薬師修行はじまります
「あの方はいつもいつも勝手なのですよ」
ため息と共にカレンがつぶやいているが、その勝手に一番振り回されているのがサラである。だがカレンの文句はお門違いだ。
そもそもネリーは今日からいきなり一週間ダンジョンに潜るつもりはなかったはずだ。最初は様子を見て、その後少しずつ。クリスは心配していたが、魔の山でもネリーは慎重だった。
それがこの人のせいで、逃げ出すようにいなくなってしまった。しかもクリスもだ。サラだって少しくらい怒ってもいいと思う。
「確かにクリスは勝手なことをすることも多いですけど、今回の件について勝手なのはあなたのほうだと思います」
カレンはこれから上司になる目上の人かもしれないけれど、サラははっきり言っておかなければならない。カレンは初めて目に入ったというような顔でサラを見た。
「人の後ろをついてくるだけの子かと思ったら、案外言うじゃない」
サラはうんざりした。こういう押しの強いタイプの人は、何を言ったって堪えたりしない。それならこれ以上何を言っても無駄だ。
「薬師ギルドに行くわよ。クリス様はあなたにポーション作りを教えてくれと言ったわ。いつ戻っていらっしゃるかはわからないけど、頼まれたからにはやるしかないでしょ。ついでに人手も確保できたし」
最後の一言が本音だろう。だが、教えてくれるというなら薬師ギルドに行ってもいいかと心が動いた。こうしてサラはほぼ面識のない人のいる薬師ギルドに一人で放り込まれることになったが、ほんの少しワクワクする気持ちもあった。久しぶりの新しい場所、新しい出会いだ。
「じゃあ行きましょうか、薬師ギルドに」
サラの一言に、カレンは戸惑いを見せた。
「え?」
「え?」
薬師ギルドに行くのではなかったかとサラも首を傾げた。
「あなた準備は」
「ここに」
サラは収納ポーチをポンと叩いた。
「収納ポーチを持っているのね」
これだから甘やかされている子どもはという雰囲気があったので、サラははっきり言ってやった。
「もちろん、自分で買ったものですよ。薬草を売って」
「あらそう」
サラはちょっと心配そうに二人を見守っていたライオットと目を合わせると、ぴょこりと頭を下げた。
「ライオットさん、こんな事情で、ネリーとクリスはダンジョンに行ってしまいました。長ければ一週間戻ってこないそうです」
「急なことだな」
「ええ、予定外のことがあったもので」
サラはちらりとカレンのほうを見た。ちょっとくらい皮肉を言ってもいいはずだ。
「私もこれから薬師ギルドに行くことになりました。でも夕方には戻ってきますね」
それからご飯を一緒に食べましょうねと言う意味を込めてにっこりと微笑んだ。
「ああ。頑張っておいで。待っているから」
平然と町まで歩いて行こうとしたサラは慌てたカレンに止められて馬車に乗り込んだ。たとえ相手が好きじゃなくても、サラにいろいろ教えてくれる予定の相手である。馬車の中は大変気まずい雰囲気だったが、少なくとも反抗的な態度はやめて普通に振る舞おうとサラは呼吸を整えた。
「ところで、どこまでクリス様から学んでいるの?」
サラは考えた。カレンが聞きたいのは、薬師として何を学んでいるのかということだろう。そしてクリスの言ったことを思い出しながら答えた。
「ええと、この間は水辺に生えている薬草について教えてもらいました。効果は薬草一覧に載っている薬草の五分の一ほどしかなく、抽出するとさらに薬効が弱くなるため、非常時に直接食す。肉などの付け合わせに使われることもある」
「それは私も知らなかったわ。王都では薬草採取なんて研修はなかった」
カレンは真顔だ。
「カメリアではチャイロヌマドクガエルの毒腺から毒を抽出し、解毒薬にしたものを瓶に分ける仕事だけをしました」
「毒を抽出したんじゃないのね。それは良かったけれど、ずいぶんバランスの悪い教え方ね。普通は薬草をきちんと見極めて買い入れできるよう、薬草の仕分けから勉強するのよ。その後はえんえん薬草のすりつぶし。それを最低でも一年続けられないとポーションの作り方には入れないのよ」
もともと薬師希望ではなく、その時その時、できるお手伝いをしていただけなのだが、そのことを言いたいとは思わなかった。
「薬草採取の仕事をしていたので、薬草の見分けはできると思います」
「薬草って薬草だけじゃないのよ。魔力草とかもあるのよ」
カレンが馬鹿にしたようにそう言ったがサラはただ頷いただけだった。
「ええ。魔力草も毒草も、麻痺草も、薬草一覧にある六種類はよく採取していたので見分けはつきますよ」
「まさか」
はっと吐き捨てるような態度は変わらなかったが、サラが平然としていると表情が変わった。
「まさか本当に?」
「はい。収納ポーチとキャンプ道具を自分で買えるくらいにはちゃんとした仕事をしていました」
「そ、そう。確かに薬草だけではそんなに稼ぐのは大変よね。後で確かめてみるわ」
最後は自分に言い聞かせるようだった。
そこから薬師ギルドまでは無言だったが、サラはどうやら自分の役割を理解した。
とりあえず、薬草をすりつぶすことだ。カメリアではテッドに教わってやっていたが、ほんの数週間の間のことだ。それを一年やるのが普通なら、サラは薬師ギルドでえんえんと薬草をすりつぶすことになるのだろう。
サラには時間はたくさんある。頑張っても倒れないだけの体力も気力もある。後は新しい環境で学べることは学んでいけばいい。その覚悟が決まったら楽になった。
馬車が薬師ギルドの前に止まると、待ち構えていたのか薬師ギルドからわらわらと薬師と思われる人たちが出てきた。全体に若い印象だ。
「クリス様は? クリス様は?」
「アイドルか」
サラが思わず突っ込んでしまったほどだ。そわそわしている薬師たちの前でカレンは肩をすくめてみせた。
「クリス様はハンターと一緒にダンジョンに行かれたわ。手伝いは断られてしまったの」
落胆の声が響くなか、来たのが自分で申し訳ないと思いながらも、サラも馬車から降りた。クリスが来なかったのはサラのせいではないし、なんならサラは一番のクリスの被害者なのだから。
「こちらはクリス様が勉強に寄こした薬師希望の子よ。ええと?」
「サラです。よろしくお願いします」
サラの簡潔な挨拶に、薬師たちはあからさまにがっかりした顔をしてぞろぞろと薬師ギルドに戻ってしまった。だがそんなことでへこたれるサラではない。
サラはカレンのほうにくるりと体を向けた。
「では今日は何をしていたらいいですか」
「あなた意外と神経が太いわね」
あきれたように言われたが、心外である。高山オオカミが怖くて外に出られず、コツコツと修行し薬草を採ったことや、ローザで苦労したことと比べたらたいしたことはないというだけのことだ。
「そうね、今の時間だと届いた薬草の仕分けからね」
「わかりました」
昨日、来たばかりの店である。サラはスタスタと店に入ると、カウンターの板を上げて売り場に入り、そこから工房を覗き込んだ。
「すみませーん。薬草の仕分けを手伝うように言われたんですけど」
「あら、勉強に来たって言ってたけれど、仕分けができるのならありがたいわ」
薬草に向かっていた若い人がサラのことを手招きした。ざっと見たところ、10人近くいる薬師は男女が半々くらいで活気があった。ストックで一緒だった若い薬師もいて、サラに手を上げてくれたのにほっとした。薬草の仕分けは比較的若い人が担当しているようだ。
「これは王都から買い入れている薬草なんだけれど、買い取る側があんまり上手じゃなかったらしくて、雑草が混じっていたり、長さが不ぞろいだったりするの。寄り分けて、長さをそろえられるかしら」
「大丈夫です。長さはこれを見本にしたらいいですか」
サラが手に取ったのは、いつもサラが採取しているくらいの長さの薬草だ。
「ええ、そう。きれいなものはこっちのかごに、それから短いものや切り落としたのはこちら、雑草は下のかごにお願い」
「はい」
薬草をすりつぶす仕事どころか、薬草の仕分けの仕事からのスタートで驚いたが、これはこれでとても楽しそうだ。サラはうきうきしながら薬草のテーブルに向き合った。
「ふんふんふーん、ふん」
いつの間にか小さな鼻歌まで出ていたサラが気がつくと、テーブルの上の薬草はだいぶ減っていた。見事なまでに薬草と雑草だけで、それよりいいものは混じっていなかったのが残念ではある。
残りの薬草に手を伸ばすと部屋の雰囲気がおかしい気がした。目を上げると、薬師たちがぽかんと口を開けてサラを見ていた。サラは慌てて自分の格好を上から下まで見下ろした。作業がしやすいようにチュニックにズボンだし、髪の毛だって跳ねていないはず。
「ちょっと、見せてみろ」
薬師が一人つかつかとサラの元にやってきてかごを取り上げた。
「うん。全部きちんと薬草だ」
ぽかんとするのはサラの方である。何を当たり前のことを言っているのか。サラが頼まれたのは仕分けなのだから。
「こっちも全部雑草だ。間違えているものは一つもないうえ、長さもきちんと揃えられている」
「はあ。そういう仕事かと思っていました」
サラはそう答えたが間抜けな顔をしていたかもしれない。どうやら薬草の見分けができることは当たり前ではないようだった。
次は明後日土曜日更新です。
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