意外と楽しいかも?
一斉に始まった狩りを確認すると、サラは安全地帯から出て薬草採取を始めた。
「おっ、いきなり魔力草発見! なんで? 安全地帯の近くは乾いているから?」
疑問は尽きないが幸先はいい。ほくほくとしながら、丁寧に薬草かごの中に並べていく。一生懸命薬草を採っていたら、隣の部屋から呼ばれているような、少しくぐもった声がした。だがそんな訳はない。ここはダンジョンなのだから。
「サラ!」
「んー、なんだか呼ばれてるような? あ、また魔力草」
「サラ!」
今度ははっきりと声が聞こえた。さすがに今度はなんだろうと振り返ってみる。
「え? わあ!」
とにかく視界が真っ黒だった。ばっさばっさと舞うチョウの羽に埋め尽くされた視界には黒地に虹色がきらめいている。
「大丈夫か!」
聞こえていたのはクンツの声だった。
「サラなら大丈夫だから、クンツが離れろ! お前が麻痺毒にやられちまうぞ!」
バリアがあるから大丈夫なのは確かだが、アレンのその信頼も微妙な気がする乙女心である。
「大丈夫だから! クンツ、離れてて!」
サラからも叫び返す。
「まさかニジイロアゲハにまで獲物判定じゃないよね。別に蜜なんて出してないし。我ながら誘蛾灯みたい。でも、このアゲハたちをどうにかしないと、クンツが心配して狩り勝負どころじゃなくなっちゃう。さて、どうしたものか」
サラはいいことを思いついてポンと手を打った。
「一か所でじっとしてるから集まってくるんだよね! アレン、私あちこち動き回るよ! そうすればニジイロアゲハもそれなりに分散すると思う」
「ああ、了解した。少し下がるぜ!」
サラはもう少しバリアを大きく広げ、いったん安全地帯まで戻ることにした。そこからどう動き回るかを考えればいい。サラが動くとアゲハも一斉に動く。
「うわあ、気持ち悪い」
「失礼だよね。私のことじゃないとはいえ」
思いのほか安全地帯から離れていたようで、安全地帯につくころにはサラにまとわりついていたアゲハも少しは少なくなっていた。ポーションを置いてある机にはまだ誰も来ていない。サラが薬草を採っていた時間はそれほど長くはなかったようだ。
見上げると、集まってくるニジイロアゲハが安全地帯にぶつかっているのが見えた。その形をたどると、次の階に下りる坂道の入口のところを中心にして、球状に結界があることがわかる。
「自然に結界ができているって不思議。魔物が階を越えての移動もできないし、だからダンジョンの外に魔物が出られないのかなあ」
サラはその不思議な仕組みに首をかしげるのだった。
「おーい! おーい! 薬師ギルドー! そっちにいるんだろー! 麻痺毒にやられてんのに、ニジイロアゲハを越えていけって、それどんな地獄だよ!」
確かにそうだ。このままでは解麻痺薬を買いにきた元気な人までやられてしまうという二次災害が起こりかねない。サラはとりあえず声を頼りに安全地帯の外に出て、麻痺毒にやられてふらふらするハンターを支えてきた三人組を確保し安全地帯に連れてきた。
「どんな仕組みでアゲハが寄ってこないんだ?」
不思議がるハンターにサラは肩をすくめてみせた。
「企業秘密でーす」
麻痺毒のハンターはすぐに回復したが、予備の解麻痺薬を持っても、安全地帯から外に出るのはためらわれるようだった。
「こんなに集まってたら、ニジイロアゲハに当たらずに外に出るなんて無理だろ。結局また麻痺毒にやられるのかと思うとやる気が出ねえ」
まるでそれをきっかけにしたように次々と外からは助けを求められるし、そうでなければ結界内に飛び込んでくるハンターもおり、安全地帯はすぐに出ていきたくないハンターたちで賑わってきた。
アレンたちは戻ってこないところを見ると、外で順調に狩りをしていることだろう。
「あのー、この際だから思い切って外に出て、外から狩りをしてきたらどうです? 今なら狩り放題ですよ」
サラはほらと言うように片手をニジイロアゲハのほうに向けた。
「あー、ニジイロアゲハ二羽分で解麻痺薬一回分、いくら麻痺毒に当たっても別に損はないってわかってても行きたくねえ。誰だよこんな鬼畜な勝負考えたのは」
「さ、さあ?」
サラは皆にやりたいよねと問いかけただけであって、それに乗っかってニジイロアゲハを狩ってしまおうと考えたのはおそらくギルドの上層部である。もしかしてセディアスかもしれないが、いずれにせよサラのせいではない。あえて言うならザッカリーのせいである。
「じゃあ私が途中まで一緒に付いていってあげますから」
「付いていってあげるってお前、はっ。そういえばお前、どうやって安全地帯の中にハンターを連れてきた?」
一人のハンターがサラのことを笑い飛ばそうとして固まった。自分だって外から叫んでサラに迎えに来てもらったことを思い出したようだ。
「どうやってって、私結界みたいなものが張れるんですよ」
「どうやって?」
「こうやって」
サラはポワンとバリアを張ってみせると、そのハンターに触ってみるよう合図した。ハンターが恐る恐る手を伸ばすと、サラのバリアのところでぽんと弾かれた。
「おいこれ、ほんとだ、結界だよ……」
手のひらとサラを交互に見つつハンターは言葉を失った。
「だから、ちょっと離れたところまで連れていけますよ。そこからなら狩りもできるんじゃないですか?」
にこにこと笑うサラに後押しされたのか、やる気をなくして座り込んでいたハンターたちが次々と立ち上がった。
「一回一組ずつか?」
「いえ、何人でもたぶん大丈夫ですが」
サラはカメリアでヌマドクガエルをバリアで防いだ時のことを思い出して、大丈夫だと頷いた。
「同じ場所だと駄目でしょう。三方向、三回くらいに分けましょうか」
サラはまず自分の左手のほうにスタスタと移動した。
「じゃあ最初はこっちのほうに行きたい人どうぞ」
その声に左側に休んでいた人たち三組が寄って来た。
「なるべく寄ってくださいね。はい、行きまーす」
気分は添乗員である。これで薬師ギルドと書いた旗を持っていれば完璧だと思い、思わず口元に笑みが浮かぶ。
「ガウッ」
なぜか懐かしい声を聴いたような気がするサラである。
「ひっ……。ヘル・ハウンド! なんで五階層に……」
サラのバリアの向こう側には、三頭のヘル・ハウンドがいて、ハンターから戸惑いと恐怖が漏れ出ている。
「本当に真っ黒なんだ! 大きさは高山オオカミと同じくらい。ということは」
サラは大きく息を吸った。
「アーレーン! オオカミ! いた!」
自分は襲われないにしても、近くに来られたらとても怖い。そんな時は頼りになる仲間に任せよう。アレンはすぐそばにいたようで、タタッという足音と共にやって来た。
「サラ! 大丈夫か! うわ、なんで五階に!」
アレンもさっきのハンターと同じことを言っているが、すぐに足を止めてぐっと腰を落とした。
「二、三発殴ればどっか行くだろ。おらっ」
強化されたこぶしで地面にたたきつけられたヘル・ハウンドはキャインと鳴いて森のほうに逃げていった。あっけない退場である。
「何やってんだよ、サラ」
「うん、引率」
アレンはサラとサラに連れられたハンターをあきれたように眺めると、後ろで呆気に取られてアレンを見ていたクンツの元に走っていった。
「さ、ニジイロアゲハを狩りに行こう」
「あ、ああ。アレン、お前、ヘル・ハウンドも倒せたのか?」
「さあ。今日初めて殴ったからよくわからない。高山オオカミと同じくらいの強さなら倒せるけどな」
話しながら歩き去っていく二人を見送り、おそらく倒せるだろうなとサラも思った。
「あれもネフェルタリの仲間」
「うん。けっこう強いよ。でも入賞は上位六組だから、枠はあと五組ある。頑張って」
サラはぐっと手を握ってハンターたちを応援した。
「あいつらが一位になるって信じてるんだな」
「もちろんだよ」
今強いだけではない。努力を怠らないアレンは強いし、もっと強くなる。サラはそう信じているのだ。
「そろそろ大丈夫かな」
「ああ。ありがとう。その」
「サラだよ」
「サラ。頑張ってくるよ」
笑顔で三組のハンターを見送ったサラは、急いで安全地帯に戻り、順番にハンターたちを送り出した。
次は水曜日更新です。書籍は25日発売です(^^