王都入り
「なあ、クンツ、サラ」
アレンが貼り紙の麻痺草と書いているところを指でなぞっている。
「夕方まであと一時間くらいある。ちょっとダンジョンに行ってみないか」
「はあ? そんなピクニックみたいに」
サラは思わず問い返しながらも、このやり取りは最近ネリーとしたばかりだと思い出していた。
「うん。そんなようなものだ。サラ、一時間くらい薬草採取に行かないか。その間、俺ちょっとダンジョンの雰囲気を確かめるからさ」
「まあ、いいけど」
一日馬車に乗ってて、体を動かしたいと思っていたところだったから、ちょうどいいかもしれない。
去年の狩り勝負でダンジョンに入る経験をしてから、サラにはダンジョンへの抵抗はなくなった。なぜなら、ダンジョンはサラの思っていたような薄暗くて虫がたくさん出てくるようなところではなかったからだ。それどころか薬草などもよく生えている。
「アレン、お前、それ」
「うん。ちょっと感じをつかみたいんだ」
二人でよくわからない会話をしているが、なにか新しい連携技かなにかを練習中なのだろう。
ハンターギルドを出てすぐ裏手にダンジョンの入口がある。夕方なのでダンジョンから戻る人も多く、それに逆らうように歩いてきたサラたちを見て、入口の番人からは怪訝な顔をされた。
「今からか」
「一時間ほどで戻るつもりだ。普段はハイドレンジアでハンターをしてるんだが、たまたまこの町に寄ったから、ダンジョンの様子を見てみたくてさ」
アレンが快活に言ったからか、素直に通してもらえてほっとした。
「さ、急ぐぞ」
小走りに坂道を駆け下りると、そこはハイドレンジアと同じ広い空間が広がっていた。
「これで小規模なの?」
「広さはそう変わらない。だけど深層階がないんだよ」
「なるほど」
そういう小規模さなら納得である。
「でも、一階から強めの魔物が出る。大丈夫だと思うが、少し注意して採取してくれ」
サラはその注意に従ってほんの少しバリアを大きめにして森のそばに移動すると、さっそくしゃがみこんで薬草を探し始めた。
「やっぱり薬草があちこちにあって質がいい。あ、さっそく麻痺草だ」
薬草類はまとまって生えていることが多いため、見つかったらそのあたりを集中して探す。魔力草は乾燥したところ、麻痺草は森や草原の境目で見つかることが多い。
サラが夢中になって採取していると、アレンから声がかかった。
「そろそろ一時間くらいだと思う」
「もう?」
サラが顔をあげると、アレンが少し離れたところから声をかけてきた。クンツはといえばもっと離れたところで、空に向けて風を吹かせる訓練をしている。
なんでもない風景なのだが、サラはなんとなく違和感を持った。
「ねえ、アレン。アレンは狩りはしたの?」
「いや、今日はダンジョンの様子を見にきただけだから」
そうだ。サラが薬草の採取を始めた時から、アレンが動いていないような気がするのだ。
「アレン?」
アレンはサラを見て微笑んだ。
「ほら、そろそろ戻らないとネリーが心配するぞ?」
「ほんとだ!」
大急ぎで戻ったが、心配より、ダンジョンに行くのならなぜ私を誘わなかったとネリーに叱られてしまった三人である。
そんなこんなで王都に着く頃には出発してから10日以上はたっていた。
定期馬車で行っても一週間はかかるから、それほど遅いわけでもないが、サラには遅刻と言われないかドキドキしながらの王都入りであった。
「何日までって書いてなかったから、お気楽に旅してきたけれど、何日までとかあったかなあ」
「不安なら、薬師ギルドまで私と一緒に行くか」
クリスが誘ってくれたのは親切心からなのだろう。だがサラとクリスは同じ薬師ギルドに呼ばれていても、役割が全然違う。クリスは竜の忌避薬の実験のリーダーとして、サラは誰でもいいから一人という無名の薬師としてである。それなのに一緒に行ったら注目されるに決まっている。サラは首をプルプルと横に振った。
「いえ、とんでもない。あのクリス様と一緒に来たとなったら、どんないじめが待っているか。先にひっそりと行きます」
「では私は、ほんの少し遅れて行くか。どうせ遅刻なら、もう少し遅れてもかまわんだろう」
「やっぱり遅刻ですよねえ……」
せめて道中急ぐ様子でもあれば察せられたのに、クリスにはちっともそんな気配は感じられなかったのでサラは驚いた。クリスは口の端をほんの少し上げた。
「実験の許可が出た。ついては一週間後に来られたしなどと、ハイドレンジア住みの私に、準備期間も移動時間も考えず言ってくるような無能の言うことを聞く必要がどこにある?」
「そうですね、ないかもしれませんね」
クリスのこの強さだけは真似できたらいいと思う。
「クリスは期日を無視した悪い人だけど、私は期日が示されてなかったから一番急いでこの日付でしたっていうことでごまかそう。どうせ下っ端だし」
そう思ったら楽になった。
やがて街道が広くなり、行きかう馬車の数も多くなってきた頃、ライが窓の外を確かめた。
「見えてきたぞ。あれが王都だ」
サラはライの言葉に、馬車の窓から身を乗り出すようにして行儀悪く行く先を眺めた。
「わあ、あれれ、そうでもない?」
きっと驚くだろうというサラの心構えは残念ながら空振りした。この世界で最初に見た町が壁に囲まれたローザだったので、それ以外の町はどんなに大きくても普通の町だなという印象しか受けなくなってしまったのかもしれない。
だが、東と西に小高い丘があるほかはどこまでも平らな草原の真ん中に広がる町は、今まで見たどんな町より大きい。サラの乗った馬車の走っている街道も馬車が余裕ですれ違えるほど幅広く、行きかう馬車や人の姿で賑わっている。
クンツがサラの反応に苦笑した。
「大きいだけで、普通の町だよ。いろいろな物が売ってたって、俺の父さんのような普通の職人じゃあ、暮らしていくことはできるけど、高価な物や珍しいものは買えやしないしな。だから特に王都にいる必要もないかと思って、思い切ってハイドレンジアに行ってみたんだ」
クンツの実家の話など初めて聞いたのでサラは窓からひゅっと体を戻した。アレンも興味を持ったようで質問を始めた。
「クンツの父さん、なんの職人なんだ?」
「基本、食器や台所用品を作ってる。土魔法を使った職人だから、場合によっては何でもやるよ。家づくりも、たまに街道の修理なんかもな」
「そりゃあみんなの役に立ついい仕事だな」
「まあな。父さんのことは尊敬してる」
クンツの言葉に馬車の中がほっこりとした雰囲気になった。
「あれ? じゃあなんで実家に泊まらないの?」
サラはそこが気になった。
「ああ、俺の部屋、もう弟のものになってるからさ。もちろん顔は出すつもりだけど、家を出て行った息子が長居したら迷惑だろう」
クンツは腰のポーチからごそごそと何かを取り出した。
「キノコの干したやつ。他にもマーシャのクッキーとか、マスの切り身とか、いろいろお土産は買ってきてある」
もともとクンツのことは世話好きのいい人だと思っていたが、サラの中ではこの件でさらに株が上がった。
「ハイドレンジアに行って、やっぱりどこの町も同じだとは思ったけど、暮らしてみるとその町なりにいろいろあって、やっぱり行ってみないとわからないこともあるなって感じたな」
「それは俺もそう思う。でも結局、居心地がいいかどうかはさ、町がどうとかじゃなくて、そこの人たちとどういう関係を築けるかだとも思うよ、俺は」
サラはふんふんと頷きながら少年二人の話を聞いていた。サラの実年齢は二人より上だが、移動ということに関しては語れることが何もないのである。体が弱かったから仕方がないのだが。
「一度出てみて、王都もなかなかよかったなとは思う。下町なら案内できるところもあるから、サラもアレンも行ってみようぜ」
「嬉しい!」
「ああ、俺も行ってみたい。王都にいたこともあるけど、あんまりあちこち行きはしなかったから」
魔力の圧が強くてあまりあちこちの店に入れなかったローザを思い出してみたサラは、その前にいた王都でもやはり行ける場所が少なかったんだろうなと想像がついた。
だがアレンも魔力の圧を抑えられるようになり、どこにでも行けるようになった。サラとアレンは顔を合わせてにっこりと笑い合う。王都行きに楽しみが一つ増えた。