑わう町を窓から眺めていたサラに、ライが声をかけてくれた。
「はい」
大きい町だから仕方がない。サラは町並みや色とりどりの女性の服を眺めたりして、一時間を楽しく過ごした。
大通りを町の中央付近までまっすぐ来た後、馬車は西の方に曲がった。
「そういえばお城は町の真ん中じゃないんですね」
「城はダンジョンを避けて西側にあり、貴族街もその前に広がっているから、私たちも西側に行くというわけだな」
「なるほど」
次第に一軒一軒が大きく広くなっていくのを見ていると、貴族街に入ったんだなと実感する。やがて馬車は、大きなお屋敷の前に止まった。
がっしりとした鉄の門扉がゆっくりと開いていく。
「タウンハウスってここですか?」
「ああ。ハイドレンジアの半分もないがな」
それはめちゃくちゃデカいってことですよねとサラの目が遠くなった。普通タウンハウスといったら、瀟洒でこじんまりとした建物を想像すると思う。
「ほら、門から屋敷まですぐだろう」
ネリーが優しく教えてくれるが、屋敷までにも広い庭があり、きれいに整えられた植栽と噴水があるのをサラはしっかりと確認した。
「引退したとはいえ、もと騎士隊長様だぞ、サラ」
同じ庶民のアレンでさえ予想はついていたようだ。
「うん。貴族を甘く見てたよ」
結局タウンハウスは、タウンにあるだけの大きいお屋敷だった。
出迎えたのは見知らぬ管理人夫婦だったが、先に派遣されていたハイドレンジアの使用人もいてサラはちょっとほっとする。
ネリーと同じ部屋にしてもらい、ネリーと共に最初から用意されていたワンピースに着替えると、サラもまるで貴族のお嬢様になったような気がした。
「ネフ。なんと美しい」
居間に移動すると、さっそくクリスがネリーに手を差し伸べて撥ねのけられていた。
ネリーが美しいというところには心から同意するサラである。
「ハイドレンジアではそんなことはなかったが、ここでは客人も来る。すべてを断るというわけにはいかないし、一応招かれ人の後見人ということになっている以上は、隙を作りたくないのでな。少し堅苦しいが、家では貴族らしい格好をしてくれると助かる」
「大丈夫です。これはこれで楽しいから。用意してくれてありがとうございます」
お礼を言ってからアレンとクンツのところにいくと、クリスと同じような貴族の服を着ていた。
アレンは多少は着慣れた感じだが、クンツはものすごく窮屈そうだ。
「これ、貸してもらったんだけど、ここに寄宿させてもらう条件がこれだって。自分の部屋と仕事に出かけるとき以外は、こういう格好をしろってさ」
サラは思わずライのほうを振り返った。
条件と言っているが、貸してもらったというわりにはクンツの体にぴったり合った服は、サイズをあらかじめ測ってあつらえたものにちがいない。アレンの服もそうだ。
せっかく貴族の屋敷に滞在するのだから、貴族の生活様式を学べるようにというライの思いやりに違いない。
サラと目が合ったライは、いたずらな顔をしてニヤリと笑ったから、サラの想像はきっと当たっている。サラの服も新しいものだし、ネリーの家族は、ネリーも含めて不器用なところもあるけれど本当にいい人ばかりだとサラは心が温かくなった。そしてお金持ちである。
「サラ、ところでちょっと話があるんだが」
「なんでしょう」
サラはライのもとに戻った。ライはハイドレンジアでよくやっていたように、二通の手紙を扇のように広げて見せた。
「王家からと、宰相家からと」
サラの顔を見てライはプッと噴き出した。
「そんな嫌そうな顔をするな。どちらも似たような内容だが、サラが薬師として今回の渡り竜討伐に参加することをいたく褒めていてな。謁見も宰相家との話も、薬師の仕事がひと段落してからでいいそうだ」
「そんな……」
というわけでプリプリしているサラなのである。
ライがハハハっと大きな声を出して笑った。
「あの宰相家の小僧っ子もそんなふうに思われているとは夢にも思うまいて。なんの挫折もなく育ってきたぼんぼんだからなあ」
「私、嫌だって雰囲気を思いっきり出してましたよね?」
サラは心外である。そもそも婚約は何回も断っている。
「出していたとも。だが宰相家の二番目の男子。後を継ぐプレッシャーもないうえ、容姿に優れ頭もよく、騎士としても優秀。だが浮いた噂もない。願うことはすべて叶ってきたし、叶わないことも努力で成功させてきた男だぞ。自信満々だろうなあ」
「優秀だろうとなんだろうと、好みじゃありませんよ」
ライはまたハハハっと笑った。
「愉快愉快」
完全に面白がっている。ネリーもクリスも大人組は全員同じなので手に負えない。
でも自分のことだ。
久しぶりに顔を合わせて、やっぱり気が合わないことがわかったのだから、今度こそ直接断ろうとサラは気持ちを新たにし、ライに向き直った。
「ライ、断る時は付いてきてくれますよね」
「もちろんだとも」
それはそれとして背後は固めておいた方がいい。サラは自分が流されやすいことを十分に承知していて、虎の威を借ることは恥とは思わないのだった。