初ダンジョン
「結局、一位だけが連れて行ってもらうのは不公平だから、ザッカリー組とネリー、クリス組がそれぞれ上位三組ずつパーティを連れてってくれるんだってさ」
「それでネリーが気の重そうな顔をしてたんだ。クリスはいつもと変わらなかったけど」
何かを言いたそうな顔でサラを見ていたが、経験上、ネリーの中で言いたいことがまとまるまで話し出さないのを知っているのでそっとしておいた。だがそんな事情だったとはと、サラは連れていかれる三組のハンターが気の毒になった。
ネリーはいい人だが、慣れるまではぶっきらぼうだし、クリスに至っては間を取り持とうとか居心地よくさせようなどと考える人ではない。緊張して狩りをするどころではないのではないか。
「そうそう、アレン、クンツ」
カレンが突然二人に話し始めた。
「サラは貸し出すけれど、サラには薬師ギルドからお仕事を持たせるから。あまり戦力としてはあてにしないでね」
「ちょっと待った!」
サラは片手をピシッと前に出した。薬師ギルドにいる以上、こういう理不尽はいつか来ると思って心の準備はできていた。何しろローザを出てからずっとクリスと一緒だったのだ。薬師と言う人種がどれだけ自分勝手なのかは理解している。
「まず私は勝手に貸し出されたつもりはありません。それに、何か仕事があるのならまず私に説明してください。ダンジョンに入るのさえ初めてなのに、余分な仕事までしなければいけないなんて、危なすぎるでしょう」
「まあ。サラでも危ないの?」
「初心者ですよ? 危なくないわけあります? なんですかサラでもって」
サラは控えめな性格だが、遠慮していたら勝手に会話を進められてしまうということをこの三年間でしっかりと学んでいた。カレンはあら、という顔をしてサラを上から下まで眺めた。
「でも私見ちゃったし。屈強なハンターが集まって大騒ぎしている中で、一歩も引かずに自分の意見を通してたわよね。結局今回の狩り勝負だってサラの提案通りになったわけでしょ?」
「それは……、つい?」
ネリーやクリスに慣れていたら、多少体格のいいハンターなどどうということはない。高山オオカミと毎日接していたら、怖さにも多少は慣れるというものだ。実際ローザでも騎士隊の襲撃は防いだわけだし、よく考えたらカメリアでは大量のヌマガエルから町を救ったのだった。サラの肝が据わったとしたら、それはこの世界のせいだ。
「でもそうね、サラに先に言わなかったのはすまなかったわ」
「まあ、私だって言ってくれれば、できることなら協力しますけど」
珍しくカレンが謝ってくれたのでサラも一歩引いてしまった。引くべきではなかったのだけれど。
「サラにはね、薬師ギルドダンジョン支部を担当してほしいのよ」
「はあ?」
ギルド長に失礼な物言いかもしれないが、サラの口からはそれしか出てこなかった。
「いいですか。私は初めてのダンジョンに行くんですよ。怖いんですよ。不安なんですよ。しかもニジイロアゲハを狩らなくちゃいけないんですよ。そんななか、どこで薬師ギルドの支部を開く余裕があるというんですか。しかも」
サラは腰に当てていた手をアレンとクンツのほうに向けた。
「一緒に組むこの人たちに迷惑をかけることになるんですよ!」
サラはどうだと胸を張った。これだけ理由を並べたら無理だとわかってもらえるだろう。
「もちろん、特別手当を出すわ」
「え、手当?」
サラは見習い相当で働いているので、給料は週ごとの支払いではあるが、正直いってそれほど高くない。薬草を採る時間の余裕もなく、ここのところの収入はあまりよいとはいえなかった。
「正規の薬師の一週間分の給料にプラスして危険手当。どうかしら」
アレンが一瞬やめろと言う表情をしたが、結局口には出さなかった。どういう理由でもサラが一緒のほうがいいらしい。
「ダンジョン支部って、どういう仕事をするんですか」
「そうねえ」
うっかり手当につられて話を聞いてしまったのが運のつきだったかもしれない。要は流れの薬師として、求められたらポーションや解麻痺薬を売るということらしい。
「サラにいてほしいのは低層階の最下層、五階よ。五階に行って薬師を捕まえられれば、軽い麻痺くらいでダンジョンの外に出る必要はないと思うと、参加するハンターも楽でしょう」
カレンの言葉に、アレンも重ねるようにこう言った。
「サラは三人の人数合わせにお願いしたけど、サラが倒す数はあてにしないでおこうって決めてるんだよ」
「私、倒さなくていいの?」
「ああ。一度、魔の山以外のダンジョンに一緒に行ってみたかっただけなんだ。どうせサラがハンターになることはないんだろ」
アレンは少し残念そうだったけれど、サラが薬師見習いを楽しんでいることはしっかりと伝わっていたようだ。
こうして明後日に向けて大量の解麻痺薬を作らねばならない薬師ギルドはにわかに慌ただしくなった。
「というわけで、私はダンジョンには数合わせで入ればいいから、狩りはしてもしなくてもいいんだって。その代わりに薬師ギルド支部をやることになっちゃって」
お屋敷に戻ってサラがそう話すと、ライオットがほうと感心した顔をした。
「収納袋があるとはいえ、いざというときに薬師がいると助かるだろう。だがそもそもダンジョンに入ったことさえないのに、サラは大丈夫なのか」
ハイドレンジアに来て、共にしている食事の回数が誰よりも多いのがライオットである。サラのことはまるで孫のように大事にしてくれていた。
「なあに、サラはダンジョンに入ったことはないが住んでいましたからね」
なぜかネリーが自分のことのように胸を張る。
「魔の山は魔物がいる以外は普通の山だったんです。空も見えたし、森や草原もあって。だから地下のダンジョンだって聞いてちょっと不安はあります」
サラは正直に自分の気持ちを告げた。
「ああ、そうか。ハイドレンジアのダンジョンは魔の山に近いぞ。地下だが洞窟ではなく、ある程度広い空間があり、昼は明るく夜は暗い。森も空もある。そうでなければ、ワイバーンが飛んでいるなどあり得ないだろう」
確かにあの大きい生き物が地下の狭い空間にいるなど想像もつかない。
「地下にあるダンジョンの上からいくら掘ってもダンジョンにはぶつからないと言われている。不思議なことだが、ダンジョンはこの世界とは別の世界ではないかと言われているよ」
とても難しい話だが、それならなぜ魔の山は外からも見えたのだろうか。
「魔の山に見えているのは魔の山ではない、ということだな」
「どういうこと?」
サラにはさっぱりわからなかった。
「魔の山の出入り口はあそこだけだが、別のところから山に登ろうとすると全く別の普通の山らしい。つまりダンジョンではない山とダンジョンが重なって存在しているのではないか、ということだ」
地下にあるダンジョンも、本当の地面とダンジョンとが重なって存在している。魔の山はそれがたまたま地上にあったということらしい。
「女神さま、なんでそんな複雑な世界にしたの」
「さあな。おかげで私は生活できているからなんの不満もないが」
この世界に来て三年、やっと知ったダンジョンの真実であった。
それでも一番気になっていた狩りに無理に参加しなくてよくなったことで、サラの気持ちはだいぶ楽になり、魔の山に似ているという、初めて訪れるダンジョンを楽しむ気持ちのほうが大きくなってきていた。
結局薬師ギルドからは、かなりたくさんの解麻痺薬を持たされた。
「念のため本来の解麻痺薬も持たせるわ。こちらが五千ギルで、弱い解麻痺薬が千ギルね。一応ポーションも上級ポーションも、魔力薬も上魔力薬も全部持たせちゃう!」
大サービスみたいに言っているが、要はカレンは何でも売れと言っているだけなのだ。サラはしぶしぶポーチにポーション類を詰め込む。売る機会がないに越したことはないので、サラは明日から暇でありますようにと祈るしかなかった。
次の日、朝五時にハンターギルド前に集合したサラたちは、ギルドの前をまっすぐ町の外に出たところにあるダンジョンに急ぎ足で向かった。
ダンジョンがあるという場所は緩やかな丘になっており、そこにぽっかりと開いた穴の前に二人、門番のような人が立っていた。ローザでは外側は建物で覆われていたが、場所によって違うものだと感心する。
「君たちもザッカリー杯に参加するのか。ほとんど最後だぞ」
笑みを含んだ声で言われたが、なるほど皆早くからダンジョンに入っているらしい。サラはと言えば、ザッカリー杯と名付けられて、かの黒の人が渋い顔をしているのが目に浮かんで胸がすく思いだった。
「無理はしない主義なんだ。じゃあ、行ってくる」
「気をつけてな!」
門番の声に送られて大きな穴の中に恐る恐る踏み込むと、中は案外明るく下り坂が見通せる。
「このままゆるい下り坂を行くと、突然大きな空間がひらけるんだ。さ、行くぞ」
ほんの少し身体強化で急ぎ足になりながら、てくてくと進んでいく。するとアレンの言った通り、突然もっと明るい場所に出た。まぶしさに一瞬目を細め、目を見開くと、そこには懐かしい景色が広がっていた。
「魔の山の入口と同じだ……」
うっそうと生い茂った森に青い空。だがよく見るとそれは空ではなく突き当たりがあり、階層全体が大きなホールのようになっているのだという。
「あ、シロツキヨタケ」
「それは今はいいから。魔の山みたいにいきなりハガネアルマジロが出てきたりはしないから、この道を駆け抜けるぞ」
「うん」
時折オオカミが木々の間から様子をうかがっていたり、鮮やかな黄色い芋虫やワラジムシのようなものが見えたりしたような気がしたが、それは全部見なかったことにする。
少し息が切れそうになった頃、クンツがスピードを緩めた。森が途切れ、崖のようなところにダンジョンの入口のような穴がぽっかりと開いている。
「ここが二階に続く坂。そしてこの緑の生えていないところが安全地帯なんだ」
言われて振り返ってみると、ひらひらと飛んでいるニジイロアゲハもまるで壁があるかのようにひらひらと戻っていく。
「これをサラに見せたかったんだ」
アレンはサラと同じ方を眺めている。
「虫の魔物が怖いってサラは言うけど、明るいところでみる黄色いイモムシはきれいだろ。あっちに飛んでるキラービーだって巣を狙わなければ襲ってこない。モフモフの首回りがかわいくないか」
「うん。かわいい。ニジイロアゲハもこれだけ飛んでいると幻想的だね……」
大急ぎで駆け抜けてきたからニジイロアゲハにかまっている暇はなかったが、森の手前で狩りをしていたハンターがちょうど麻痺毒を食らうのが見えた。
「うん。幻想的だけど、やっぱり魔物だ」
うっかりファンタジーの森に迷い込んだかのように錯覚したが、ここは魔物のいるダンジョンだ。サラたちは気を引き締めて五階に向かった。
「わあ、すごい数のニジイロアゲハだね……」
一階から下るにつれ、森の割合が減り草原が増え始め、それに合わせるようにニジイロアゲハも多くなった。五階について空を見上げると、空よりもニジイロアゲハのほうが多いように見えるくらいだ。ハンターたちもそろそろ狩り始めようとじりじりと空を見ている。
「じゃあ、行ってくる!」
時間になって手を振りながら走り出したアレンとクンツを笑顔で見送ると、サラは崖よりのところにドンと横長のテーブルを出した。そこにポーション少しと解麻痺薬をたくさん並べ、「近くにいます。おーいと呼んでください」という紙を貼りつける。
勝手に持っていく人はいないだろうし、サラも売り子としてじっとしてるのは嫌なので考えた作戦である。なにしろ久しぶりに薬草採取ができるかもしれないのだ。
次の更新は火曜日です。水、木、金と更新し、金曜日は4巻の発売日です。本編とはちょっと中身が違いますよ。