狩り勝負
「そっちは新入りか?」
クンツのことは知っているのだろうか、声をかけられたのはアレンだった。
「ああ」
アレンは短く答えた。
「お前は?」
サラは別のところを見ていたので自分に問いかけられたのに気づかなかった。クンツが肘打ちしてきたので、初めて顔を上げると、真っ青な目がサラを見ている。クンツの言っていた通りの黒髪に青い瞳だ。
「え? わた、私ですか?」
「他に誰がいる」
ハンターではないが、この時間ハンターギルドにいたからハンターと思われたのだろう。
「私は新入りではないです」
「そのなりでベテランか?」
眉を上げられたのでサラは誤解に気づいた。
「ああ、私は薬師見習いで、ハンターではないという意味です。薬師としては新入りですけど」
「薬師? そんなに隙がないのに?」
黒い人の言葉に周りがまたざわつき始めた。ぼんやりして返事さえしなかったサラのどこに隙がないのだという反応だろう。サラ自身もそう思う。
「こいつらネフェルタリの腰ぎんちゃくなんですよ、ザッカリーさん」
「ほう」
さっきの若い三人組が黒い髪のハンターに告げ口している。
「腰ぎんちゃくってなんだよ。俺たちはただネリーとは仲がいいだけだ」
相変わらずアレンはいいことを言う。
「ネフェルタリと仲がいい? あの孤高の女とか」
無表情だったザッカリーの表情が動いた。別に親切に返事をしてやる必要もないので、私もアレンもふんとそっぽを向いた。
「さ、帰ろ。時間がもったいないし」
「そうだな。なあ、あんた」
アレンがザッカリーのほうを向いた。
「なんだ」
「自分の腰ぎんちゃくの管理はちゃんとしとけよ。迷惑なんだよ」
ほうっという感嘆にも似た空気があたりを覆った。とても生意気な言い方だが、薬師ギルドに知らせてきてくれたハンターのように中立の立場の人から見たら、一方的に迷惑をかけられているのはアレンとクンツ、そしてサラであることは確かなのだ。それをはっきりと言ったアレンに対する賞賛だろう。
ようやっと帰れるとほっとしたサラは、せっかくザッカリーがあけた道を帰ろうとした。
「待て」
「ええと、何の御用でしょうか」
代表してサラが聞いてみた。サラは事なかれ主義だが、一応社会人経験はあるのでこういう時の対応はできなくはない。
「お前たちの実力に興味がある」
「そうですか」
サラはにっこりと笑ってみせた。
「普通です。じゃあこれで」
「明日、俺と一緒にダンジョンに来い」
サラはダンジョンには行かない。そもそも薬師だと言ったではないかと思い、どう説明しようか悩んでいると、クンツが答えてくれた。
「俺たちはパーティを組んだばかりで、まだ低層階を探り探り進んでいるところなんだ。あなたには物足りないだろう」
サラはうんうんと頷いた。初心者に付き合っているほど暇ではないはずだ。
「いや、深層階に連れていく。強い魔物とどう戦うか見てみたい」
サラは思わず顔を上げてあきれた目でザッカリーを見てしまった。
見てみたいなどと言う理由で、初心者を深層階に連れて行くなど狂気の沙汰だ。怪我をしたらポーションやハイポーションで治るとはいえ、死んでしまったらどうしようもない。そして深層階とは、怪我ではすまない魔物がいるところなのだ。ワイバーンとか。
あれ、意外とたいしたことないかもしれないとサラが思ったのは魔の山育ちだからであるが、アレンはともかく、クンツがワイバーンを狩れるレベルだとはとても思えない。
「ザッカリーさん、それなら俺たちを連れて行ってくださいよ」
さっきの若者たちが抗議しているが、サラもそうすればいいのにと思う。子分なんだから。
「サラ。迎えに来てくれたのか?」
「ネリー!」
優しい声はネリーだ。ギルドに入ろうとしたら入口に人がたくさんいて戸惑っていたらしい。サラの声がしたので声をかけてくれたのだろう。
サラはネリーにきゅっと抱き着いた。おお、という声が上がっているが、きれいな人に抱き着けるサラがうらやましいのに違いないとニヤリとする。
「違うけど、せっかくだから一緒に帰ろう」
「ああ。ちょっと受付と、それから薬師ギルドに寄っていきたいが待てるか?」
「うん。アレンもクンツもいるよ」
そう言ってサラが振り向くと、きつい目をしたザッカリーがこっちを見ていた。
「うへえ」
「あいつは……」
ネリーは思い出そうとするかのように眉をひそめた。
「久しぶりだな、ネフェルタリ」
「お前、ザッカリーか」
声を聴いて思い出したようだが、その声には純粋に驚きしかなかった。サラは冷静に二人を見比べてみる。クンツには、ザッカリーはネフェルタリに対抗意識を燃やしてるようなことを言われていたし、実際子分と思われるハンターたちに嫌がらせのように絡まれていたところではある。
だが、この二人が憎しみあっているというような雰囲気ではないし、これからどうなるのか。
ここで、『久しぶりだが元気にしていたか』などと言えれば合格なのだが、いかんせんネリーに社交能力はない。ネリーは知り合いの名前を思い出したことで十分満足したのか、すぐにサラの方に向き直った。
「今日はなんだか人が多い。危ないから私と一緒に行こう」
「待てよ」
このくだりはどこかで経験があるとサラの脳裏に浮かんだのは、カメリアのギルドに行った時のことだった。あの時も話がかみ合わず大変だったのだ。
「なんだ。ザッカリー」
珍しく名前を呼んだのは、知り合いの名前を思い出せて嬉しかったから、もう一度言ってみたかったのに違いない。
「俺は今そいつらと話していたところだ。話が終わるまで待ってくれ」
「なんかアレンたちと一緒にダンジョンに行きたいんだって」
アレンが俺に押し付けるなんてずるいぞという目でサラを見たが、サラはそもそもハンターではないのを忘れないでほしい。
「お前もだ」
「私は断りましたので」
サラはザッカリーに話は済んだという顔をした。ネリーはサラのつんつんした様子を不思議そうに眺めると、ザッカリーに顔を向けた。
「サラは穏やかな子だが、なにか怒らせたか。この子は薬師を目指していて、ダンジョンは入らないぞ」
親しげではないが穏やかに話すネリーに、周りのハンターたちが意外そうな目を向けている。
「薬師でもダンジョンに入る者もいるだろう。そこの優男みたいにな。まだネフェルタリの周りをうろうろしているのか、クリス」
サラはあっと思いネリーの後ろを見ると、確かにクリスが立っていた。ネリーと一緒に潜っているのだから当たり前といえば当たり前なのだが、どこにいても主役のような人が目立たずにいるのは不思議な感じだ。
「私はいつでもネフのそばにいたい男だが、なにか問題でもあるのか」
いつもは引くこの発言が、なぜだか今はかっこよく感じるサラである。ザッカリーが何も言えずぐっと詰まっているのも胸がすく。そしてネリーの年代のハンターは皆クリスを知っているのだなあと感心もした。ザッカリーは気持ちを立て直して話し出した。
「怪我をしてもすぐに治すと保証する。どうだ」
「怪我をすること前提って変でしょ」
無視しようとしていたサラだが思わず突っ込んでしまった。
「俺は」
アレンがついに口を開いた。
「そういうことなら、行ってもかまわない」
「俺もだ」
クンツも同意している。
「ええ……」
理由もなく突っかかられたり、命令されたりするのは嫌だが、強いハンターの監視のもとに深層階に潜れるという機会は珍しい。ザッカリーの提案はさっきの若者たちとの揉め事とは別物と考えると、むしろ願ってもないものなのだろう。
サラはそのハンターらしい思考に戸惑いを感じるが、アレンとクンツがそうしたいならそれでいいと思った。
「ちょっと待ってください、ザッカリーさん」
また待てが来たぞとうんざりするサラだが、今度の待てはさっきの若者たちだった。
「俺たちだって連れて行ってくれたことがないのに、なんで新参者をひいきするんですか。ハイドレンジアにいる若いハンターは、みんなザッカリーさんと一緒にダンジョンに行けたらいいと思ってるってのに」
その考えはもっともだと思う。ハイドレンジアを拠点にしているのなら、そこを大事にするべきだ。サラはうんうんと頷いた。
「だがお前たちに深層に行けるほどの実力はないだろう」
「そいつらと俺たちを勝負させてください! 勝ったほうがザッカリーさんに付いていく。それなら諦めるさ」
憧れのザッカリーにこれだけはっきりものが言えるのなら、彼らは腰ぎんちゃくではないかもしれない。サラは少し見直した。しかし見直している場合ではなかった。
周りのハンターたちも、ハイドレンジアのハンターを優遇すべきだという意見に賛成のようで、さすがのザッカリーも考え込んでいる。
「よし、いいだろう」
「やった!」
若者が喜んでいるのをサラは気の毒そうに眺めた。アレンは強い。それに魔法師のクンツの助けが入ったらもっと強いだろう。
「三対三。ちょうどいい」
「よくないよね」
すかさずサラは突っ込みを入れた。いや、入れざるを得ないではないか。
地団太を踏みたいところだが、心は大人なので我慢する。
我慢するが、やられっぱなしではいられない。サラはきっと顔を上げた。
「勝負って言っても、何をするんですか」
「そうだな」
ザッカリーはふむと顎に手を当てた。サラは半目になってザッカリーを見た。この人のせいでサラがダンジョンに入る羽目になったのである。
「手っ取り早く、ヘル・ハウンドの数でどうだ」
「それ既に深層階ですよね、初心者にやらせるっておかしいですよね」
サラはもう泣きそうだ。不戦敗でいいだろうか。
「そうだ」
虫と言ってもサラに耐えられるものがあったではないか。
「よし、こうしましょう」
ポン、と手を合わせる。
「増えて増えて困っていると聞きました。ニジイロアゲハの数で競いましょう」
「ニジイロアゲハ……。つまんねえ」
若者たちがぶつぶつ言っているが、知るものか。
「それに、それなら私たちだけがやる必要ないですよね」
サラはくるりと振り返った。こうなったら、皆を巻き込んでやる。
「皆さんだって、ザッカリーさんと一緒に深層に行きたいですよねー?」
急に自分たちに話しかけられたハンターたちは一瞬戸惑い、その後若い世代の者たちが目の色を変えた。
「そうだ! 俺たちだってベテランに付いてもらって深層階に行ける機会なんてないんだ! 行きたいぞ!」
サラは右手を突き上げた。
「じゃあ、皆で狩り勝負だ!」
「おー!」
盛り上がるハンターたちを横目に、サラはまたネリーたちのほうに向き直った。
「と、いうわけで。ニジイロアゲハの数を競うことになりました。いいですね?」
ザッカリーはしぶしぶと頷き、
「では、日程は後日」
と言い捨てて去っていった。
「サラ。なんでニジイロアゲハにしたんだ」
「だってたくさんいて困ってるって言ってたから」
「けどさ、俺たちが勝ったら、サラも深層階に連れていかれることになるんだぞ」
「あ」
つい意地になってしまった自分に深く反省したサラであった。
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