何でも跳ね返すことの意味
「注意」ここから生き物(魔物)が死ぬシーンも出てきます
小屋から一時間もすると、高山オオカミはふいっといなくなった。
「やっとあきらめたかな」
「いや、奴らの生息域は山の上のほうだから。ここからは、ほら」
「ガウッ」
ばいーんと後ろから襲ってきた大きな犬がはじかれた。高山オオカミより一回り小さく、色も黒っぽい。でも、群れの数は多い。
「森オオカミだな。ここから下の草原までが生息域だ。少し体は小さめだが、群れで巧みに狩りをする」
「そうなんだ」
「高山オオカミと違って、私のことは襲ってこないんだが、今日はサラがいるからな」
「獲物認定! いらない」
それからも道を歩いていると森オオカミが襲ってきたが、
「キャウン」
ある時跳ね返った一頭が動かなくなった。獲物を仕留めようとして襲ってくる力は、そのままオオカミに跳ね返る。何でも反射するバリアとはそういうことだ。
サラはショックで動けなくなった。
「首が折れたな。あきらめないからだ」
ネリーは淡々とそう言うと、黒いオオカミのそばにしゃがみこんだ。
「サラの結界にはじかれたのだから、サラの獲物だ。どうする?」
「どうするって言っても……」
「収納袋に取っておいていたら、そこそこいい値段で売れるぞ。場所取りではあるがな」
サラは自分からは攻撃したくなかった。血の出ないスライムは、魔法で倒してもあまり心が痛まなかった。でも、大きな生き物を倒す心構えは、まだできていなかった。
ネリーは立ち上がると、警戒している残りの森オオカミを見ながら、ポツリとつぶやいた。
「気が付いていないようだから言わなかったが、サラ、お前のそのバリアにつぶされて、息絶えているスライムが結構いるぞ」
「えっ」
サラは飛びのいた。ネリーに言われたとおり、横のほうにつぶれたスライムがいた。
「移動中にいちいち立ち止まって拾っていては訓練にならないから言わなかった。が、お前のそのバリアは、ぶつかった相手にそのまま力が返るものだ。高山オオカミは丈夫だからあまり影響はなかったし、奴らは手加減していたから大丈夫だったが、ここから下は魔物も少し弱くなる。つまり、全力でお前を倒しに来るから、全力が跳ね返るということだ」
人を噛み殺そうとした力がそのまま戻ったら、それは命を落とすこともあるということだ。
「サラはハンターではない。だから、狩ろうとしなくてもいい。だが、この山の魔物はすべて討伐対象、つまり害獣なんだ。はっきりいうと、減らしたほうがいいということだ」
「減らす……」
「そのために私がこの山にいる」
サラは黙ってしゃがみこむと足元のスライムの魔石を拾った。
それから意を決して森オオカミのそばに寄った。
「本当は駄目なんだが、代わりに売ろうか」
サラは首を横に振ると、オオカミにポーチをかざした。オオカミはしゅっと袋の中に消えた。お弁当の隣にあるかもなどということはこの際考えない。中身が混ざることなどないのだから。
「自分で倒したんだから、いや、勝手に倒れたんだけど、私のやったことだから。私が責任を持ちます」
「それでいい」
ネリーはサラの肩をポンと叩いた。でも、ワイバーン一頭分しか入らないこの収納袋に、森オオカミが何頭入るだろうか。サラは、ネリーが魔物の素材を入れるスペースになぜあんなにこだわったのか初めて分かった。
「ちなみに、ネリーの収納袋っておいくらくらい?」
「これか? まあ。一億くらいだな」
高すぎる。でも、サラはどのくらいの収納袋が欲しいのか。
「じゃあ、ワイバーン三頭くらい入るのだと?」
いつの間にか当たり前に単位がワイバーン何頭かになっている。
「ワイバーン二頭で二〇〇万。三頭で一〇〇〇万だったか」
「それなら一頭分のポーチを三つ持っていたほうがよくない? 全部で九〇万だよ」
ネリーが確かにという顔をした。
「し、しかし、収納袋3個もジャラジャラと身に着けるのはその、なんというか」
「ネリーにとっては収納袋はお高いものではないんでしょ?」
「ああ」
「じゃあネリーはそれでよくて、でも貧乏な私の次の目標は、もう一つ、ワイバーン一頭分の収納袋かな」
「では次は背負う形のはどうだ」
「背負う形のがあるの? じゃあ、次はそれでお願いします」
また薬草をたくさん取らねばならないと、サラは奮起した。
しかし、意気込みむなしく、次の一時間でサラは足に豆を作ってしまった。
「仕方ない。今日はここまでにしよう。ポーションで治してもいいが、薬草を直接貼り付けても次の日には治っているぞ」
「ほんと? やってみよう」
サラはちょっと情けなかった。しかし、小屋から出られない日々が半年続いたのだ。むしろ、同じ年の子供より体力がないと言っても過言ではない。
「魔物がどうとかよりも、歩けるだけの体力をつけないと」
足の痛いサラを置いてネリーは狩りに出ていった。森オオカミがうろうろしているが、高山オオカミのようにやたらぶつかってはこない。さっき一頭やられたのを見て、警戒しているようだ。
「高山オオカミより賢いかも」
「ガウッ」
「返事はいらなーい」
サラも大きめの岩を目印にして、ゆっくりと薬草を探して歩く。薬草、上薬草、毒草、麻痺草は家のそばにもあるが、あと二つはめったに見たことがない。ポーチから本を出して、他の草も摘みながら確認していく。
「あった!」
魔の山はところどころ岩肌がむき出しになっている、険しい山でもある。その岩の隙間にたまっているわずかな土の上に、上魔力草は生えていた。
「そういえば小屋の周りでも、岩が多いところに魔力草が生えていたような気がするな」
サラはつぶやくと、かまいたちで手の届かないところにある上魔力草を上手に切り落とした。
それをさらにふんわりした風で手元に落としていく。
「魔法って便利便利。上魔力草一本五千ギルになります」
その時、岩場の向こう側にちらりと動く影が見えた。
「迷いスライムだ」
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