出発
コミックス2巻、8月12日発売です(*´▽`*)
「それでは親しいもの全員で王都で過ごすことになるか。しかも仕事は皆、渡り竜討伐関係だから、期間もほぼ同じ。これは楽しみだな」
クンツから話を聞いたライはご機嫌である。
「そのことなんですが、わざわざここに言いに来たのは、お願いがあるからです」
クンツが改まった感じで言葉を続けた。
「実は総ギルド長から、ウルヴァリエは王都にはタウンハウスがあると聞きました。そしてどうせ部屋が余っているだろうから寄宿させてもらえとアドバイスを受けまして。それと行き帰りもその、便乗したらいいと」
総ギルド長とはいつも忙しく近辺のギルドを飛び回っている、ネリーの兄のことである。
サラはそれを聞いてちょっと驚いた。確かにライはタウンハウスがあると言っていたけれど、タウンハウスと言うからにはさすがにお屋敷ではないと思うのだ。たくさん人が泊まって大丈夫なのだろうか。
「かまわんよ。大型の馬車二台で行くつもりだしな。タウンハウスの管理人も、部屋が使われれば喜ぶだろう」
「ありがとうございます!」
総ギルド長から許可が出ているとはいえ、きちんと自分でお願いができてえらいなとサラは思う。だが、ちょっと疑問でもある。クンツもアレンも、自立していることをとても大事にしているはずだ。王都がことさら物価が高いわけではないと聞くし、どうしてわざわざライに頼むのだろう。
その口に出せない疑問が伝わったのだろう。すぐにクンツが答えてくれた。
「下っ端魔法師に出る報酬は渋いんだよ」
「うん。納得した」
それなら旅の途中も楽しいだろう。
思った通り、王都までの旅は楽しかった。
アレンとクンツは、馬車には同乗させてもらったものの、途中の宿泊場所は自分たちで確保すると言い張ったが、
「貴族の暮らしというものを経験しておくのは悪いことではないぞ」
とライに説得され、サラたちと一緒の宿に泊まることになった。
サラにしても、カメリアからハイドレンジアに行く旅の途中では、ごくまれにお高い宿に泊まったことはあるが、しょせんアレンと同じで、庶民が背伸びをして泊まった感じであった。クリスはネリーと一緒であれば文句を言わないし、ネリーは宿が高かろうが安かろうがあまり気にしない性質なので、気楽に宿選びをしていたように思う。
だから、今回の道中もそんなお高い宿と同じようなものだろうと思ってた。
しかし、最初の宿で既に口をぽかんと開けてしまった。
「ウルヴァリエ様。三階を貸し切りにしておりますが、いかがでしょうか」
「うむ。それでよい」
町で一番大きい宿の、三階を貸し切り。
「宿ごと借りるほど人数を連れていないのでな。家族で出かけるときはこの程度だろう」
「や、宿ごと……」
噂には聞いたことがあるが、本当にやる人がいるんだなとひっくりかえりそうになるサラである。
おろおろしている自分と違って、クリスもネリーも当然のような顔をしているし、虚勢かもしれないけれど、アレンもクンツも平然としている。悔しいのでサラも当然のような顔をして部屋に案内された。
お屋敷よりは小さいけれど広い居間に、部屋が三室。それがライとネリーとサラの部屋である。クリスにも似たような部屋が与えられ、
「ネフはこちらで」
と声をかけてライに叱られ、しぶしぶアレンとクンツを誘っていたりと部屋決めで多少クリスのわがままが出たりはしたが、使用人も含め、全員三階におさまった。
そして宿だというのに、屋敷の使用人が居間の隅にきちんと控えている。
「あの、お疲れでは?」
思わず聞いたサラであるが、
「馬車に乗っている間は仕事がありませんので、休んでいたようなものです」
とニコニコしている。さすがである。
夕食までまったりくつろぐのだろうと思っていたら、トントンとドアを叩く音がして、アレンとクンツがサラを誘いにやって来た。
「時間があるから、ちょっと観光して来ようぜ」
「うん!」
サラはいそいそと立ち上がってネリーに確認した。
「私は父様とゆっくりしているから行っておいで」
「じゃあ、行ってきます!」
素敵な宿にちょっと気後れしていたサラは、廊下に出てそっと息を吐いた。
「なんだよサラ。毎日ご領主のお屋敷に泊まっているんだから、このくらい慣れてるだろ?」
クンツにからかわれたサラは、思わずアレンと目を見合わせ、ため息をついた。考えることは同じである。
「それはそれ、これはこれだよ。お屋敷とそこで働いている人にはもう慣れたけど、お仕事とはいえ知らない大人の人にかしずかれるのはちょっとこう、背中がむずむずする感じ」
「だよな。クンツみたいな普通の家庭ならともかく、俺たちはさ、一時的には宿なしだったからさ」
サラは今でも忘れない。テッドに意地悪されたからというのももちろんあっただろうが、アレンに向けられたローザの町の人の冷たい目を。もちろん、いい人や親切な人もたくさんいたけれど、それは第三層の人たちで、ローザの町は身分差がとても大きかった気がするのだ。
話しながら町に出ると、ハイドレンジアよりは小さいものの、買い物をしている人、先を急ぐ人など、たくさんの人で賑わっている。
「ええと、確かここは農業の町で、ハイドレンジアの食糧庫でもある」
サラはライに教えてもらったことを口に出してみた。
「ああ。そして小規模なダンジョンがあり、総ギルド長がよく見回りに来てるって言ってた」
サラは思わず笑い出してしまった。
「もしかして、ハンターギルドの観光に行きたいの?」
にやりとした二人の表情が答えだろう。
サラとしても、今回の旅の目的はあくまで王都にある。途中も楽しめればそれに越したことはないが、無理に観光を詰め込もうとは思わなかったので、まあいいかと肩をすくめた。
「行こうか」
「よし、行こう」
「行こうぜ」
心が弾むまま走るようにハンターギルドを目指したサラたちは、ワイバーンの看板の前で立ち止まった。小規模なダンジョンに合わせた、少し小さめのギルドだ。
「思ったより小さくない。そうか」
ワイバーンの看板の下の方に、薬草の看板もあるのが見えた。
「薬師ギルドも入ってるんだ」
外から見ていても仕方がないので、中に入ってみることにした。両開きのドアを入っていくと、左に売店を兼ねた薬師ギルド、右手にハンターギルドのカウンターがあるのが見えた。奥の階段から上がっていくと二階が宿なのはどこも同じだ。
「ここの宿で十分だったんだけどな。とにかく掲示板を見ようぜ」
掲示板には普段は何も貼っていないが、ハイドレンジアのシロツキヨタケのように、薬師ギルドが特に納入してほしいものがある時や、今回の渡り竜のような特別な狩りの募集があるときなどに貼り紙がされる。
「ここにもあるな。渡り竜討伐。あとは麻痺草、魔力草の納入」
サラたちが王都に行く理由そのままである。
「ハンター歴三年以上の腕に自信のある魔法師、って書いてあるよ、クンツ」
「三年以上の歴と自信はあるよ」
「腕は?」
「それはクリスが大丈夫だって言ったからさ」
それはすごいとサラはクンツを見上げた。
「いや、すごくはないんだ。むしろひどいというか」
「ひどい?」
「つまりさ、俺のような平凡な魔法師でも、渡り竜退治に十分に使えることを示したいんだってさ」
「ああ、クリスらしい言い方だね」
サラはハハッと乾いた笑い声をあげた。
「私も同じようなこと言われたよ。新米薬師はどうせ薬草のすりつぶしか採取しかやらせてもらえない。だから心配しないで行ってこいって」
今度はハハッとクンツが笑い声をあげた。クリスの特別さは付き合ってみないとわからない。サラとクンツに奇妙な連帯感が生まれた。