ギルドでの薬師修行
「じゃあ今度はこれ。この薬草の切れ端をすりつぶすこと」
サラが長さを揃えるために切った切れ端を再利用ということだ。エコだなあと思ったが、おそらく練習用に無駄になってもいい薬草を使えということなのだろう。
「わかりました。すり鉢は自分の物を使ったらいいですか」
「ちょっと待った!」
「わあ!」
どこからかカレンが現れた。
「そそ、そのすり鉢って、まさか、クリス様の?」
「はい。おさがりです」
「なんですって!」
昨日ここで調剤器具を売ってもらえなかったからおさがりをもらったのに、何を驚いているのだろう。
「買うわ。いくらかしら」
「うわあ」
サラは思わず一歩下がった。確かに昨日、ファンを侮るなとは思ったが、実際に熱狂的なファンを見ると引いてしまうものだ。おそらくかなり高く吹っ掛けても買うことだろう。一瞬頭の中でそろばんをはじいたサラだったが、せっかくの贈り物を譲るわけにはいかない。
「もらったものとはいえ勝手には売れないので。すみませんが」
「チッ。手強いわね」
サラがポーチを守るように手を当てたくらいの迫力である。
「仕方ないから、予備のすり鉢を貸してあげて」
クリスの貴重なおさがりを汚したくないという気持ちなのだろう。だが、昨日既に使用済みだし、もうサラのものだから次使う人はサラのおさがりを使うことになるのだと、サラは内心ニヤニヤした。
茎から葉っぱをむしり取り、すり鉢に入れるが、多すぎても少なすぎてもいけない。本来10束分と決まっているのだが、サラが使っているのは切れ端なので、目測で10束分になるまで葉っぱをむしり取って入れる。
フードプロセッサーのように、魔法で粉砕できないかと思ったが、サラのイメージでは実現は難しく、カメリアで薬草を飛び散らせてテッドに叱られたのは一生の不覚だった。
何かいい考えがあると思うのだが思いついていないサラは、椅子に座っておとなしく薬草をすりつぶす。すりつぶす段階では熱を与えてはいけないのでここは急いではいけない。丁寧に一定の速さで手を動かしていく。意外といい先生だったテッドの言葉がそのまま頭に浮かんで、カメリアでの忙しい生活が懐かしく思い出された。テッドはちゃんと人と衝突せずに薬師ができているだろうか。まあ、できていないだろうなとふっと微笑むサラである。
気がつくといい具合に薬草はすりつぶされていた。濃縮した青汁の原液のような色だ。
「できましたっと。わあ!」
サラが満足げにすり鉢を抱えて立ち上がると、薬師たちがやはりサラのことを見ていた。びっくりするからやめてほしい。
「見せてみろ」
さきほど指示をくれた薬師がすり鉢を取り上げ、様々な角度から見ている。まるでお茶のお作法でお椀を見ているみたいとサラはちょっとおかしくなった。
「どのくらいの量の薬草を入れた?」
「目算ですが、薬草10束と同じくらいになるようにしました」
「わかった。これは借りる」
その薬師はすり鉢をそのまま壁際に持っていくと、ポーションを作り始めたようだ。
次の作業を指示されていないことをいいことに、サラはシロツキヨタケのほうにそろそろと近づいた。
半分に切り分けられたシロツキヨタケの表面にはニジイロアゲハが好むという蜜が水滴のように浮き出ている。それを丁寧にヘラですくいとり、ビーカーのような容れ物に移す作業をしているのだ。それが終わるとツキヨタケは捨てられ、新しいツキヨタケがまた半分に切り分けられる。
集められた蜜はベテランらしい薬師が水を足し湯せんで温めている。それを青い液体の中に入れ、魔力を注ぎながら一定の速さでかき回す。青い色がすっと透き通ったらかき回していたさじが引き抜かれる。
「ふう。すりつぶす手間がかからないのはいいですが、普通の解麻痺薬の五分の一の効き目しかないんじゃ効率が悪いですね」
どうやらシロツキヨタケから解麻痺薬を作っていたようだ。そばでじっと作業を眺めていたカレンが肩をすくめている。
「手間も何も、すりつぶすと薬効がなくなるなんて思わないじゃない。麻痺草がそうそう手に入らない以上、これをニジイロアゲハ用に安く販売するしか道はないのよ」
サラはそれを聞いて驚いた。
クリスにお願いしたいと言っていた、シロツキヨタケから作る解麻痺薬は、既に完成しているということではないか。できているのにクリスとネリーの邪魔をしようとしたことに腹が立ち、サラは思わず非難の言葉を口にしようとしたが、思いとどまった。
おそらくクリスはこのことを知っていたのだ。クリス自身は既に解麻痺薬を自分なりに完成させていたようだったから、カレンなら同じようにできるとわかっていたのだろう。
そして解麻痺薬を作るというのが口実で、クリスに薬師ギルドの手伝いをしてほしかっただけなのだということも。
サラが非難していい人がいるとするなら、それはサラを薬師ギルドに勝手に貸し出したクリス以外にはいない。サラはふうっとため息をついた。
「君! 次は普通に薬草一束をすりつぶしてみなさい」
そんなサラにまた仕事の指示が入ったので、サラは元の場所に戻った。こころなしか指示をくれる薬師の対応が優しくなっている気がする。
「それが終わったらお昼だから、もう少し頑張りなさい」
「はい」
やっぱりだ。意地悪よりずっといいと思いつつ、サラが薬草の葉をプチプチとすり鉢に落とし、丁寧にすりつぶしたところで確かにお腹が鳴った。
「さあ、お昼よ!」
薬草をすりつぶすなど、カメリアで必死で働かされていたころに比べたらたいした仕事ではなかったが、さすがに知らない人のところに一人いるのは緊張したので、お昼になってほっとした。
お弁当が配られると、意外なことに薬師がわらわらとサラに寄って来た。
「君はローザから来たの? テッドって知ってる?」
「知ってます! 薬草をすりつぶすのはテッドから教わったんです」
「まさか!」
サラが初心者とはいえ薬師の基本ができていたことが午前中で伝わったようで、最初は無関心で面倒そうだった薬師たちの反応はやわらかいものに変わっていた。
王都での薬師経験のあるものも多いらしく、テッドを知っている人もいたりして話も弾んだ。
「この子、すりつぶしたことのあるものが薬草だけみたいだから、ポーションの作り方を覚える前に魔力草や毒草の扱いを教えたいんですけど」
そして午後からは、ちゃんと薬師見習いらしい仕事をさせてもらえることになった。
いつもと違う作業に夢中になっていると、ギルドの入口の方からキャーと言う声がした。
「くくく、クリス様がいらっしゃってます! サラを迎えに来たって!」
店番をしていた若い薬師の人だ。昨日でクリスの顔を覚えたのだろう。サラはほっと胸をなでおろした。正直なところ、最初から一週間もダンジョンに潜るのかと思うと心配でたまらなかったのだ。それにクリスが来たということはネリーも一緒だということになる。
「失礼する」
「キャー!」
「ギャー!」
クリスが作業場に顔を出した途端、歓喜の悲鳴に包まれたが、野太い声もあったから、そのファン層の広さにはサラも感服せざるを得ない。迎えに来てくれたのは驚きと共に嬉しくもあったが、同時に不思議でもあった。
薬師ギルドに来たくなかったからサラを生贄に差し出して逃げたのではないのか?
「ああ、そういうのはいい」
片手を上げて喜びの悲鳴を振り払うクリスはまったく表情が変わらない。
次は火曜日更新です。
書籍4巻は25日発売です(^^