サラ、やり切る
「残酷だよね」
思わずつぶやいた声は震えていた。いったいどれだけの命を奪うことになるのだろう。だが、昨日だって電撃でたくさんのアゲハを倒したではないか。ダンジョンに潜っていていまさら命を奪う覚悟がなかったなんて言い訳はできないのだ。
「ハンターはいたとしても地面に倒れている。それなら自分を起点にバリアをふくらませて、バリアを勢いよく天井に叩きつける」
サラはダンジョンの上部をきっと見上げた。
「サラ」
「大丈夫。やってみる」
サラは安全地帯からすたすたと歩み出た。
「おい! 何をやってるんだ! 止めろよ」
サラの後ろを守るように立つアレンに非難が集中するが、アレンは動かない。
「動くな! サラの邪魔をするなよ!」
むしろアレンのこぶしはハンターに向いている。サラはそれを確認して、空に両手を伸ばした。
「まずゆっくりとバリアをふくらませる」
空を見ると、うごめくもので空が真っ黒だ。
「それから、勢いよくバリアを叩きつける」
空の動きが止まる。
「バリアを少し小さくする」
まるで幕が開くように、中央から空が広がっていく。ニジイロアゲハはバリアの周りに積み上がった。
「ごめんね」
残ったのは、何もいない空だ。いや、森に隠れ生き残ったニジイロアゲハが数羽、優雅に明るい空を舞っている。それが余計に寂しさを際立たせていた。安全地帯からは大きな歓声が上がっている。だがサラはひたすら虚しかった。
「アレン」
「うん」
アレンは安全地帯から外に出てくると、思い切り息を吸って空気の状態を確かめている。
「麻痺毒もおさまった、と思う」
その宣言に今度こそ大きな歓声が沸いた。
だが、サラはその歓声のほうに顔は向けなかった。いや、向けられなかったのだ。だって涙で顔がぐしゃぐしゃだったからだ。
「アレン。私、やっぱりハンターは向いてないと思う」
「うん。つらかったな」
アレンが肩を抱く。昨日だって電撃でたくさんニジイロアゲハを倒した。チャイロヌマガエルだって、サラのバリアで折り重なり、圧死したものもたくさんいたはずだ。サラのバリアにぶつかって来たツノウサギも、ワイバーンも。
「今までだって、たくさん命を奪ってきたよ。魔物だから仕方がない、奪ってしまった命の証である魔石や皮や肉は、大切に使えばそれでいいって言い聞かせてきたけど」
サラの声は震えていた。そしてグイッと袖で涙をぬぐった。
「でも、数が多いからっていう理由だけで、こんなに意味もなく魔物の命を奪うのはつらいよ。このまま放っておいたらまた次世代のニジイロアゲハが増えるから、狩らなくちゃいけないってわかってても、やっぱりいやなの」
サラは動かなくなったニジイロアゲハの黒い山を涙にぬれた目でじっと見つめた。
「えっと、そろそろいいか」
サラはうつむいていた顔を上げて、アレンと目を合わせて、ばっと離れた。おそるおそる後ろを振り向くと、気まずそうなハンターが思い思いの方向を見ていて、サラは思わず叫びそうになる。
別に甘酸っぱい気持ちでアレンとくっついていたわけではないので、やましいことは何もなかったが、ただただ気まずかった。
「もう安全地帯から出ても大丈夫だと思います」
「あ、ああ。ありがとう。たいしたもんだな、あんた」
純粋に褒めてくれるが正直言って今は微妙な気持ちだ。だが、つらいとか嫌とか言っている場合ではない。
「おーい」
向こうからクンツの声が近づいてくる。
「うわ、なんだこれ。ニジイロアゲハがこんなに」
思わず飛びのいているが、誰だって驚くだろう。
「やっぱりサラだったか。どうやら七階層もこんな感じらしいんだが、なんとかなるか」
サラは目をつぶって自分の魔力量を確かめ、頷いた。
「問題ないよ」
「おお……」
周りのハンターから感嘆の声が上がるが、これだけの大掛かりな魔法を使っても魔力が尽きることがないという招かれ人の本領発揮だ。悲しくても、つらくても、今はサラも当事者なのだ。泣いてうずくまるのはサラの性に合わない。泣いても前を向く。それが自分だ。
「じゃあ、七階へ行こう」
「ああ」
「こっちだ!」
クンツに案内されてアレンと共に走り出す。狩り勝負の三日目は、サラの一人勝ちで終わったようなものだった。
「疲れたよ……」
「ハハハ。本当にな」
クリスにねぎらわれながら、サラはネリーと領主館への道を歩いていた。急ぐわけでもないので身体強化をせずおしゃべりをしながらゆっくりと進む。狩り勝負は大騒ぎのまま三日間で終わったが、結局サラは四日目まで駆り出され、不本意ながらニジイロアゲハの後始末に追われることになった
「今回のことで、私はハンターに向いてないってことがはっきりわかったよ。それが一番よかったことかな」
「残念だが、仕方あるまい。いくら強くても、命を狩り取ることを割り切れなければハンターには向かぬものだ。そもそも薬師周りの仕事をするものがハンターに向いているわけがなかったか」
ネリーが残念そうだが、最初からわかっていたようでもあった。それでもあきらめきれないのがサラの招かれ人としての強さなのだろう。
「やはりサラは薬師になるべくして招かれたのだろう」
クリスが満足そうだが、それも違う気がする。
「女神さまは特に何もしなくていいって言ってた気がするんだけどなあ」
「そうだな。サラは何をしなくてもここにいるだけでいいが」
そう言う割には修行させたがるのがネリーである。そしてそれ以上に無茶をさせようとするのがクリスだ。
「薬師見習いのままで薬師ギルドのダンジョン内出張所を見事にさばききった。さすが私の弟子だ。このまま育てばいずれは薬師ギルドを一つ、任せられるようになる」
「気が早いですよ、クリス」
サラは苦笑するしかない。組織の長になるためには、政治的な駆け引きも上手でなければならないし、リーダーシップも必要だ。そんな面倒くさいことをしてまでギルド長になりたいという理由がサラにはない。
それにクリスにしろカレンにしろ、カメリアのいけ好かない薬師ギルド長にしろ、サラがなりたいと思う大人とはほど遠い。
「私は、招かれ人はあまり目立たないほうがいいと思うんです」
招かれ人や一部の強い人がいると、それに頼ってしまうことになる。魔の山の管理人をネリーがやめられなかったのもそのせいだし、ハイドレンジアでもサラありきの作戦が立てられるのは困るのだ。
「サラが目立ちたくないというなら問題はそこではない。今回のことは、サラがハンターを煽って狩り勝負にしてしまったことに敗因がある」
クリスの冷静な分析にサラは渋い顔をした。そうはいっても理不尽に巻き込まれるのはいやなものだ。
「目立たないなどということは諦めて、なるべく人の思惑には乗らず、自分の好きなことに突き進めばよい。私のようにな」
「確かに」
クリスがそう言うと説得力があった。クリスは人に流されない。だが、薬師として、あるいはネリーを大切にする私人として、自分がやるべきだと思うことはたとえ報酬なしでもやる強さがある。それは巻き込まれるサラのような人にとっては迷惑至極なことでもあるのだが、サラも同じように流されなければ何の問題もないことなのだ。
「クリスにはクリスの在り方がある。だが、サラはサラのままでいい」
ネリーがサラにそう言い聞かせる。
「サラは自分だけでなく、周りの人すべてが居心地がいいように努力する。そのおかげで助かっている人がどれだけいることか。それが時にはサラ自身を面倒くさいことに巻き込んでしまうことになったとしても、それがサラのありようでいいのではないか」
サラのままでいいという言葉は、サラの中にすとんと納まった。
「でも、面倒くさいことはないほうがいいな」
「ちがいない」
とにかく、面倒な狩り勝負は終わり、薬師見習いとしてのミッションもこなしたのだ。サラは満足してお屋敷の門をくぐった。ハイドレンジアの町の暮らしは、これからが本番だ。
ハイドレンジア編 了
本日書籍4巻発売です。挿絵も最高なので、ぜひ書籍もよろしくお願いします。
駆け足更新になってしまいましたが、読者のみなさん、お疲れさまでした!
そしてハイドレンジア編が終わったので、更新はまたしばらくお休みしますが、続きますので気長に待っていてくださいね!