ワイバーン一頭分の意味
迷いスライムは小屋のそばでも見かけるが、目の端に陽炎のように映るだけで、視線を動かすと消えてしまう、不思議な生き物なのだ。どんな色なのか形なのかもサラははっきり見たことがない。それでも、サラには一度やってみたいことがあった。
「目は動かさない、けど、いつもの炎、追尾で、行け」
サラの前に高熱の親指の爪くらいの炎の小球が生じたかと思うと、シュッとスライムのほうに消えていった。
「今まで成功したことなかったんだけど……」
サラは岩場の上からゆっくりと回りこんでみた。スライムがいたと思われるあたりに、きらりと光るものがある。
「あった! これが迷いスライムの魔石かあ。初めて見たよ」
しゃがみこんで魔石を拾うと、立ち上がって魔石を日に透かして見た。魔物の魔石は黒っぽいのだが、この魔石は乳白色で、日にかざすと中にさまざまな色が浮かんで見える。
「まるでオパールみたい」
「キエー」
「きえー?」
ドウン。ドスリ。
何物をも跳ね返すはずのバリアが大きく揺れたような気がした。
「ま、まさかね」
サラは慎重に魔石をポーチにしまうと、ゆっくりと後ろを振り向いた。
ワイバーン一頭。
ご臨終です。
「なんでこんな。生き物を倒す覚悟を決めたばかりの日に、こんな大物が来なくても」
「ウウー」
「ウウー」
様子をうかがっていた森オオカミが、ワイバーンが完全に死んだと判断し、寄ってこようとしている。
「うそ、ワイバーンを食べるの」
「ガウッ」
ワイバーンは死んでいても怖い。首が折れて開けっぱなしの口にはギザギザの歯が生えているし、高山オオカミの何倍もの大きさがあるし、大鹿をつかむかぎ爪も鋭い。
でも、高く売れるとネリーが言っていたではないか。
それをみすみす森オオカミに食べられてしまっていいのか。
いや、よくない。
サラは収納ポーチに手をやり、その手をそのまま止めた。
「ワイバーン一頭分は入るけれど、ワイバーン一頭分しか入らない」
ということは、中に入っているキャンプ道具や薬草や非常用の食料やさっきの森オオカミを全部出すということで。
サラは目だけ動かした。
その間に、ワイバーンは食べられてしまうだろう。
ではどうしたらよいか。
サラはため息をついた。
「バリアを膨らませて、私とワイバーン両方が入るようにしよう。そして、あとはネリーを待とう」
バリアが多少は大きさを変えられることは実験済みである。
「うう。死体と一緒。ワイバーン怖い」
サラはワイバーンの近くに寄ると、しぶしぶとワイバーンを覆うようにバリアを膨らませた。
異変に気付いた森オオカミが、急いでやってくるが、
「キャウン」
とバリアにはじかれた。
「ネリー」
サラは早く戻ってきてほしいと心から願った。
ネリーの帰ってきたのは夕方のことだった。確かに昼を食べてから出かけたから、いつもよりずっと遅い出発だった。だからと言って、いたいけな11歳を一人で暗くなるまで放っておくとはどういうことか。
サラはキャンプ道具の明かりをともしながら、ワイバーンのそばでぶつぶつ言っている。
秋の終わり、夕方は結構冷える。バリアの周りのオオカミの目が明かりをはじいてきらめくのがまた嫌な感じだ。
「サラ?」
岩場の向こう側、最初にいた大きな岩のところからネリーの声がした。
「ネリー! こっち!」
「なんでそんなところに、うわっ」
ネリーの声が近づいてきて、最後は驚きで終わった。オオカミは散っていった。さすがネリー。
「ワイバーンじゃないか。なんでだ。あっ、森オオカミのようにバリアにぶつかったのか。それにしても」
「大きいし、空から降りてきたから、すごい反発があったんじゃないかと思うの」
「さすがのワイバーンも自分の勢いで殺されてしまったというわけか。だが、収納にしまえばよかったのに」
「だってこれ」
「あ」
「ワイバーン一頭分……」
ネリーはこほんとのどを整えるかのように咳をすると、
「ほらな、こんなことがあるから、最低ワイバーン三頭分は入る収納袋が必要なんだ」
と言った。
「ないから。こんなこと、まずないから」
「う、うむ。そうか」
真顔で否定したサラに、ネリーは気まずそうに同意した。
「さすがにサラが疑われずにワイバーンを売ることはできないだろう。ギルドの一員として心は痛むが、まあ私ならワイバーン一頭でも二頭でも疑われないからな。私が売っておこう。それでな、サラ」
「なあに?」
ネリーはまたコホンと咳をした。
「ワイバーン一頭、売って一千万ギルなんだが、そのお金で」
「ワイバーン三頭分の収納袋、背負う型で買ってください」
「うむ。それがよい」
これではいつまでたってもお金がたまらないような気がするサラである。
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