薬師見習い
再開します!
薬師見習いになったサラは今日、大きい節目を迎えていた。淡い黄色の薬液の入ったビーカーに向き合うサラを、薬師ギルドの面々が固唾をのんで見守ってくれている。
ハイドレンジアにやってきてから季節は廻り、サラは一四歳になっていた。クリスにむりやり薬師ギルドに預けられた一年前の秋の頃なら、この状況には緊張しか感じられなかったかもしれない。しかし、風変りではあっても厳しくも公平な薬師ギルド長のカレンのもとで、薬師たちと共に頑張ってきたサラは、今の先輩たちの視線からは温かい励ましの気持ちを感じ取っていた。
なにしろ、魔力薬が安定して作れるようになれば、薬師として認められるようになるのだ。サラはこの一年、ポーションから始まって、毒薬、解毒薬、麻痺薬、解麻痺薬と、次々とその製法を修得してきた。だが魔力薬の手順が一番難しく、これまで一度も成功したことがない。
サラは最後の仕上げに、ビーカーに入っている黄色の薬液を一定の速さで慎重にかき回した。
「魔力を細く一定に。きた!」
魔力を注ぐと、ポーションならば濁った緑色の薬液が透明な緑色に、解毒薬なら同じく透明な紫色に変わる。だが、魔力薬はちょっと違う。
「完全に透明。おそらく成功ね」
すぐ横で見ていたカレンがほうっと大きく息を吐いた。
魔力薬は、主に魔法師が魔力を回復するのに使う。だが、使った後にひどくだるくなるので、あまり好んでは使われず、したがって需要はそう多くない。だが、ダンジョンに潜る魔法師はお守り代わりとして必ず持っていくから、需要がなくなることもない。それなのに作るのが面倒で儲けも少ないという、薬師ギルドにとってはあまりありがたくない薬なのだ。
「これが本当に成功なら、私たちの手間がまた一つ減るわね」
思わず漏れたカレンの本音に、サラは半目になったが、それを見て取ったカレンは慌てて言い直した。
「優秀な薬師の誕生はいつでもありがたいものよ」
言い換えてもたいして違わないと思うサラではあるが、カレンがサラの気持ちを忖度するようになっただけでも大進歩だとも思う。さすがにクリスの弟子だけあって、この一年どれだけ振り回されたかと思うと気が遠くなりそうなほどだからだ。
「それでは、どんなものか確かめてみましょうか」
カレンはサラからスプーンを受け取ると手のひらにしずくをのせ、ひとなめするとニコリと口の端をあげた。
「雑味のない、いい味だわ。サラ、魔力薬成功、おめでとう」
その率直な賛辞にわあっという歓声と拍手が起こり、薬液の付いたスプーンは先輩薬師たちに次々と回された。
「うん、完璧」
とにこやかに頷く者もいれば、
「俺なんて五年もかかったのに」
と素直に悔しがる者もいる。それでも皆が嬉しそうなのは、カレンが言ったように、作業を分け合える人が増えれば、他の仕事や研究をする余裕ができるからだ。でもそれだけではなく、サラの成功を純粋に喜んでくれているのも確かだと思う。
サラは肩に入っていた力がふっと抜けた気がした。
「さすがにクリス様の愛弟子は違うわね。クリス様が薬師として認められたのは一三歳の時だそうだけれど、本当は一二歳の頃には完璧で、ただ当時の頭の固い薬師ギルド長が意地悪してなかなか認められなかったらしいのよ」
「そうなんですね」
カレンの嬉しそうなクリス様語りはいつものことなので、サラも気の抜けた返事しか返せないが、クリス本人もよく覚えていないだろう逸話を聞くのは実は楽しかった。そして屋敷に帰ったらネリーにせっせと報告するのも楽しみのうちの一つである。
「まあ、クリス様のことはいいわ」
自分が言い出したのだろうという突っ込みはしないでおく。
「ストックがまだあることだし、これからしばらく魔力薬の作成はサラがやって。安定して作れるようになったところで、ハイドレンジアの新米薬師として正式に認定しましょう」
もう一度わあっという歓声が薬師ギルドに響いた。
「ずいぶんにぎやかだね」
「今戻ったよ」
店先から作業場にひょいと顔を出したのはクンツとアレンだ。そういえばもう夕方だったなとサラも店先のほうに目をやった。緊張すると時間の過ぎるのは早いものだ。
「お帰りなさい!」
サラもこの一年間で多少背が伸び、転生前の身長でどうやら落ち着いた感じだが、アレンはもっと背が伸びた。クンツもまだ伸びているようで、アレンとクンツの身長差は変わらないが、サラだけが以前より見上げる感じなのが少し悔しい。
ニジイロアゲハの大発生からも一年近く経つが、成体を狩っても卵もさなぎも狩り尽くせるものではなく、一時ほどではないが相変わらず数は多いらしい。したがって解麻痺薬の需要はまだあり、当然素材であるシロツキヨタケが必要だ。
だいぶ深い階層まで潜れるようになったアレンとクンツだが、未だにきちんとシロツキヨタケを納めてくれるので、薬師ギルドでは相変わらずの人気である。
だが、人気なのは薬師ギルドでだけではない。去年のニジイロアゲハの狩り勝負で一位になってから、若手の有望なハンターとして一気に注目を浴び始めたのだ。
「アレン、手に持ってるのはなに?」
「ああ、これか」
アレンは手になにか持っているということに初めて気がついたように目の前に持ち上げ、そのまま興味がなくなったようにポイっと腰の収納ポーチに放り込んだ。
「手紙だ。今日は薬師ギルドのすぐ前で渡されたからそのまま持ってきてしまったな」
「今日は?」
今日はということは、いつも手紙を渡されていることになる。
「俺だってもらってるぜ。もっとも、俺は手紙より直接のお誘いのほうが多いけどな」
クンツがアレンの肩に手をかけてにっと笑みを見せた。アレンがサラと同じ14歳で、クンツが16歳だから、クンツのお相手のほうがより年上で積極的ということなのだろう。
だがサラも、アレンが何か手に持ったままというのが単に気になっただけなので、人の個人的なことに首を突っ込むつもりはない。ちょっとニヤニヤしそうになったのはうまく隠せたはずだ。
「そうなんだ。人気者だね」
そう言うにとどめた。
「もっと突っ込んで聞いてやれよ」
背後から聞こえてくる外野の声は無視する。十代の若者は確か、人にあれこれ言われるのは嫌いだったはずだとサラは思う。自分はといえば、その頃は思春期がどうとか悩むどころか、日々生きていくのに必死だったのでよくはわからないのだが。
「それよりさ、なんか嬉しそうな声が外からも聞こえたけど、サラ、もしかして」
アレンがキラキラした目をして聞いてくるので、サラはちょっと胸を張った。
「うん。ついに魔力薬を作れたよ!」
途端にアレンもクンツも満面の笑みを浮かべてくれた。外向きの、いかにも俺たちはハンターだという仏頂面より、こういう素直な表情の二人のほうがサラには好ましい。
「やったな! おめでとう!」
「まだ14だろ。あいかわらず桁外れだな」
素直なアレンの賞賛とちょっとひねったクンツの誉め言葉は、どちらも嬉しかった。
「クリス様は13歳で薬師になったけれどね。サラはそのクリス様の弟子でもあるから、まあ当然といったところかしらね」
カレンも必ずクリスに言及するところはどうかとは思うが、それでもサラをちゃんと認めてくれるのが嬉しい。
「じゃあお祝いをしようか。って言っても、ネリーはまた深層階か」
「うん。深層階に行くと一週間は帰ってこないからね」
つい二日ばかり前に出かけたばかりなので、まだしばらく帰ってきそうもない。一番喜んでくれるはずのネリーがこの場にいないのはとても寂しいが、離れていてもお互い大丈夫だと思える関係が心地よいのも確かである。
「じゃあさ、二回お祝いしようぜ。俺たちと一回、ネリーたちも入れてもう一回」
「嬉しい!」
サラはネリーが戻ってくるまで待つつもりだったから、意外な提案に飛び上がりそうになった。
「いや、待て。俺たちと一回、それからご領主も入れてもう一回、それとネリーが帰ってきてから一回で三回だろ」
「クンツ……」
友だちが優しくて涙が出そうだ。
「あら、サラ。当然私たち薬師ギルドもお祝いするわよ。今回と、それから正式に薬師として認められたときの二回ね」
このカレンの言葉には薬師の皆がわっと喜んだ。
「ありがとうございます」
サラは感激して思わず深々と頭を下げたのだった。
こちら、水曜、土曜の更新となります。
転生幼女のほうは頑張りますがしばらく不定期更新になると思います。